見出し画像

いつかの一杯を君と[短編小説 前編]

こんにちは、マロニーです。
投稿遅れてしまい申し訳ございません。
楽しみにしてくれていた方がもしいるなら、裏切るようなことをしてしまったと反省しております。
しかし今回のものはかなりの時間をかけて綴ったものですので、満足していただけると嬉しいです。


さて、二作目の作品となります。今回はほんの少しだけ実話を混ぜました。
自己紹介に書いた『恩人』と僕のお話です。
実話と言っても創作なので、殆どの内容が僕の妄想ですのであてにしないでくださいね

今回は前編と後編で分けた作品になります。最後までお付き合いくださると嬉しいです。
それでは、とある塾講師と小説家を目指した教え子の物語を、どうぞご堪能ください。

(この物語はモデルになった人物、場所などは現実と一切関係がなく、実在しません。ご了承ください。)


[20〇〇年 1月19日]
「ちょっと申し訳ないけど・・・色気のかけらもない封筒でいい?」
僕はそう言って塾のロゴが小さくプリントされた封筒に手紙らしき紙を一枚入れた。
「いやそこに色気求めてないですw。ええ・・・でも嬉しい。」
早速封筒を開けて読もうとした君を見て、
「あ、泣かれたか困るからやっぱ家で読んで?」
と止めておいた。
この子にはここで読ませてはいけないと本能が叫んでいる。
なにせちょっとしたことで泣いてしまう子なのだ。
「まあ確かに泣く自信しかないですねw。わかりました、家でゆっくり読ませていただきますね」
ニコニコしながら君は封筒をそっとカバンにしまった。

よほどここが好きなんだろうな
そう改めて感じた。
普通の子供は逃げるように塾からおさらばするだろう。
だが、この子は違った。
毎日塾が楽しみなんですと、紛れもない本心を表したような笑顔で僕に言ってきたことがある。その時僕は、どうせお世辞なんだろうと考えて適当に受け流してしまった。

申し訳ない、そんな思いでいっぱいだった。


ごめん

たった三文字の言葉が喉に突っかかってうまく出てきてくれないまま、
気づけば君はもう目の前にはいなかったーーーーーーーーーーーー。


[8年後 1月19日]

ピピピ、ピピピ
目覚ましのアラームが部屋中に鳴り響く。昨夜音量を間違えてマックスにしてしまったらしく、耳から突き刺すような爆音が入ってきた。
「わあ⁉︎」
と大きな声を上げて飛び起きた僕の姿は、側から見ると変人にしか見えなかっただろう。お陰で目覚めは今までになく良い。(良いことなのだろうか?)
慌ててアラームを止めて、一つため息をこぼした。
「久しぶりに家まで帰ってきたのに・・・はあ・・・」
ブツブツと独り言を落とすたび、一つ、また一つとため息が出てくる。
暗い気持ちを抱えたままリビングへと向かう。
ダイニングテーブルに目をやると、空になったウィスキーの瓶が転がっていた。
無理もない。
いつもは塾のデスクの上で一夜を明かす中、久しく家に帰ってきたのだから、晩酌で酔っぱらったってバチは当たらないだろう。そんな考えで喉に流し込んだのだ。
お陰で頭はフラフラだ。
一際大きなため息を流してから、テレビの電源を入れ瓶を洗い始める。
画面が明るくなったと思うと、無駄にポップなオープニングソングが耳に入ってきた。どうやら特集があるらしい。
あまり、興味はない。


❇︎            ❇︎             ❇︎


『さて皆さんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?
皆さんは今年の芥川賞授賞式、ご覧になりましたでしょうか。今回も素晴らしい作家様が誕生しましたね!!
そう!本日のゲストは〜?この方!
今年の受賞作家の下田麻衣様でーす!!!』

『こんにちは〜、下田と申します〜。』

瓶を洗う手が止まった。
聞き覚えのある名前、声。

ーーーーーーーーーーー僕、小説を書くのが好きなんですよ。

そんな声が身体中に響きわたる。
嘘だろ?
透明な水に真っ黒なインクを垂らされたような気持ちになった。
半信半疑で曖昧な心情のまま画面に目をやる。
困惑した僕をおいて、陽気なアナウンサーは話を続ける。
『受賞おめでとうございます!小説読ませていただきましたよ!いやぁやはり素晴らしいですね!!久しぶりに小説で泣かされましたよ!w』

『ああwありがとうございます。自分の中でも最高傑作だったので、そう言っていただけて嬉しく思います。』


ーーーーーーーーーーー必ず、小説家になって見せます。

『流石のご返答!もはや脱帽ですねぇ!
それでは今回受賞された作品、「桜の恩返し」について質問していきます。
あの物語は下田先生の中学受験談を元に書かれた実話だと聞くのですが、それは本当でしょうか?もしそうなら、なぜ物語にしたか詳しくお聞かせください。』

『そうですね、あれは実話です。今まで生きた中で1番幸せだった場所が学習塾だったので、是非恩返しがてらお話にしたいと思いまして。
あの頃の僕は何せあそこが好きでしてね、「学校より役に立つし塾の方が好き!」と言って登校日も学校無視して塾に行こうとしていましたね〜w』

ーーーーーーーーーーーここで起こったことを小説にしたい、だから小説を書いているんです。


いつか話した言葉ひとつひとつが、テレビから聞こえる声と重なり合って脳内に響く。

夢を、叶えたんだ。
かなりの時間をかけて、ようやくその事実を理解した。
初めて書いたという小説は、思わず苦笑してしまうほどの出来だった。
がんばって大人な言葉を使って、けどやっぱり子供が背伸びをしている感じが抜けない、決して素晴らしいものでは無かったのを今でもはっきり覚えている。

そんな教え子が今、日本トップレベルの執筆者にまで昇り詰めているのだ。

おめでとう

きっと本当はその言葉を投げかけるべきなのだと思う。
だけどーーーーーーーーーーー

僕の心に芽生えたのは、醜い嫉妬心だった。
なぜだ?
あの子に才能があったとは思えない。

どうして?なんで?


