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元カレーくんと2024年は復縁したいと思う

拝啓、元彼氏へ。


カレーは好きですか。

小学校の校外学習、みんなで手分けして火をおこし、米を炊き、具材を切ってカレーを煮た。3年生くらいの頃だ。野菜は不揃いだった。肉は少なかった。たぶん予算の都合で。でも美味しかった。夏の星座がちらちら輝いていた。

カレー、あるいはカレーライス、その思い出は、たくさんある。

風邪を引いた日の昼下がり、14時、ひとけのないキッチンで温めたレトルトパウチ。合宿で大盛り2杯をかきこんだポークカレー。学校の昼食の時間、友人が隣で食べる姿をこっそり盗みみたお弁当のカレーもある。ひとくちちょうだいと言いたくなるくらい、あんまりいい匂いで、美味しそうだった。
それからもちろん、母のカレー。でも実は、カレーそのものよりも、2日目のカレーうどんが楽しみだったりする。カレーは変幻自在だ。私はカレードリアもよく好んで食べた。余ったカレーにホワイトソースをかけて、チーズを載せてオーブンに入れる、そんな母の姿をわくわくしながら眺めた記憶もある。

つまり私はもう満足していたのだ。カレーに対して。
カレーについて語れることはもうない。もう増えようがない。これだけ素敵な思い出をプレゼントしてくれたカレーに感謝はする。これからも時々思い出し、懐かしみはするだろうが、それは過去をなぞる作業。何か新鮮なものが生まれることはない。

元彼。そういうポジション。
すっごく円満に別れた彼氏みたいな立ち位置に、カレーを置いていた。無意識に。あんまり自分から食べたいとも思わなくなったし、選ばなくなった。けど時々「そういえばあれ、美味しかったな」とか思い出す。でも別にわざわざ食べるわけじゃない。「ちょっといいな」と思ったくらいじゃ、みんな元彼と連絡をとらないのと同じで。

だけど。
こんなのってないよ……
私はすこぶる冷静さを欠いている。いま、間違いなく。だって復縁したくてたまらないから。カレーと、もう一度、やり直したい。2024年は。そういう衝動に駆られ、居ても立っても居られずに書いている。




衝撃のカリーと出会う。


偶然の入店

オクシモロン。神奈川県は鎌倉にある、カリーと甘いものと雑貨(それから私には再びの恋心)を提供してくれるお店。私の心を乱すのは、まさしくこのカリーである。
まずこの洒落た店名に惚れ惚れしてほしい。「oxymoron」というのは意味的に矛盾する言葉を並べる修辞法のことらしく「特別な日常」とか「完璧な欠落」とかの表現が例として挙げられる。

私としては、別に、この日もカリー(お店に敬意を払ってこのように表記する)を食す気はなかった。ただ11時前に着いた鎌倉駅で、鶴岡八幡宮でも参拝しようかと小町通りを散策していたところ、何やら行列が見えたのである。同行者は「アッ、あれって有名な……」と呟いていたが、私は特に何も考えず、皆さん何にお並びですかという野次馬根性のみを頼りにただふらふらと近づいた。その行列は、どうやら2階へと続いているらしい。
なんだ?カフェか?
私が列の最後尾で首をひねっていると、ドアが開き、オーナーと思しき男性が降りてきた。「お客様は何名さまですか?」とにこにこ、尋ねている。先頭から順番に。「1名様、2名様……」とメモをとりながら歩いてきた男性は、当然私の目の前で足を止めた。
「何名さまですか?」
えーっと、ここ、何屋さんですか?
私が愚か極まる質問をする前に、逃さんぞと言わんばかりの強さで同行者、Yがガッチリと私の腕を掴んだ。あれ?
「2名です」
彼女がそう答えると、オーナーは「2名様ですね」とメモに書き込む。私たちまでで、一旦区切りとなったらしい。「それではお席ご案内しますので、階段上にどうぞ」と彼は続けた。
なるほど。11時オープンのお店だから、1巡目に入れたんだな。腕時計を見やってぼうっと考える。うん。何屋だろう?同行の彼女は、やけに嬉しそうだった。「幸運だね!」とはしゃいでいる。まあ、どうせ昼は食べなければいけないし、なにか美味しいものだといいのだが……と階段を上がると、白がよく映えたモダンな店内に、なんとスパイスの香りが充満しているではないか。

カレー……なのか?

つん、と鼻を刺す、刺激的で、でも決して嫌ではない、どこか情熱的な香り。
「こちらメニューです。順番にお伺いしますね」と感じのいい店員さんに誘導され、4人がけのテーブルにゆったり腰を落ち着けた私は、いざメニューを開き、少し面食らった。なんだなんだ。見たことない料理だぞ。

メニュー表の一部。ホームページより抜粋、来店日にはマトンのカリーもあった

キーマカリー、知っている。もちろん。知識はある。挽肉のカリーだ。それが古都鎌倉で和風になったということか。いや、じゃあそぼろカリーってなんだ。エスニック?私の混乱を強めるかのごとく店内に漂う、スパイシーな空気。日本風のカレー・ライスとも、フードコートによくあるインドカレーとも、ホテルで供される欧風なカレーとも異なるビジュアル。

「ここ、キーマカレー屋さんなの?」
レモンスカッシュとセットにしようかなあ、と飲み物メニューを見ていたYは、私の問いかけに「うーん、どうだろう」と少し首をかしげた。「和風もエスニックもどっちも有名だし、どっちも美味しいと思うよ」
人の良い彼女の笑顔とメニューを見比べて、私は腹を決めた。よし。なんだかよくわからないが、わからないなりに彼女に従おうではないか!

