ふつうの倫理が通じない時も不服従を貫けるか──『服従の心理』読書感想文
書籍データ
※これは新訳版なのですが、私が読んだのは1975年刊行の旧訳版です。
著者のスタンレーさんはこんな人
要旨と感想
実験内容と結果
ナチスドイツの官僚の名を冠した通称『アイヒマン実験』と呼ばれるインパクトある心理学実験をテーマにした本。
「人に罰を与えると学習効果が高まるのか」という名目で、一般から集められた被験者を教師役・生徒役に分けて、教師役は生徒役に対し簡単な言葉のテストを行う。
不正解の場合、実験者の指示に従い教師役は生徒役に対し電気ショックを与えるスイッチを押さなければならない。しかも、そのショックの度合いは徐々に大きくなる。
「命に別状はない」と実験者は繰り返すが、明らかに苦悶する生徒役の人間に対し、教師役は電気ショックのスイッチを押し続けるのか──。
実は生徒役は関係者であり、スイッチを押しても電気ショックは流れていないのだが、そんなことは教師役を務める被験者の知るところではない。
結果として、生徒役の人間が苦痛に喘いでいる様子を目の前で(もしくは見えないところで)察知しながらも、2/3は最大レベルまで「スイッチを押す」という命令に服従したという。
※実施場所や実験時の教師役・生徒役の距離、生徒役の見た目、実験者の態度(セリフ)、被験者の性別など細かいシチュエーション調整をしながら同様の実験を行ったが結果としては「明らかな傾向といえるほどの大差はなかった」。
なぜ、何に、人は服従するのか
実験に参加した被験者は、ごく普通の倫理観をもち、人への情愛を持ち、普通に社会生活を送っている人間だ。人が苦しむことに愉悦を感じるようなサディストではない。
「依頼された内容をやるべきだ」という義務感と「人が苦しんでいるのだからやめるべきだ」という倫理観の狭間で苦しむ人が大半。
それでもなぜ続けるのか。そして、やめる人は何をもってやめるのか。
冷酷非情な場面に対して同じように現れる「葛藤」の中にも、それぞれの人物の性格、信条、物事に対する考え方により、全く違うストーリがある。
本書の前半に書かれる被験者たちそれぞれのテストに対する向き合い方・捉え方(物事に対する正当化の仕方)は非常に興味深かった。
人が従う「権威」は絶対的ではなく相対的なもの
服従の理由はほぼほぼ「権威」に集約されるというのが本書の主張。
しかもその権威は、その人が通常どのような立場にあるかということではなく、その場で誰がより上位いるように見えるかに左右されるというところが私にとってはとても納得度が高かった。
権威に服従してしまう過程は11章に、不服従の過程は12章にまとめられているが、私は「集団効果」を取り上げている9章の下記の実験と結果が一番印象に残った。
実験の際に一緒にやっている人(2人)が実験を放棄した際、被験者は実験をやめる率が高くなった。
それはなぜかというと、著者は下記の理由を挙げている。
(他2人の行為を見ることで被験者は)
反抗するという考えを思い付く
反抗がその場の自然な行為であることを納得する
先にやめた2人に社会的非難を受ける可能性を感じる
行為の責任が自分に集まると思う
反抗の結果、自分にデメリットが生じないことを知る
反抗した2人を引き止められなかった実験者の権威が低いことを知る
逆を言えば、他の2人が嬉々としてスイッチを押す仕草をしたらどうだったのだろうか。(そこまで非人道的な行為は流石に被験者の強いトラウマになるだろうから、この実験では行われていない)
それがその場での正当な行為として、被験者に強く意識づけられることは間違いないと思う。
例えそれが、その人の普段の倫理観と全く異なっていたとしても。
服従のメカニズムを知ることの意味
前提を疑うことの大切さ、「何をなすべきか」を自分で考えることの大切さを本書は教えてくれる。
家庭、学校、社会のルールに従い教育を受けて育ってきた私たちは、多くの場合「与えられたものを盲目的に信じる」ということをしがち。
自分が命じられる内容にどのような思惑があるのかをきちんと掴み取る力は、日常の仕事においても要不要を見分ける大切な判断軸になる。
少なくとも通常の倫理観が働いている状態の世の中において、悪意ある他者に一方的に利用されたくなければ、このメカニズムを知っておくことはとても大切だと思う。
刃を突きつけられた状態で、不服従を選べるか
ただし、通常の倫理観の働かない世の中では、話が違うと思う。
自分にとって役を降りるデメリットがほどんどない(ように見える)状態でさえこのような結果が得られたのだから、自分にとってデメリットがある時はさらに服従の度合いが高まると考えられる。
「やらないと、あなたはもっとひどい目に遭う」
そう言われた時にその命令に逆らう勇気や徹底した倫理観は、私にはないし、多分持ち合わせている人は少ないのではないだろうか。
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