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罪花狂咲 第五話

 数日後。片桐美夕の葬儀が執り行われた。
 それまで平穏な日常を送っていた少女の突然の死であることに加え、美夕には同級生を恐喝し、自殺未遂の原因を作った疑惑が浮上。美夕の親族は混乱を極めていた。そういった事情から担任教師を除く学校関係者の参列は見送られ、親族と一部のごく親しい知人のみのが参列。永士や七草兄妹も顔を揃えていた。

「俺と海鈴はもうしばらく残るが、永士はどうする?」

 葬儀が終わった後、喪服姿の泉太が目頭を押さえながら永士に尋ねた。妹を亡くした小夜子や親友を喪った海鈴に余計な心配をかけまいと気を張っていたが、今この場に二人はいない。男同士というのもあるし、自分よりも落ち着いている永士の前とあって緊張の糸が切れてしまった。

「僕は家に戻るよ。少し考えたいこともあるし」
「そうだよな。あの事件からまだ日も浅いってのに今度はこんなことに。お前だって混乱しているよな」

 二か月前に凄惨な事件へ巻き込まれ、今度は顔見知りの美夕の死亡現場に居合わせた。表面上は冷静に見えても動揺しないはずがない。こんな時に不謹慎ではあるが、永士の普通な一面が見れたようで泉太は少しだけホッとしていた。

「気を付けて帰れよ。何かあったらいつでも連絡しろ」

 労うように肩に触れると、泉太は斎場へと戻っていった。

「今の時間、バスあったかな?」

 永士が自宅方面へ向かうバスを求めて斎場近くのバス停へと向かうと、正面から見覚えのある女性が近づいてきた。

「斎場へ行けば会えると思って。待ち伏せのような形になってしまってごめんなさい」
「真中さんですか。バーベキュー以来ですね」

 綴の来訪に驚くこともなく、永士は淡々と会釈をした。
 誰しもが現状に疑問を抱いているはずだ。関係者から接触があっても不思議ではない。

「少しお話ししたいんだけど時間ある?」
「構いませんよ。僕もたぶん同じ疑念を抱いているはずですから」
「話が早くて助かるわ。立ち話もなんだし場所を変えましょう」

 ※※※

 永士は綴の行きつけだというレトロな喫茶店へと場所を移した。ここは奢るという綴の言葉に甘えて永士はブラックコーヒーを注文する。

「先日の竜崎くんの死と今回の美夕さんの死について、灰谷くんはどう考えている?」
「例の廃村に立ち入った人間が立て続けに二人も死んでいる。偶然では片づけられないでしょうね」
「私も同意見よ。何が起きているのかを見極めるためにも、是非とも情報を共有したい」
「協力するのは構いませんが、どうして僕に声をかけたんですか?」

「一番相談しやすいのが灰谷くんだと考えたからよ。一度会っただけだけど、君は感情的にならず冷静に状況を見極められるタイプだと感じたから。

 私の抱く疑念は一般常識からは外れたオカルトめいたもの。心情を考えれば、美夕さんが亡くなった直後にお姉さんの小夜子さんや、確執のある泉太さんには、少なくとも現時点では相談するべきではないと思ったの。せめてもっと怪奇現象が起きていると確信出来るだけの証拠が必要だと思う。海鈴さんには話をしてみてもいいかなと思ったけど、斎場から出てきたのは灰谷くんだけだったから」

「海鈴にもしばらく黙っておいた方がいいと思います。隠し事が出来ない性格ですから、巻き込んだら一人では抱え込めずに泉太さんに相談してしまうと思います。そうなれば色々とややこしいでしょう」

「君がそう言うのならそうさせてもらうけど、海鈴さんに隠し事をする形になって君は辛くない?」
「別に。僕は合理主義なので」

 そう言って、永士は運ばれてきたブラックコーヒーに口をつけた。あまりにも迷いなく返答されたため、尋ねた綴の方が面くらってしまう。

「本題に入りましょうか。永士くんは竜崎くんの死についてはどれぐらい知っているの?」
「遺体の状態が不自然だったとは聞いています。階段からの転落直後、胸部が大きく損傷していたとか」

「目撃者の証言によると、竜崎くんは下り階段に差し掛かる直前に激痛に苦しみだし、そのまま足を踏み外したようよ。転落時に負った傷は致命傷に至るほどのものではない。転落したのは結果であって、直接の死因は胸部の損傷だと考えられている。私も現場を見たわけではないけど、竜崎くんの遺体は胸部が心臓ごと裂けていたそうよ。あまりにも異様な状況に、警察も頭を抱えたみたい。

