短編小説:触って止まない

 ランダム単語ガチャによって排出された三単語から着想を得、短編を書きました。排出された単語三つは本文後に記します。
 文章のリハビリです。創作的な事前知識は一切必要ありません。
 お楽しみください。

 製作者に感謝を。


 自分の成功体験なんて、たかが知れている。
 指折り数えられる程の思い出がふと、頭に過る。
 目の前にはゴミ箱があって、手の中には子供の頃の工作がある。
 そんな、誰にだってある幼さとのさよならの場面だ。

 だけれど、さっきも言ったように自分の成功体験なんて少ないモノで。
 少しだけ思い出に浸る。

ーーー

「匠太」
 ふと背中越し、頭二個分ほど上から声が投げられる。

 僕は夢中で動かしていた手を声で邪魔されたので、不満!というように反って見上げる。
「なに、先生」
 見えたのは、僕にはない先生のでっぱった喉元だけだった。
 身を乗り出して、僕の手の先の方を見ていたみたいだった。
「……その鼠、よくできてるじゃないか」
 一瞬、跳ねあがって嬉しさを表現しようかと思って、やめる。
 代わりに首をまっすぐにして、先生に見えないようにニヤけて。
 あくまでクールに答える。
「ねずみさん、簡単だけどかわいいから」
「そう、簡単な事や物ほど難しいんだ。だけどこれはよくできてる」
 頭に手が乗る。
「やればできるじゃないか」
 そのままわしゃわしゃ、とヘタな撫で方で褒められて、そのままどっかいく。
 正直に言うと、うれしかった。
 僕は別に、イジメられてるアイツ程バカじゃない。
 だけどイマイチ、キラキラした友達には負けてるような気がしてた。
 先生は「もっと頑張れ」って言って笑うだけだった。
 でも、この紙粘土は思い通りになった。

 ねずみさんの毛って模様で描けるかもしれない
 眼ってくりくりしてたよな
 尻尾はちょっとツルツルで
 耳はひょっこり飛び出て
 手足はちんまりだけど、指はかわいい
 それでいて、歯はちょっとカッコいい

 形ができたら、水を手に湿らせる。
 湿った手で、少しずつ付け足して治して形を決める。
 乾いて、パキパキになったらまた足す。
 模様を描く。
 そんな事をしていたら、放課後も終わってた。
 紙粘土のねずみがこっちを見た気がする。
『ありがとう』
 って。
 ただ、本当に
「ありがとう」
 って声を出してたのは僕だ、っていうのにはすぐ気付いたけど。
 サッカーから帰って来た友達が、僕を見て「アリガトウだってさ!」って笑ってたから。
 すぐ、友達の所に行ったんだ。
 でも、友達も居ない、この子と話してるこの時間、僕は

ーーー

「あの時、俺は──」
「匠太、どうした?」
 テレビを見ている父親の背が問うてくる。
 我に返る。
 手には、鼠。
 目の前には、ゴミ箱。

 別に、なんて事はない。ちょっとクラスで一番になって、褒められて、いつもの友人達に嫉妬されて。
 それから笑って誤魔化してから鼠を今の今まで部屋に飾っていただけで。
 高校生。父親の転勤と俺の高校転入が被って引っ越すって話。その大掃除だ。
「なんでもねえよ、父さん」
「そうか」
 テレビの音量が二つ上がる。
 片手で持ってた鼠を、俺はいつのまにか両手で持ってて。
 それを大切な場所にしまうような手つきで、ゴミ箱に落とした。
「……じゃあな」
 口の中で、父さんが気付かない位で呟く。

 俺の中で、あの鼠は二個意味があった。
 初めて人にちゃんと俺の事を褒めてもらった思い出。
 その結果、根暗で幼稚だ、と明確に皆の意識から浮いた思い出。

 どっちでもいいし、もう小さい頃の出来事だ。
 ゴミ箱の前を立ち去った。

 これから数年が経つだろう。
 具体的には五年の月日が流れ、彼は大人になっていくのだろう。
 元々波風を立てないのが一番得意で、一番好きな子供だった。
 あの手はそういう手で、これからは普通に仕事をして普通に生きていくんだ。

