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小説「愛の形」⑥#創作大賞2024

 香住は、加藤がいなくなった事で、どこか憑き物がとれた様に、清々しい気持ちになった。加藤がしっかりと引き継いでくれたおかげで、彼が去っても仕事で困ることはなかった。
 佐野とお昼ご飯を共にするうち、段々と距離が縮まっていった。お昼ご飯に飽き足らず、帰れるときは一緒に帰る、夜ご飯を食べるようになっていった。
 佐野から香住への毎日くる猛烈なアプローチにより、段々と彼に惹かれていった。何とか年上の香住に対して、良い所を見せたいと頑張る姿が可愛らしく思えた。香住は、自分の愛の形が、段々と変わっていっているように感じられた。

 香住は、文字通り青春を失っていた。父親がいないために、歪んだ愛を追い求めていた。自身の歪んだ愛の形を変え、失った青春をまだ取り戻せるかもしれないと、佐野に一種の可能性をかけている様であった。

 佐野と香住は、初めて休日に出かけることになった。日帰りで、京都に行こうかという話になった。香住自身、京都の街並みが好きだったので、二つ返事で承諾した。
 京都駅で待ち合わせという事になった。
 香住は、久しぶりのデートだったので、前日まで何を着ていこうか迷っていた。結局、京都という事もあって、動きやすい服装にした上で、黒を基調とした品があるコーデにした。佐野は、白のシャツの上に、薄手の黒コートを羽織っていた。いかにも、今時の若者と言う恰好であった。スーツで見る姿より幾分幼く見えた。
 「行きましょうか。」
 佐野が京都を案内してくれることになった。佐野は、歴史マニアで京都に対してかなり詳しかった。有名どころを周って、歴史的な由来を熱弁し始めた。マニア特有の鼻についた感じではなく、香住の様子を逐一確認して、話を合わせてくれたので、嫌味は感じられなかった。佐野は、話が上手く、まるでプロの観光ガイドを彷彿させるぐらいであった。そのため、香住も京都について益々詳しくなりたいという感情になった。
「凄く詳しいね。」
「いえいえ。そんなことはありません。」
 と口では謙遜していたが、まんざらでもない様子であった。
 香住の佐野に対する評価がまた上がった。
 色々歩き周って、少し疲れたこともあり、小休憩も兼ねて、和風カフェに入ることにした。二人は、抹茶ラテを頼んだ。
 京都で飲む抹茶ラテは、京都独特の雰囲気を感じられ、いつもよりとても美味しく感じた。 佐野も満足して飲んでいた。香住は、久しぶりに楽しさを感じていた。
 
 そこのカフェで、ざっくばらんに会話をしている間に、辺りは少し暗くなり始めた。
 時計を見やると、午後六時を指していた。六時でも辺りは暗かった。
 香住が、この後はどうするのかと思っていたのを察してか、佐野が提案してきた。
「今日季節外れなんですけど、花火が見れるらしいので、高台に登りませんか。」
「そうだね。」
 二人は、花火が見える高台まで移動した。花火の打ち上げが始まるのは、夜の七時であったが、既に人で一杯だった。カップル、家族連れが多かった。
 花火が見えやすい場所は、人で溢れかえっていたが、少し外れると人の数も少し疎らだった。
 すると、佐野は先程とは少し変わり、そわそわし始めた。香住は、大体の内容を察することが出来た。香住は、どこか親が子供を見守るような気持ちで、佐野を見た。
 佐野は、それから少し考える仕草をしていたが、意を決したようで口を開いた。
「俺、高岡さんの事が好きでした。高岡さんが、着任した時から良さそうな人だなと感じていました。ずっと仲良くなりたいなと思って機会を伺っていました。最近、色々話すことが出来て、凄く話しやすい方だと思いました。もし、許されるのであれば、俺と付き合ってくれませんか。」
 佐野は、真っすぐな目で香住を見ていた。緊張してか、一人称が僕ではなく、俺になっていた。香住は、大体予期はしていたが、実際に言われるとなると反応に迷った。頭の中では色々な事がよぎった。もしかすると、佐野なら自分の愛の形を変えてくれるかもしれないと思った。
 香住はしばらく考えたのち、黙って頷き、佐野に優しく抱きついた。佐野も優しく抱き返した。
 その後、偶然にも花火が上がった。綺麗な花火であった。まるで、佐野と香住を祝福してくれているかのようであった。佐野は、これを予期していたのではと思うぐらいに、タイミング良く花火が上がった。二人で、一発目の花火を見終わった後、黙って唇を重ねた。香住は何度か唇を重ねた事もあったが、それらのどれとも比べることが出来ないくらい心地良いものであった。皆が花火に夢中になっている間、唇を重ねている二人は、まるで別世界にいるかのようであった。その夜、二人は京都で愛を重ね合った。

