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ジャンル〈コメディ〉を作ることの難しさ

コメディとはなにか。
ギリシア語のkomoidos(おどけたコーラス歌手)が語源らしいですが、もともと『喜劇』は『笑い』を意味していたわけではないそうです。

が、そんな話はWikiでも読めばよいことのなので割愛します。

コメディを語るうえで外せない人物といえば、喜劇王のチャップリン。

「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」
と有名な名言を残していますね。

因みに本題と関係ありませんが、チャップリンの素顔はかなりのイケメンです。

チャールズ・チャップリン(1920年)

初めてみたときは「別人じゃん」と思いました。
「メイク、歩き方でここまで化けるのか」と、心底驚いたことを覚えています。


他にもコメディとは『ボタンの掛け違いである』と言ったりします。
登場人物は必死にかけずりまわっているのですが、一つボタンを掛け違えてるせいで、どうしようもなくおかしく見えてしまう。

この辺、三谷幸喜さんなどはとても上手いですよね。
「鎌倉殿の13人」
毎週楽しんでいます。


さて、我々ぶれるめんにも「コメディ担当」がいます。

コメディ担当:しょう


どんな『ボタンの掛け違い』を描いたのか、ぜひご覧ください。
以下は完成動画のサウンドノベルと、シナリオ全文です。


会長と清掃と、『あれ』

○TOKOSHIMAビル
清掃員の恰好をしている床嶋秀作(71)が電話をしている。

床嶋「もしもし」
平井「会長、今どこにいるんですか?」

電話口の相手は秘書の平井。
床嶋は、ここ、TOKOSHIMAビルを統べる床嶋ホールディングスの創始者だ。
だと言うのに、何故こんな恰好をしているのか。

そう。
世の中のドラマで度々見られる、お偉いさんが清掃員の恰好をして社員の仕事ぶりを評価する『あれ』だ。
ドラマ好きの床嶋は、会社を興した時から『あれ』をやりたいと思っていた。
そして今日、遂に決行に踏み切った。
床嶋は電話をしながら下品にガハハと豪快に笑う。

床嶋「今日は天気がいいからな。私は休暇だ」
平井「何言ってるんですか」

電話を切る床嶋。
床嶋は、清掃用具に立てかけてあったモップを手に取り、ごしごしと床を磨き始める。

良枝「ちょっと、何やってるんですか?」
床嶋「え?」

床嶋の背後に立っていたのはいかにもベテランっぽい清掃員、篠原良枝だった。

良枝「あなた勤めてどのくらい? 見ない顔だけど」
床嶋「えっと……さ、最近です……」
良枝「そう。清掃の仕事は初めて?」
床嶋「はい……」
良枝「失礼だけど……おいくつ?」
床嶋「今年72になります」
良枝「あらその歳で新しい仕事だなんて、大変ね」
床嶋「ええ、まあ、色々と……」

良枝が床嶋の肩をポンポンと叩く。

良枝「でも、それとこれとは話が別。モップ掛けするならまず看板立てて、洗剤つけて磨くの」
床嶋「あ、はい。すいません」
良枝「ほら、もう社員さんたち来ちゃうから。さっさと終わらす」
床嶋「あ、え……」
良枝「ぼさっとしてないで、早く」
床嶋「あ、はい……」

床嶋「私は新米清掃員私は新米清掃員」

床嶋は自分に言い聞かせるようにぶつぶつと唱えながら作業に向かった。

良枝「それから」
床嶋「(ビクッとして)はい!」
良枝「わからないならやらない。まず聞く。分かった?」
床嶋「はい!」

完全に思ってたのと違う。

だが、それもこれも、『あれ』をするため。
そして優秀そうな社員を見つけた暁には、会長室に呼んで話をする。
その時の社員の顔を頭に浮かべながら、床嶋はモップ掛けを始めた。

しかし、掃除が終われば社員の姿は観れない。時計を気にしながら掃除をする床嶋。
そんな床嶋の元に、良枝がカツカツと近づいてくる。

良枝「あら、いい時計してるわね」

バレた!?
床嶋は咄嗟に時計を隠した。

良枝「時間気にするより汚れを気にしてくれる? 時計眺めててもキレイになったりしないから」
床嶋「はい……」
良枝「それから、落とし物は設備室に届けなきゃダメだからね」

……バレてはいないようだ。
床嶋はゆっくりと時計を外し、そっとポケットにしまった。

チャリン。

床嶋の手が腰に提げていたキーケースにぶつかる。
そこにはベンツのキーや会長室の鍵も。
それに気づいた床嶋はそっと外し、ポケットにしまう。

テキパキと清掃を進めていく良枝。
これでは、社員が出勤してくる前に終わってしまうかもしれない。
床嶋は、なんとか良枝の仕事を遅くしようと思った。

床嶋「あの……」
良枝「何? 質問?」
床嶋「え、あのー」
良枝「何?!」
床嶋「お名前は!」
良枝「あら。言ってなかったかしら。私は篠原良枝。……そういえばあなたの名前も聞いてなかったわね」
床嶋「とこs……や、えっと……」
良枝「とこ何? 上手く聞き取れなかったんだけど」
床嶋「き、清原秀作です」

床嶋は咄嗟に妻の旧姓を名乗った。

良枝「?」
床嶋「いや、えっとその……恥ずかしながら、離婚をしまして。はい。婿養子だったもんですから。その、苗字が……」
良枝「ああ、それで。じゃあ、頑張んないとね」

