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石垣島 6時間観光

はじめての石垣島に行ってきた。前回の沖縄と同じクルーズ旅行の寄港地なので、ここも8時間程度の滞在しかできない。
しかも沖縄本島の時とは違い、現地バスツアーが満員で参加を締め切られていた。となると自分で計画を立てて観光するしかない。

観光ルートをどうしようかと調べているうちに、無理だこれと思い始めた。沖縄の時と全く同じことを言っている気がするが、石垣島は見どころ満載でとても初上陸の観光客が8時間ぽっちでどうこうできる島ではない。そのことを悟った僕は即座に現地のタクシー会社に電話をかけて、タクシー借り切りおまかせ6時間コースでお願いします。とはっきり伝えたのだった。運転手さんが観光ガイドもしてくれて2万5千円くらい。
長時間タクシー借り切って観光するのって人生初だ。

当日早朝に石垣島に到着、快晴だ。石垣島に大型クルーズ船が停泊できるようになったのはごく最近のことで、数年前までは小型船に乗り換えて島に上陸していたという。今は石垣港から少し離れた場所にクルーズ船専用の岸壁が用意されていて、以前と比べると乗り降りが楽になったようだ。

船室からの光景

朝9時にクルーズ船専用ターミナルに降りると、真新しいロータリーと駐車場があってシャトルバスやタクシーが待っていた。他にはお店もなんにもない。まだ暫定的なターミナルなのかもしれない。
沖縄本島では「めんそーれ」と挨拶されたが、石垣島では「おーりとーり」と迎えられた。同じ沖縄県でも島が違えば挨拶も違う。
単に天気のせいなのか、前日の沖縄本島と比べて空気がカラッとしていてすごく心地が良い。海はもちろんエメラルドグリーンで日差しは強烈。

9時30分に観光スタートして、7時間後の16時30分までには絶対に船に戻って来なければいけない。もし遅れて船が出航してしまったら空路で帰宅するはめになる。というわけで今日のタクシーの運転手さんにこの旅の命運がかかっている。どんな人だろうか。

テトラポッドの横でこの美しさ

駐車場で待っていてくれたタクシーの運転手さんは、なんと80歳越えの超ベテランだった。この話し言葉が柔らかく、とてもかわいい印象を受けるおじいちゃん運転手に連れられて、僕は石垣島をすごい濃密さで味わうことになる。

挨拶を交わし、タクシーに乗り込む。運転手さんはかなり年配の方だし、聞き取れない方言をぶっきらぼうに言うような人だったらどうしようかと危惧していたのだが、さすが超ベテラン。とても聞き取りやすい言葉で、親切にガイドをしてくれた。もちろん運転も安全運転でお上手。
乗車してすぐわかったのだが、このお話し好きな老人は石垣島の事ならほとんど何でも知っているらしい。ものすごい知識量で目に映るあらゆるものの解説をしてくれる。タクシー観光すごい。

まず玉取崎展望台に行こうね、と言われるままに展望台へ。向かいながらも喋り続け、このあたりは戦後に台湾の人が移り住んできて素晴らしいマンゴー育ててたんだよ。彼らはあんまり密集して住まないのよ。などとそういう話を聞かせてくれる。喋りが上手いので退屈しない。
展望台からは隣の島が見えるくらい見晴らしが良かった。お天気になって良かったね、昨日は荒天だったよ。と運転手さんがニコニコ話していると、観光バスが続々と到着して人がたくさん降りてきた。見ていると観光バスの運転手さんたちが全員、僕のタクシー運転手さんに敬意のこもった挨拶をするのに気が付いた。駐車場にいる他のタクシー運転手さん達からも慕われているのがよくわかる。もしかしたら重鎮なのかもしれない。

玉取崎展望台から。空が近いし隣の島まで見えた

じゃあ次は御神崎の灯台行こうか、島の西の端っこで綺麗なところよ。マンタが見れるかもしれんよ。という提案にもハイお願いしますとしか言う事がない。こっちはもう貴方を信頼しきっているのだ。
御神崎は多少遠かったが行った甲斐はあった。映画の一場面かと思うくらい美しい場所で、灯台に登って見える景色は絶景そのものだった。
崖の方に行くと海がよく見えるよとのことで、現地の人しか絶対知らなそうな小道をついて行く。見知らぬ植物が風に揺れていた。

