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浮遊する箱と箱 青森県立美術館(建築物語17)

今日は、つくり手の情熱が、尋常ではないくらい伝わってくるひとつの美術館建築を紹介します。建築家の熱量が、ひとつの建築に対する熱量が、見る人に熱気として伝わってきて、胸が熱くなって、みるべき点が多い建築です。

青森県立美術館は、129,536㎡という広大な敷地の中に「三内丸山縄文遺跡」と隣り合わせで建っています。京都御所が11万㎡なので、同じくらいの敷地の広さです。

この美術館は、青森から輩出し世界的にも有名な作家、奈良美智をはじめ、青森出身のアーティストを大々的にフューチャーしており、青森の文化的な「顔」の施設と言えます。僕が訪れたとき、高さ8.5メートルの「あおもり犬(奈良美智作)」がメンテ中で入れなかったのは非常に残念でした。気になる方はぜひ検索してみてください。

設計を手掛けた建築家は青木淳さん。ルイ・ヴィトンの設計で有名です。数ある中で、僕が一番いいなと思うのはルイ・ヴィトン表参道店です。

若いころの作品で、住宅のサッシを溶融亜鉛めっき仕上としていたのは学生の僕にとっては衝撃的でした。そんな荒々しくて美しい作品も好きですが、青木淳と言えば、やはりルイヴィトンなどの商業建築で見られるような、目を見張るほどの流麗で美しい皮膜のデザインではないかと思います。


アクセスは、東北新幹線の「新青森」からバスで10分、「青森」からもバスで20分のところにあります。

住所:青森県青森市安田字近野185


マップはこちら。


今日は文章が長くなってしまったので、見出し付きです。


1.白い箱と、土の箱でできた彫刻的な建築

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メインのアプローチ。白い箱を切り出した、まるで彫刻のようなファサードとなっています。

建築は目もくらむような白で、曇天の日が落とすおぼろげな陰影ですらはっきりと知覚できます。



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上の写真が建築の「つくられかたのルール」がわかりやすいかな、と思う外観の部分です。そんな建築全体の構成としては、青木さんの青森県立美術館のアートブックを読むと端的に述べられています。絶版なのかすごく高価になっています。


《青森県立美術館》の空間構成は、あるひとつのルールでできている。地面を縦横に切るトレンチがあって、その地面の上向きの凹凸と、そこから上から覆いかぶさる構築体の、その下向きの凹凸が、悪い歯列のように噛み合というルールだ。
この形式的なルールによって、構築体の中の空間と、構築体と地面との隙間の空間の、2種類の空間が自動的に生まれる。構築体の中の空間をホワイトキューブの展示室とし、構築体と地面との隙間の空間を土の展示室とする。土のトレンチは、この美術館に隣接する「三内丸山縄文遺跡」の発掘現場に由来する。

地面側にでこぼこの土のヴォリューム(量塊)があり、白いでこぼこのヴォリュームが上から被さって、お互いのでこぼこの隙間でできた空間が土の展示室、白いでこぼこの中が白い展示室、という空間構成になっているということです。土のヴォリュームは、遺跡のイメージとして考えているよ、という具合に歴史的文化を表象することで、大切なものとして捉える配慮も見られます。


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白い箱と、土の箱との隙間の空間。外壁と同じ白く塗られたレンガと、茶色い土とのコントラストが美しいですね。天井も白いレンガが張られていて、挑戦的なデザインです。レンガ(タイルも)の脱落のおそれがあるので、天井や軒裏では通常では使いません。やはり、並の建築とは違います。


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天井の高い、白い箱の展示室。床・壁・天井すべて白。絵画が映えてフォトジェニックですね。床は光沢素材でできているので、絵の色が反射して見えます。


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階段室も徹底してすべて白。ここまで色素を落とすと、ただ空間のカタチだけが浮き上がって見えるのですね。


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半屋外の出入り口。ここも白。色も素材感も消えて、情報が少なくなった分、奥に見える外の光による陰影のグラデーションが見えて、美しく思いました。

白でも、床・壁・天井で素材感が違うので、光の当たり具合がきめ細やかに認識できる空間となっています。色彩を極限まで絞ると、ともすれば味気のない空間になってしまう可能性があるのですが、自然光や照明による光のグラデーションが美しく、よく考えられているな、と思いました。



2.構造体と切り離されたファサード・デザイン


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周囲をぐるりと公園に囲まれて、360度どこからでも外観を見ることができます。この建築がすごいのは、どこから見ても美しく見えるようデザインされていることです。美術館である、性質上、どうしてもでてくる駐車場や、美術品の搬入などのバックヤードですら美しいので、ぜひ実際見てほしいです。

都市部にある美術館の場合は、メインではなく目立たない道路側に搬入動線や、駐車場が設けられ、プランで隠すテクニックがありますが、この施設は4面自由に歩けるので、そうはいきません。だったら、バックヤードから何から何まで全部デザインしちゃおうよ、という思想です。