なぜか妙に納得した様子で良枝は再び清掃の手を進めた。

離婚。婿養子。そしてこの歳で新たな仕事を始めたこと。
床嶋が苦し紛れについた嘘は、なんやかんやで奇跡的に辻褄が合ってしまっていた。

床嶋「篠原さんは、勤めて長いんですか?」
良枝「そりゃこの道14年だからね」
床嶋「おー。そりゃすごい」
良枝「あんたは? 何でこの仕事に?」
床嶋「あん…… あ、いやーやってみたかったんですよ。こういうの」
良枝「……あんた珍しいわね」
床嶋「だって良くあるじゃないですか。毎朝目にする清掃員が実はかい……」
良枝「?」
床嶋「かい……かい……怪盗だった! とか」
良枝「ないわよ。変な事言ってないで手、動かして」
床嶋「あれ? ないですか? おっかしなー。ははは」

そうこうしているうちに社員がパラパラと出社してくるようになる。
ようやくこれで社員たちの顔が見れる。
そう思った矢先、良枝が掃除道具を片し始める。

床嶋「あれ? もう終わりですか?」
良枝「社員さんが出社してくるのに掃除なんかしてたら邪魔でしょ。掃除するところなんて幾らでもあるんだから」
床嶋「あ、あぁ……」
良枝「返事は、はい!」
床嶋「はい!」

○屋上
ガチャリ。
良枝が扉を開くと、そこにはキレイな夕焼けが輝いていた。

床嶋「おおー」

床嶋は思わず声をあげてしまう。

良枝「キレイでしょう」

良枝はそう言って雑巾を干していく。

床嶋「はい! いやーなんだかあれですな。雑巾を干しているだけなのに、心まで洗濯されてるみたいですな」

一緒になって床嶋も雑巾を干す。

良枝「じゃあ、後頼んだよ」
床嶋「はい!」

良枝はその場を後にする。
一人黙々と雑巾を干す床嶋。
少しずつ、我に返っていく。

……

…………

・・・

床嶋「ちがーーーーーーーーう!!!」

床嶋は勢いよく雑巾を地面に叩きつける。

漸く気づいた。
床嶋はすっかり本来の目的を失っていた。

床嶋「違う違う違う! 思ってたのと違う! 違う違う! そうじゃない! そうじゃ、そうじゃない!! 雑巾干して「フッ」じゃないんだよ!」

平井「……会長何やってるんですか」

扉の前には秘書の平井が呆れた様子で立っている。

床嶋「そうだ! 私は会長だ! 掃除のオバちゃんじゃない!」
平井「知ってますよ。そもそも性別違いますしね。っていうか何でそんな恰好してるんですか?」
床嶋「こ、これは……」

床嶋「ちがーーう!」
平井「何がだよ」
床嶋「おい平井! お前までそんな態度……」
平井「これは、失礼しました」
床嶋「まったく……」
平井「それで……」

平井は床嶋の恰好をまじまじと見る。

床嶋「や……やりたかったの!」
平井「清掃の仕事を?」
床嶋「ちがーーう!!」
平井「もう怖えよー」
床嶋「あ……『あれ』だよ」
平井「あれ……とは?」
床嶋「『あれ』は『あれ』だろ」
平井「あれと言われても……」
床嶋「だから……会長、が、この格好! わかるだろう?」

平井は首をひねるばかりだ。

床嶋「だから……もう! 清掃のおっちゃんが実は会長でした! みたいなやつやりたかったの!」

平井は思わず笑ってしまう。

床嶋「なのになんだあのおばちゃんは。人のいないとこばっかり掃除して。なんの意味も無かったよ!」
平井「でもだいぶ充実感ある顔してましたよね?」
床嶋「そ……どっから見てたんだ!」
平井「心まで洗濯されてるみたいですな! からですかね」
床嶋「お……声かけろよ!」
平井「なんか楽しそうだったんで」
床嶋「あの篠原さんにえらい目にあわされたんだぞ」
平井「会長がそんな恰好してるからじゃないですか」
床嶋「とにかく! あの人にはそれとなぁく私が会長だって伝えておきなさい」

平井「……え、ダサくないですか?」

床嶋「何でだよ」
平井「いや、まあいいですけど……もしそういうのやりたいんだったら話通しとかないとですしね」
床嶋「いやダメだ」
平井「え?」
床嶋「相手が緊張したらバレちゃうだろ」
平井「めんどくせ」
床嶋「おい!」
平井「すいません。でもそしたらあの人にも伝えない方が」
床嶋「あの人は大丈夫だ! そんな気がする」
平井「なんすかそれ。っていうかそもそもその企画破綻してませんか?」
床嶋「え? 何で」
平井「会長目立ちたがり屋だからホームページにでかでかと顔載ってますよ。バレバレです」
床嶋「え……」
平井「さ、分かったらくだらないことしてないで戻りましょう」
床嶋「くだらないとは何だ!」
平井「ちょっと清掃員寄りになってるじゃないですか」
床嶋「先に、行ってなさい」

床嶋は残った雑巾を丁寧に干し始める。
その背中は、どこか寂しげである。

タッタッタッタッタ

平井「会長! 大変です!」

慌てた様子で平井が戻ってくる。

床嶋「?」
平井「会長室が!」

○会長室
(荒れた高級そうな部屋)

平井に連れられて床嶋がやってくると、そこは何かを漁られたように荒らされていた。

床嶋「誰がこんな事……」

床嶋「あーーーーー!」
平井「どうしたんですか?」
床嶋「ない! 鍵も! 時計も!」
平井「ちょっと何やってるんですか! もう、どこで落としたんですか?」
床嶋「いや、ちゃんとここのポケットに……」

○駐車場
駐車場から一台の車が走り去っていく。
車種は、ベンツ。
運転席に座っているのは良枝だ。

バリバリバリ

良枝の顔はみるみる剥がされ、その下からまったく別の顔が現れる。

???「バカなジジイ」


    了

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