「私、エスニックそぼろカリーと、レモンスカッシュで」
よどみなく注文するYの後に続き、私も間髪入れずにこう言った。
「同じものをお願いします」

伝家の宝刀「同じものを」。主体性のなさに泣けてくるが、このまま迷っていると日が暮れそうなので良しとしてほしい。

申し訳程度の食レポ

ちらちら隣のテーブルなど眺めつつ、多めの期待とほんの少しの不安を抱えながらカリーの到着を待つ。店内は女性グループとカップルがほとんどで、おひとり様が一組。1巡目のラスト入店の我々の前に皿が置かれたのは、注文から10分ほど経ったあとのことだった。

エスニックそぼろカリーと自家製レモンスカッシュ

見てください、このビジュアル。

お見合い写真(※メニュー表)で見ていたときより、もっと、もっと主張が激しい。量産型カレーとは一線を画す姿。

         檸檬       草
        草 米と肉 草
           草

四方を草で囲まれた米と肉。まさに草wwwwである。味変に添えられた檸檬と、小皿に載った4種類のお漬物、大根、きゅうり、にんじん、れんこん。

「ご注文は以上でお揃いですか?」

お姉さんの声かけにこくこく頷いて、写真をぱしゃり。レモンスカッシュをごくり。うん、シンプルにおいしい。フルーツ本来の酸っぱさとほのかな甘み、炭酸がよく合っている。これならきっとカリーも期待できる!!!!

「…いただきます」

恐る恐るスプーン入刀。

そぼろ部分と米、それから葉物を載せて、いざ鎌倉、ようこそエスニック。

なんだ。

なんだ、これは……………

おいしい。

ええ!?

「エスニック系のもの大好きだから嬉しい!」とはしゃぐYを横目にもうひと口。添えられた香味野菜は4方で異なっているようだ。水菜、パクチー、大葉、ねぎ。

まず、挽肉のそぼろ。なんと言えばいいのだろうか、全然脂っぽくないし、それでいてしっとりしていて、口の中でははらりとほどける。混ぜ込まれたナッツの食感も楽しい。米はやや硬めに炊き上げられていて、かなり私好みの食感だ。そして香味野菜の美味しいこと!そのままだとクセのある野菜たちが、そぼろと米、ナッツと合わさり、爽やかな風味を与えてくれる。飲み込む瞬間、ふっと鼻に抜けるスパイスと辛み。
漬け物にも手を伸ばす。甘酸っぱくて歯ごたえがある。スパイスの余韻をリセットしてくれるから、カリーを食べるペースがぐんぐんあがる。おいしい。今度は檸檬をしぼってみる。果実の香りが加わったカリーは、より異国の顔に変わる。

このカリー、危険すぎないだろうか。

シンプルな挽肉のそぼろ、いわゆる「ルー」の部分が肉とスパイスの旨みを存分に蓄えているのはもちろんのこと、ナッツ類と香味野菜のアクセントが素晴らしく、他ではなかなかないひと皿に仕上がっている。しかも箸休めの漬け物、味変の檸檬つき。
これは、無限かもしれない。

「おいしい」

私はぽつんとこぼした。半分以上を食べてから。

本当に美味しいものはなかなか声にでない。
もちろん美味しいとは思ってる。食べてすぐ「おいしい」と言葉に出す時だって。でもちょっと、後ろめたさがある。それは予め用意された感情な気がするから。先輩、上司、さほど親しくない友人、付き合いの親戚。何かの間を埋めるための誇張された感想。

でも、このカリーは違う。

ほんとうにおいしいカリーを、私は無我夢中で食べ続けた。

「おいしかったね」

空っぽになった皿にスプーンを置いて、ほっと息をつく。独り言みたいな私の感想に、彼女も大きく頷いた。同じ気持ちだったみたいだ。Yのお皿も、綺麗になくなっている。

「なんか、満足なのにぜんぜん重くない。むしろ身体が軽い」
カレーて色々あって、面白いね。彼女はそう笑うと、小皿に盛られたくるみのお菓子を噛んだ。ぽりっとした小気味よい音が響く。お店からのサービスの、ほんのり甘くコーティングされたくるみ。カリーのあとの甘いもの。こういう心遣いも嬉しかった。

またLINEするね。


カレーは元彼。そう思ってはいませんか。
かつて好きだった何かを、無邪気に恋していたものを。いつの間にか「過去のもの」と決めつけてはいませんか。

子供のころ好きだったけど、なんとなく遠ざかってしまったもの。私の人生におけるたくさんの元彼氏たち、そういうもの全員……は難しいかもしれないけれど、音信不通になった彼らと連絡をとって、2024年、もう一度。もう一度、お付き合いしてみるのも、悪くはないのかもしれない。

いい年にしよう。今年は。
店を出て広がる青空を眺め、そう思った。


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