さてこの建築、初めて見たとき鉄筋コンクリート造なのかな?、と思いました。分厚い庇や、洞窟(石切り場の抗のような)かと思わせる彫りの深い開口部のデザインがそう感じさせたからです。

実は、この建築は「鉄骨造」です。地表面下は鉄骨鉄筋コンクリート造。よく見ると、窓のむこうに見えるブレースや、浮遊する箱は鉄骨造でないと表現できません。

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外壁は遠くで見ると、白いのっぺりとした印象ですが、近くで見ると、白いレンガだということが分かります。この施設に43万個のレンガが用いられています。開口部やコーナー部の役物レンガの形状は、無数にパターンがあり、気の遠くなるような設計工程、施工工程が想像できます。

そんな膨大な物量の白く塗られたレンガ積みを、建物本体の鉄骨から持ち出した金物で支える、いわゆる乾式工法の壁となっています。軒との取合い部は、レンガの割付に合わせた形状のGRC(ガラス繊維補強セメント)で外壁と軒が取り合っています。軒裏はレンガ打ち込みのGRCで、外壁と同じテクスチャーとなっています。

つまり、構造体と外から見えるファサードは、完全に切り離されて検討されている、という考え方です。この思想に関して先ほどのアートブックで青木さんはこう言及されています。

ぼくたちは、表面しかみることができない。しかしその表面から、ぼくたちはいつも、実際には見えていない裏側を想像している。裏側とは、そのものの実際のあり方である。ぼくたちは、その表面からいつも、そのものの実体を想像する。
これを利用して、たとえば、構造体を外壁から切り離し、外壁を透明ガラスにして、まるで構造体だけでできたいるようにつくられる建築がある。しかしそのときも、構造体がその建築の実体なのではない。その建築の実体は、その構造体と透明ガラスのセットである。にもかかわらず、その見え方によって、その建築の実体とは構造体である、という虚偽を信じさせることができたとしたら、それは上手に嘘をつけたということだ。もちろんテクニックがいる。見えをそのまま実体に思わせる。

様々に意味を含んだ文章となっています。

僕なりの解釈で恐縮ですが。エントランスの太い庇や、浮遊するレンガ積みや、大きく彫り込まれた開口などの僕らが見えるものは、建築の実体である構造体とは切り離されているもののでした。僕が鉄筋コンクリート造による造形と勘違いしたように、あたかも構造による造形に見えた。それは、ものすごい熱量の検討を重ねて得られた技術によって、青木さんが言うところの「虚構」を見せられたのかもしれません。

しかしながら「虚構」であっても、浮遊感の意外性とか、彫の深い開口が見せる豊かな光のグラデーションとか、建築空間の豊かさは実体として確かに現われています。

彫の深い開口や、浮遊させるためには、それを支える構造エンジニアリングがないと、実現できません。この施設は、完全に構造体が壁や天井の奥に隠されていますが、見えないところに情熱と努力を感じさせます、白鳥の湖のような。

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エントランス付近にある、ファサードと同じく白いレンガの施設サインパネルの裏側を見ると、工法が良く分かります。


3.商業建築を多く手掛けられた建築家の、遊び心あるディテール

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外壁のいたるところにある照明器具。青森の木をイメージしているそうですが、かわいいですね。オブジェのように、昼間も白い外壁のいいアクセントになっています。


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施設の案内板などのサイン文字は、すべてCAD文字のような字体にデザインされています。


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こんな小さな開口から、建築を覗けます。足元の植物もあいまって、絵本に出てくる絵のように牧歌的です。


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白い箱の天井にぽっかりと空いた開口に、階段が伸びています。なにがあるのかなと登ってみたい欲求に駆られます。

なんでもない階段ですが、ささら(段の両脇にある鉄板で、階段全体を支える梁のようなもの)レスで、段自体が階段の構造体となっています。ですから、通常の段よりも太い鉄板が用いられています。


4.創造したい、創作したい気持ちになる建築

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施設の見学を一旦終わって、建築の遠くから、思案しながらたたずんでいたことを思い出しました。僕も「やってやるぞ!」と、若いながらモノづくりに奮い立たせられた記憶がよみがえってきます。

そんな風に、建築設計に携わるものとして、この建築はモノづくりに対する熱気というか、エネルギーを感じさせてくれるなにかがあります。空間構成に、形態に、外装に、それとたまに出会う遊び心のあるディテール、つくり手の思いが全部つまった、傑作です。

アートブックには、雪深い季節に写真が収められ、白い風景の中に白い箱がおぼろげに写真に収められています。ぜひ今度は冬に訪れてみたい施設です。僕が行ってから、大分月日が経っているので今度行くチャンスがあったら、エイジングにも着目してみたいところです。

みなさんも、この白い箱と土の箱の建築を、実際ご覧あれ!


ぱなおとぱなこ


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