アナログ派の愉しみ/映画◎クリント・イーストウッド監督・主演『スペース カウボーイ』

これは高齢男子に捧げられた
一服の清涼剤、いや強精剤なのだ!


人類が宇宙へ進出して以来、世界の少年たちにとって宇宙飛行士になることは永遠の夢であろう。この凡庸な大地を飛び立って、はるかな天空へと駆け上っていく……。

 
かくいうわたしも小学生のころ、アポロ11号が月面に向かうテレビ中継を固唾を呑んで見守り、同時通訳の「すべて順調、すべて順調」のフレーズに陶酔した。やがて校門脇の文具店に月着陸機イーグルのプラモデルが並べられると小遣いをはたき、まるでヤドカリのような勇姿に見惚れて飽きなかったものだ。

 
そんな宇宙飛行への情熱がいつしか冷めて、星空を見上げることもなく、目先の足元ばかりを眺めるようになったとき、少年は大人に成長したと言えるのかもしれない。が、すっかり消え失せたはずのその情熱が、実は胸の奥底でひそやかな熾火となって燃え続けていたらしいことに気づかせてくれたのが、この映画『スペース カウボーイ』(2000年)だ。

 
クリント・イーストウッドはみずから監督・主演を兼ねて『許されざる者』『目撃』『ミリオンダラー・ベイビー』『グラン・トリノ』……といった、男の老いを直視し、その決して止むことのない情熱を描くエンターテインメント作品をつくってきたけれど、なかでも『スペース カウボーイ』は最もカッ飛んだ代物といって過言ではないだろう。

 
1950年代、アメリカ初の宇宙飛行士をめざしてパイロット4人組の「チーム・ダイダロス」が訓練にいそしんでいた。ところが、NASAが新たなマーキュリー計画を発足させると、宇宙飛行士の役はチンパンジーに取って代わられ、かれらはお払い箱となってしまう。それから40年あまり、いまや悠々自適の生活を送る元チームの男(イーストウッド)のもとにNASAから連絡が入る。冷戦時代に打ち上げられたソ連の通信衛星が故障して地上に落下する危険があるという。そこには、かつて男の開発した誘導装置をソ連が盗用して搭載されており、ついては修理方法を教えてほしいとの依頼だった。男が示した条件はただひとつ、あの「チーム・ダイダロス」がスペースシャトルで通信衛星にアクセスして作業にあたるというもの。かくして70歳を間近にした4人の男が宇宙に旅立つことに……。

 
率直に言って、荒唐無稽である。かれらが体力的にも精神的にもとうてい現実の宇宙飛行に耐えられないのは明白だし、映画のなかでもランニングをしては足がもつれ、ロケットのシュミレーションマシンに乗っては失神して、孫のような現役世代に嘲笑されるさまが描かれる。しかし、そんなふうにぶざまであればあるほど、老いの姿が輝きをまとっていくのだ。やがてその計画を知った人々が声援を送りはじめ、やつれた男たちが国民的ヒーローとなっていく光景には、絵空事とわかっていても感動を禁じえない。

 
いよいよ「チーム・ダイダロス」がシャトルに乗り込み、カウントダウンがゼロを告げて、ロケット・エンジンの華々しい噴射とともに出発したかれらを、驚天動地の事態が待ち受け、それを持ち前の老練なパワーで乗り切っていくドラマについては明かすまい。ただひとつだけ、ラストには純真無垢な小児さえのけぞるに違いない、あまりにもファンタスティックなシーンが用意されていることをお知らせしておこう。

 
年齢を重ねたからと言って、なにも身の程を知るだけが能ではあるまい。ガキどもを蹴散らして、おのれの夢を実現させてやろうじゃないか。そう、この映画は高齢男子に捧げられた一服の清涼剤、いや強精剤なのだ! つい沈み込みがちな気分のときには、きっと効果テキメンだろう。

 
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?