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【時をこえた!?】ひいばあちゃんと過ごした熱く甘い夏



それは小学3年の夏だった。

千葉に親戚の家があり、いとこ姉妹の家族とおばあちゃん、それにひいおばあちゃんが住んでいて、毎年夏休みになると遊びに行っていた。

私は一人っ子だったので、いとこたちと遊んだり、大勢で食事をするのが嬉しかった。
だけど、ひいおばあちゃん=しげ乃ばあちゃんだけは離れに住んでいて、おばさんが食事を届けていた。

「なんでしげ乃ばあちゃんだけ別なの?」

和やかだった食事は、私の一言で張り詰めた空気に変わった。

「しげ乃ばあちゃんは、ほとんど寝たきりなの。食事も一人がいいんですって」

固い表情でおばさんは言った。

「外の菌を持ち込んだから大変だから、由良ちゃんも行かないようにね」

と釘を指され、
いとこのまいちゃんは

「しげ乃ばあちゃんはものすごく怖いんだ。近づかないほうがいいよ」

と言った。

その日、まいちゃんたちは学校の行事で出かけてて、千葉の家の庭で私は一人遊んでいた。

ボールが離れのほうに転がってしまい探していると、縁側の襖がすっと開いて、お皿に乗ったキレイなみどり色の丸いお菓子が現れた。
初めて見るそのお菓子があまりにキレイでかわいらしくて、思わず近づいた。

奥からしげ乃ばあちゃんの顔がぬっと現れ、私はぎょっとした。
まいちゃんの「ものすごく怖いから近づくな」という言葉を思い出し、身震いした。

「あらあら、マカロンで子供が釣れた」

しげ乃ばあちゃんはそう言って笑った。
思ってたのとはぜんぜん違って、いたずらっ子のような愛嬌のある笑顔だった。
それに想像してたよりずっと若く見えた。

「マカロン?」

「そうだよ、もっといろんな色があるよ、見るかい?」

そう言って、離れに招き入れられた。
暗くて陰気な部屋を想像してたけど、部屋の中はすごく明るくて、おしゃれな食器なんかも揃ってた。

「しげ乃ばあちゃん寝たきりって聞いてたけど、元気そうだね」

そう言うと、

「母屋の連中には内緒だよ」

とウインクしてみせた。

そこに並んだお菓子たちは、
おばさんが出してくれるカステラやようかん、どら焼きなんかとは全然違ってて、
ピンク、イエロー、オレンジ、パープル……どれも淡くてキレイな色で私は興奮した。

「このキレイなみどりのはなあに?お茶?」
「違うよ、ピスタチオっていうんだ」
「ピスタ……?」
「ナッツの一種だよ。さあ、どれでも好きなの選んでいいよ」
「う~ん、これ!これにする」

とみどり色のピスタチオを選んで、口に運んだ。
これが私のマカロン初体験だった。

それから私としげ乃ばあちゃんの内緒のティータイムが始まった。

家の人がいない時を見計らって離れに行っては、珍しいお菓子をごちそうになった。
マカロンもカヌレもフィナンシェも、みんなしげ乃ばあちゃんが教えてくれた。

一度、しげ乃ばあちゃんが手作りのお菓子をごちそうしてくれたことがあった。
高級なお店のお菓子みたいにかわいくて美味しくて、なにより手際の良さにびっくりしたんだ。

しげ乃ばあちゃんは、若い頃菓子職人になりたかったけど、昔の女の人は職人になるなんて許されなくて、それでも好きで西洋菓子の勉強をしたんだって。

私はしげ乃ばあちゃんが大好きになった。

千葉の家に行くことが前とは違う理由で楽しみになり、珍しいお菓子や人気のお菓子を見つけては、しげ乃ばあちゃんに見せたり、
一緒に賞味したり……

そんな二人だけの楽しみがしばらく続いた。


だけど、高校に入った頃から、部活や恋に忙しくなり、しげ乃ばあちゃんやお菓子のことはそっちのけになっていた。

気づけば、千葉の家に行くこともすっかり減っていた。

それでも、家の近くにできたケーキ屋でバイトをすることになり、久しぶりにしげ乃ばあちゃんを思い出した私は、店のお菓子を持って遊びに行くことにした。

「ばあちゃん、驚かしてやろう」と連絡もせずに。

千葉の家に着き、真っ先に離れに向かうと、昼間なのに離れの戸は閉まっていた。

「長いこと寝たきりだったけど、とうとう在宅も難しくなって、施設に入ったんだよ」

まいちゃんが教えてくれた。
私は驚いた。

「嘘、だって、ばあちゃんとっても元気で……あ!」

あれほど頻繁に連絡をとっていたのに、その最後のメールはもう3か月も前だった。

弱ったしげ乃ばあちゃんを見るのは怖かったけど、
せっかく持ってきたお菓子を見せなきゃ。
私は、おばさんに施設に連れて行ってもらった。

しげ乃ばあちゃんは、車いすに乗せられ、介護士さんと散歩中だった。

恐る恐る近づくと、しげ乃ばあちゃんは顔を上げ、

「こんにちは、初めまして」

そう言葉を発した。

「しげ乃さん、ひ孫の由良ちゃんだよ」

介護士さんがそう伝えても、ばあちゃんはきょとんとしていた。
いや、もっときょとんとしていたのは私のほうだった。

え?違う……私の知ってるしげ乃ばあちゃんじゃない!

「ち、違います!帰ります」

私は持ってきたお菓子をその知らない老婆の膝に押し付けて、逃げだすように離れかけた。

「うう~ん、いい香り。かなり上質なバターだね」

そんな声が聞こえ、私は振り向いた。

「しげ乃ばあちゃん?私の知ってるばあちゃんだ!」

私は嬉しくなって、

「フィナンシェでばあちゃんが釣れた」

そう言うと、しげ乃ばあちゃんは、いたずらっ子のような笑顔を見せた。

小3の夏、最初に見せてくれたあの笑顔だった。
しげ乃ばあちゃんに見えたのはその一瞬だけで、その後はやっぱり知らない老婆に戻ってて、話も支離滅裂だった。


おばさん家に戻ると離れの中を見せてもらった。
薄暗くて陰気で、私がここ数年見てきた部屋とは全く違ってた。

「由良ちゃん、しげ乃ばあちゃんのことほとんど知らないのに、どうしたの?」

不思議そうな顔をしながらも、おばさんは昔のアルバムを出してきた。

「あらやだ」

写真を覗き込むと、そこには中学生くらいの女の子としげ乃ばあちゃんが写ってた。

「これ私。この頃はしげ乃ばあちゃんまだ元気でね、お菓子なんかも作ってくれたの。懐かしいわぁ」

とおばさんは言った。

驚いた。

そこに写ってる、おそらく30年くらい前の部屋は、私がしげ乃ばあちゃんと過ごした部屋と同じで、私が一緒に過ごしたしげ乃ばあちゃんがいた。

私は、私が知らないはずの昔のばあちゃんの部屋で、その頃のばあちゃんと同じ時間を過ごしていたんだ。


それからおばさんは一冊のノートも見せてくれた。
しげ乃ばあちゃんが若い頃からつけてきたお菓子日記みたいなものだった。

その最後のページには

「今日、マカロンで子供が釣れた。まだまだ楽しみはありそうだ」と

あの夏の日のことが記されていた。


この日の帰り道、私は悩んでいた進路を決めた。

おわり


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