推理小説に出てきそうな灯台

ちょっと危ない思いをしながら見晴らしのいい場所に出ると、サンゴ礁が見えた。切り立った崖の上から水の中が良く見えるくらい透明度が高い。サンゴ礁にマンタはいなかったが、紫色の大きな魚が泳いでいるのが見えた。
なんかこういう場所、オープンワールドのゲームでもぼんやりするの好きな場所だな、そういう所にいま現実にいるんだな、などと思う。

崖の上からサンゴ礁と魚たちが見える

しばらく呆然としていると運転手さんがここでラッパ吹いてやろっか、と言う。ラッパ?タクシーに積んでるんですかと聞くと、違うよこれよ、と言って生えている植物の葉2枚で器用に何かを作り出した。草笛だ。
それはすごく大きな音が鳴る草笛で、めちゃくちゃなビープ音出すものだから他の観光客が驚いて何?何?と騒いでいる。鳴らした張本人はアハハと笑って、行こ行こ、タクシー乗ってください。次は川平湾でグラスボートに乗せてあげる。一番おすすめのボートがあるお店連れてくから。と。
どこへでも連れて行ってください。

途中、この実は絶対食べてはいかんよ、毒があるから触らんようにねと植物のガイドまでしてもらいつつ山道を通り、急に目の前に開けた川平湾はすごかった。今まで見た中で間違いなく一番美しい海だ。うわあと声が出た。

名勝指定されている川平湾。美しくてため息が出る

グラスボートが何なのかよく知らないまま連れて行ってもらった受付で、パンフレットを見てようやく理解した。川平湾は遊泳禁止なので、代わりに底がガラス張りになっていて海中が観察できるグラスボートというのに乗るのだ。

グラスボート。日差しが強いので屋根があるのが嬉しい

このお店のボートが一番サンゴ見やすいからね、待っててあげるから乗ってきなさい。30分くらいだよ。という感じに促されるまま気が付けばボート乗り場。
画像でわかるだろうか、これが川平湾の砂浜。信じられないくらい美しい。

川平湾のビーチ。もはや飲めそう

グラスボートに乗って川平湾を周遊しつつ、底のガラスを覗く。乗客皆でうわー大きなサンゴだ、うわー綺麗な魚だとわいわい言いながら眺めていると、カメが寄ってきた。カメが見れるのはラッキーですよと船頭さんが言う。石垣島に来てから良い事しかない。

カメが船底に挨拶に来てくれた

川平湾周遊を終えてタクシーに戻ると、そろそろ昼食に行こうと提案された。食事ご一緒にどうですかと聞くと、待ってる間にカップラーメン食べちゃったと言う。昼食代くらいこちらで出したかったのだけども、そう言われるのを見越して先に済ませておくくらいのプロフェッショナルなのだった。

マングローブが見えるところを通り、この辺は戦後に荒れてきちゃったという話から少し戦争の話になった。沖縄と同じく、やっぱり現地の人の心には今でも第二次世界大戦のこと、米軍のやったこと、日本軍のやったこと、やってくれなかったこと、そういうものが残っている。優しくてかわいい口調だったおじいちゃん運転手の語り口調が、この時だけ厳しいものになった。わたしは今も怒っている、とはっきり言っていた。
当時を知る生き証人から聞く話はあまりにも強烈で、そんなひどいことがあったんですね、知りませんでした、などと返すのが精いっぱいだった。ひどい環境で戦争マラリアに罹患した話に至っては絶句するしかなかった。
昨年マラリアが再発した感じがあってね、いよいよ最期だと覚悟して本島の病院まで行ったらね、前立腺の病気だったよ。あちゃちゃ年取るともうこれだからねぇ。と笑って悲惨な戦争の話は終わりになった。

戦争の傷跡はそこら中にあるよ、と言われた

到着した定食屋さんは昼営業の終了で暖簾をいま下したところだったのだけれども、運転手さんが挨拶するとすぐお店に入れてくれた。どんだけ顔が効くのか。
まかないみたいな物しか今はなくて。と出してくれたカレーと肉そばを食べた。しみじみ美味しかった。置いてあった調味料が珍しかったのだけど、料理も何もかも撮影してない。営業時間外にお邪魔してると思うと撮影できなかった。早々に食べてお店を出た。

その後、せっかくだからビーチで1時間くらい泳ぎたいと申し出ると、それなら良いビーチに連れてってあげると言う。残り時間は2時間くらい。
到着したのは米原ビーチ。砂浜がサンゴ礁の欠片なので裸足ではとても歩けないが、そんな事もあろうかと家から持ってきたアクアシューズに履き替えた。それにしても僕はこんなに綺麗な海で泳いだことが今までない。
さっそく林の中に一軒だけある売店でシュノーケルとゴーグルをレンタルして、美しい海に入った。冷たくない。サンゴ礁の上でカラフルな南国の魚たちと並んで泳いだ。最高過ぎて現実感がないくらいの体験だった。