「おめでとう。香住ちゃん。」
「ありがとうございます。」
 京都で告白を受けた日から、二人は正式に付き合うことになった。そこからは、時に喧嘩をすることもあったが、次第に愛が深まっていった。結婚する一年前に、結婚前提でお付き合いして欲しいと佐野からプロポーズされた。香住も断る理由がなかったので、佐野の申し入れを承諾した。
 佐野としては、香住が30歳になるまでに結婚しようと思っていたらしい。何とか香住が三十路になるまでに、結婚してあげたいという気持ちがあったらしかった。佐野に反して、香住は、年齢に興味は無かった。
 挙式は、付き合った場所である京都を選択した。結婚式は、洋式か和式か悩んだが、折角京都で挙げるだからという事で、和式でする事になった。香住は結婚式に、親、親戚、会社の同僚、学生時代の同級生を呼んだ。佐野も香住同様に、親、親戚、学生時代の友人を呼んでいた。
 佐野は、挙式中一歩間違えるとすぐに泣いてしまう雰囲気があった。式中は、佐野の両親への手紙の場面で、多くの人々が泣いていた。勿論、佐野自身も泣いていた。
 香住は、どこか自分事に思えなく、冷静に式を見ていたので、泣かなかった。
 式がひと段落した後、参加者と話をした。式という一つの行事を終えたので、どっと疲れが舞い込んできた。
 結婚式では、母親が一番喜んでいた。母親は、父親の事に関して、ずっと負い目を感じていた様だった。
「良かったね。香住。」
「ありがとう。お母さん。お父さんが亡くなってからずっと大変だったよね。女手一つで私をここまで育て上げてくれて、ありがとう。」
 香住は、母と抱擁した。その場にいた者の多くは、その姿に涙ぐんでいた。
 母と話した後、佐野の両親の方に向かった。
「今日はお疲れさまでした。」
「お疲れさま。香住ちゃんとっても綺麗だったわ。これからもよろしくね。」
 と佐野の母が声をかけてきた。
 香住は、深々と一礼をした。
 その後、佐野の父が、
「香住さん、おめでとう。とても綺麗だよ。」声をかけてきた。
「ありがとうございます。お父様。」
 香住は、本物の父親であるかのように抱きついた。周りから見ると、微笑ましい光景に映ったようであった。周りは茶化すように、「良い娘さんを持ちましたね。」と佐野の父に声をかけていた。
 周りの感情とは裏腹に、香住一人が全く異なる感情を抱いていた。現在、香住は佐野の父に夢中であった。佐野と結婚することを決め、両親の挨拶をしに行く時に、佐野の父に惹かれた。
 
 これは、誰にも打ち明ける事が出来ない感情だ。現時点では、結婚生活を続けていくために、この感情を押し殺すつもりだが、将来どんな感情を持つのかは分からない。一つ言えるのは、一生この歪んだ愛の形を持って生きていかなければならないという事だ。

 人は簡単には変われない。


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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