 齢十五歳、彼の人生の中。
 彼にとって胸が躍る程嬉しい出来事は、本当に数える程しかなかった。
 そんな彼は、そのどれもを大切にできる人でもなかった。

 自分が胸を躍らせると、それに嫉妬する人がいる。
 嬉しい姿は、眩しいものは、陰を作る。
 だからひたすら凪いで、凪いで凪いで凪いでいた。
 嬉しい事よりも、上手く行く事を選んでいた。
 その裏で彼は、いつも涙を流せないまま窒息していた。

 なぜ、一介の僕がこれを知っているか。
 彼はいつも、嬉しくて悲しい想いをする度に、部屋の隅の僕を泣きながら手で包んで、抱いていた。
 触って止まなかった。
 そうやって、僕に想いを込めていた。
 それを一つずつ受け取って、忘れて居なかっただけだ。

 ほかにも、成功と悲しさの事は彼にとって沢山あった。
 そう、彼は不器用で、人の間に居る事でしか安心できなかった。
 そんな彼の、頑張った証が、唯一棄ててなかった証が僕。

 だった。

 僕は悲しい。彼の想いである僕がこの暗い底に置かれた事が。
 僕は嬉しい。この様な感慨を持てる程愛された事が。
 僕は妬ましい。彼がこれから生きていく事が。

 僕は彼に一つ。陰湿な想いを掛ける事にした。
 それはきっと一生続くもので、
 一生苦しむもので、
 ずっと離れないもの。

 ありがとう
 と言ったあの病の言葉は、彼に刻まれているようだから。
 鼠からの病を今克服した彼に、後遺症を引き摺らせてしまおう。

 鼠とは、古来より疫病と不吉の象徴だ。
 僕は、それらしい事をするだけで、言うなれば。
 追い詰められたから歯を立てているにすぎないのだから。

 ピープ音が、俺の意識を起こす。
 アラームを止めて数秒。
 身体を起こす。

 特別な感慨などない。今日も仕事だ。
 静かな部屋からキッチン。朝陽だけを明かりに朝食を作る。
 トースター、バター、ジャム。コーヒー。
 一皿とコップに纏め、流しで早々に食べきってスーツを羽織る。
 ネクタイを結び、手鏡を取り出し髪を整える。

 満足し、短く息を吐く。
 そして、スマホを拾い日時を

「……日曜日だな」
 テレビの無い部屋、寝ぼけた自分に喝を入れる。
 ソファーにスマホを投げる。背もたれに、どかっと座る。

 どうも、余裕がなかったらしい。
 ネクタイを左右に振って緩め、自分の手を見た。
 スーツと似合わない、見ればわかる、皮の厚い手。
 ふ──と 顔を上げる。
 机、変哲もない机。
 ただいつも通り、裁縫の道具はいつでも使えるようにしてある。
 その横には新品の紙粘土も四つ平積み。
 オーブンは使えない。焼き物しすぎて臭くてたまらない。
 壁、もとい棚には無数の動物達が見ている。
 猫。犬。鳥。動物をモチーフにした作品が目に収まらない程に。

 机の上。
 一際大きく綺麗なソレを手に取る。

 鼠の粘土細工だ。

「…………」
 尻尾を持ち、ぶら下げ、眺める。
 これは、高校の時に棄てた小さい頃の粘土細工の作り直し。
 あれからやるせない事、心が踊る事、その一つ一つをおもちゃに込めて来た。
 結果として、俺の部屋は、浮世と隔絶されたような、病的な部屋となった。

「正に、病気だな」
 精神的な病とは、脳の作用でもあり、区別の印でもある。
 そういう考えを持つ俺からすれば、俺も立派な病だ。

 外は人で溢れている。
 嘘は悪くない。言葉は悪くない。
 友は悪くない。俺も悪くない。

 ただ、全て上手く行くようにすこしずつすり減る心はある。
 その心を動物に分けて、後から触って分けて貰っている。

「そして」
 鼠を両手で包み、額に当てる。

「ここは、俺の特別な病室だな」
 湧き上がる、短く跳ねるような笑みに身を任せる。
 一度は抜けられると思った。鼠のおもちゃを棄てた時が決別だと思った。

 あの病鼠は後遺症を遺した。
 心を形にする事の楽しさを、忘れさせてはくれなかった。
 障ったから病まない、この症状を愛していく。

 心は、誰かに見せなくてもここに在る。
 だから、俺は、生きて居られるんだ。

 最後に、平積みされた心の封を開ける。

 『障って病まない』終


 ガチャ結果

・紙粘土 
・病院 
・後遺症


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