サンゴの上で魚と泳ぐ僕

いま、絵に描いたような南国リゾートの楽しみ方をしているな、とエメラルドグリーンの海にプカプカ浮かびながら考えていた。こういうの全部が生まれてはじめてだ。旅行で南の島に来たのもはじめてだし、エメラルドグリーンのビーチで触れる距離にいる魚達と泳ぐのもはじめてだ。そういう南国の楽しみ方は映画でしか見た事がなかった。都市にある文化遺産を観るのが好きで、そういう旅ばかりしていたから。
南の島で熱帯魚と泳ぐようなことを実際やってみると、それはとても良いものだった。原始時代に帰るような感じというか。人間社会に置いてきた煩わしいすべてを放擲して、今この瞬間の素晴らしさを噛みしめている気持ちになる。すごく開放的で、そうか、皆これをやりに南国に来ていたんだな。と納得した。

シャワーを浴びてタクシーに戻ると運転手さんがそろそろだね、と言う。港に行く途中でお土産屋さんが並んでいるユーグレナモールという商店街に寄ってくれた。いくつかの石垣島オリジナルなもの以外は、お土産屋さんの品揃えは沖縄本島と変わらなかった。体験談こそが一番の石垣島土産だからそれでいいのだと思う。

石垣島で一番大きいビルかと思ったらクルーズ船だった

石垣港まで戻ると、クルーズ船が待っていた。今まで自然豊かな所にいたからいよいよ巨大に見える。
クルーズ船の近くでタクシーを降りた。6時間の素晴らしく充実した観光体験だった。運転手さんとお別れのお話をする。

石垣島、良かったでしょう?すぐそこの竹富島もとってもいいのよ、今度来たときは是非行ってみてね。宮古島もきれいだよ、でも酒飲みが集まると気性が荒いから気を付けてね。わたし怖いから宮古島では飲まないよアハハ。じゃあね、あなた達が次に来るまで現役でタクシー乗ってるからね、待ってるよ。今日はありがとうね。

感謝の気持ちの分をちょっとだけ上乗せしてお支払いした。それから6時間無駄なく案内してくれた素晴らしい運転手さんと握手をした。しわしわで力強いしっかりした手だった。ありがとうございました。また来ますね。と言ってお別れをした。


出航して離れて行く石垣島を眺めている時に、僕は物語をひとつ思い出していた。
手塚治虫の漫画「ブラックジャック」の「宝島」というお話の中に、自然豊かな島を破壊したあげく怪我を負った悪漢たちに「死ね!この空と海と大自然の美しさのわからんやつは生きる値打ちなどない!」と吐き捨てる衝撃的なシーンがある。それを思い出していた。
子供の頃からずっと、いつもは命を何より大事にするのに今回だけずいぶん過激な事を言うんだな、と思っていたのだが、今は理解できてしまう気がする。
この美しい島を汚すようなことはしないで欲しい。心からそう思う。

石垣島は、僕が旅行した場所の中でも最も美しいビーチがあり、素晴らしい自然に触れることができる島だった。たぶん強烈な記憶として一生残ると思う。今回の事は数十年後でも時々思い出すに違いない。そう確信するほど良い体験の連続で、生まれてはじめてのこと尽くしだった。この美しい自然を汚したくないと真に心から思ったのもはじめてかもしれない。本当に、衝撃的に美しいビーチだった。
なにより案内してくれたタクシーが素晴らしかった。自分で観光計画を立てていたら半分も観光できていないはずで、本当に利用してよかったと思っている。いつまでも元気に石垣島を走っていてほしい。石垣島タクシー観光、かなりおすすめだ。何日も滞在する人でも一回は利用してみると良いと思う。

今回僕には良い事しかなかったが、もちろん石垣島だって明るい南国パラダイスなだけではない。運転手さんが道中ちらりと見せた怒り、あれは戦争当時から繋がっている現在進行中の怒りであって、見てないふりをしてはいけないものだ。僕はまた石垣島を訪れるつもりでいる。それまで石垣島の歴史について、もう少し勉強しておこうと思う。
次は寄港地として立ち寄るだけではなく、石垣島メインで数日滞在してみたい。

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