なんで、自分より小さな存在が報われて、


僕は何も変わってないんだ?


画面越しで笑う君の姿は、何故かすごく憎らしかった。



その特集を途中で見るのをやめた時のこの気持ちは、今まで感じたことの無い気色悪さがあった。
まだ頭に無数の『?』が残っている。
理由は二つ。
なんであの子がテレビの特集を飾るほどの実力者になっているのか。
そして、なぜ僕は嫉妬しているのか。
「普通」なら、私があの受賞者の元講師だと胸を張って言うところだろうし、
きっと自分のことのように喜ぶのだろう。

けれど今の僕には、そんな事できなかった。
嫉妬心が邪魔をして、祝いの感情が芽生えない。

教師失格だな

そんな考えが頭に垂らされた一瞬で、汚い自分の影が脳の隅まで広がってゆく。
さっきまで冴えてた意識がどんどん重くなって、自分が自分を深く暗い世界へ連れ込もうとしているのを感じた。

しかしそれにしても体調は最悪だ。そしてさらに最悪なことに今日は出勤日。
またすぐに家を出なければいけない。まあ、翌日出勤だというのに酒を流し込んだ自分が悪いのだろうが。きっとこれこそ自業自得というのだろう。
ただでさえ二日酔い気味だと言うのに、おかしな感情のせいで体調はこれまでになく悪かった。

けれどあくまでも塾長という立場なため、体調不良くらいの理由で休むわけにはいかない。
生徒たちが僕の授業を待っていると思うと、自分でも行きたいと思うのだ。

もう″元″教え子に構う暇は、僕には無い

そう心に留めながら、身支度を始めた。
ワイシャツに袖を通し、ハンガーにかけた堅苦しいジャケットを身にまとい、仕上げに
前買ったネクタイを締める。
いつもの流れなのに、なぜか変な新鮮さを感じる。

重い頭をどうにか起こし玄関へ向かうが、やっぱり呼吸が荒くなる。
今日は平然を装うのは難しそうだ。
ローファーを履いて、ドアノブに手をかけた。

落ち着け僕。今は今年受験へ挑む子供たちに意思をおくんだ。
あの子は無事に合格したんだ。合格したならそれで僕は用済みなんだよ。
そうだ、そうだよ・・・。

ひとつ大きな深呼吸をして、ドアを引く。
朝の日差しが一気に差し込み、寝起きの瞳を刺してきた。

ーーーーーーーーーーーええ・・・でも嬉しい。

最後に思い出したその台詞を噛み締めながら、僕は外の世界へと足を踏み出したーーー。


家から車を走らせ約20分したところに、職場はある。
普段なら気に入った曲のプレイリストを上機嫌で流しながら片時のドライブを楽しむのだが、今日はそんな気になれやしなかった。
まれに襲ってくる猛烈な目眩が、僕の運転を狂わせる。

やはり、休むべきだっただろうか。
そんな考えが頭をよぎったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
何せ次の受験生達に移り変わる時期は忙しいのだ。
テレビなんて見なきゃよかったと、今更になって後悔する。
まあ、どの道にしても国語担当教師達の間でギャーギャー言われるのだろうが…。
芥川賞受賞作家が通っていた塾だとなれば、余計話題に出してくるだろう。

考えただけでもため息が出る。

休めと叫び続ける本能をなんとか押し切り、なんとか職場まで辿り着いた。
出来ることならニコリともしたくなかったが、体調不良を顔に出せばきっと心配される。生徒なんかにバレればそれこそ恥だ。

笑顔の準備をし、事務室へと足を踏み入れる。
「いやぁすごいですよねー…って先生!おはようございます!
見ましたか今年の受賞作家!!我が校の誇りですよ!」

そう言って駆け寄ってきたのは、私立コース国語担当講師だった。
2年前にこの校に来て、私立コースに相応しい指導をしてくれている期待の新人として、他の講師からの信頼も厚い人間だ。実際、僕も彼のことはかなり信用している。

だけど今は、こいつは何を言っているんだと思わず言葉に出そうになった。

こいつは一度もあの子と会ったことがない。
どの口が我が校の誇りなど言えるのかと、腹黒い考えが次々と浮かんでくる。

反吐が出るわ。

一瞬口が開きかけたが、慌てて微笑みに変え、
「凄いですよね、講師としてとても誇らしく思います。」
と柔らかい声で告げた。


嗚呼

だから嫌いなのだ。

汚い色を鮮やかな絵の具で隠して守り続ける、

つまらない生き方をしている僕のことがーーーーーーーーーーー。



To Be Continuedーーーーーーーーーーー。









この記事が参加している募集

熟成下書き

忘れられない先生

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?