 転落直前までに竜崎くんが胸を負傷していた形跡はないし、極端な話だけど、例えば爆発物が用いられた形跡も見当たらない。目撃情報からも、竜崎くんの胸は突然内側から張り裂けたとしか思えないのよ。竜崎くんは元々胸の不調を訴えていたようだし、警察は事件性は低いと見ているようだけど、だからといって、事故や病気で胸が大きく裂けるような状況というのは想像しがたいよね」

「なるほど、二人の死はやはり偶然で片づけることは出来なそうだ」
「その口振りだと、やはり美夕さんも?」
「それについて僕の手番で詳しくお話しします。竜崎さんについて他にも何か情報があるならお願いします」

 永士の冷静な反応を受けて綴は追及を飲み込み、説明を再開した。

「これからする話は、私自身もまだ受け止めきれていないけど、竜崎くんに起こった大きな変化として報告しておく。竜崎くんは警察官を恐れて避けるような動きを見せていたそうよ。

 亡くなる直前、繁華街で胸を押さえて苦しむ竜崎くんを心配して警察官が声をかけたそうだけど、竜崎くんは不調も省みず、逃げるようにその場を走り去っている。

 これは竜崎くんのご家族とも面識がある倉田くんから聞いた話だけど、亡くなる少し前に竜崎くんの部屋に警察が聞き込みに訪れていたそうよ。これ自体は近所で起きたひき逃げ事件の目撃者捜しだったようだけどね。タイミングがタイミングだけに無関係とは思えない」

「ひき逃げ事件と竜崎さんとの関連性は?」

「その件に彼は関わっていない。ひき逃げ犯はその日のうちに逮捕されているし、竜崎くんにはそもそも容疑はかかっていない。ただ、別件に関してはやましいことがあったみたい」

「どういう意味ですか?」
「竜崎くんはスマホのメモ帳に文章を残していた。不調か焦りか、文章は誤字脱字が目立ったけど、要約すると、内容は過去に犯した罪の告白のようだった」
「竜崎さんはいったい何を?」

「文章によると二カ月ほど前、彼は酔って絡んできた男性とトラブルとなったようね。揉み合っている間に相手は階段から転落し、そのまま亡くなってしまった。パニックになった竜崎くんはその場から逃走したそうよ」

「告白ということは、竜崎さんの関与は疑われていなかった?」

「そのようね。当時は酔った男性が階段で足を踏み外した、単なる事故として処理されたみたい。今回の竜崎くんの文章を受けて警察も一応は再捜査をすると聞いているけど、物的証拠はなく、当事者である竜崎くんも亡くなっている。嫌疑不十分となる可能性が高そうね」

「なるほど。警察を恐れたのは自分の罪が露呈したと早とちりしたからですか」

「状況を見ればそういうことになるのでしょうね。ただ、それがあの異常な死に方にどう繋がっていくのかは分からない。私から話せることは以上よ」

 私自身もまだ受け止めきれていないと前置きしながらも、綴の語りは終始冷静なものだった。必要に応じて自分を律することが出来るタイプなのだろう。

「次は灰谷くんの番。美夕さんについて話してもらえる?」

「分かりました。僕が把握している範囲の情報はお話しします。当時、僕と海鈴は近くにいました。救急車を呼んだのも僕です。結論から言うと彼女の死因も、竜崎さん同様に胸部の損傷でした。美夕は突然苦しみだし車道へ倒れ、青信号で直進してきた乗用車のミラーへ顔面を強打した。動かなくなった彼女を見て、最初は誰もが車との接触が原因だと思いましたが、駈けつけた救急隊によって一気に異常な状態が明らかになった。美夕のブラウスは血塗れになり、胸部が心臓ごと張り裂けていたんです。美夕はその場で死亡が確認されました。ショックで卒倒した海鈴を介抱するのは大変でしたよ」

「念のため聞いておくけど、車との接触で胸部に重症を負った可能性は?」

 あらゆる可能性を考慮する必要がある。可能性は低いと思いながらも、綴は現実的な解釈を尋ねた。

「それは警察の捜査で否定されています。接触したのはミラーと顔面だけ、これも大事おおごとには違いありませんが、少なくとも胸部が心臓ごと裂けるような状況は生まれない。美夕は少し前から家族に胸の違和感を訴えていましたし、僕らの前でも時々胸を押さえて顔を歪めていた。根本にあるのはやはり胸の異常でしょう」

 一呼吸を置いてから、永士は右手の人差し指を立てた。

「気になる点はもう一つ。美夕は死の直前に同級生との間にトラブルを抱えていたようですね」
「トラブル?」

「同級生が自殺未遂を起こし、その原因が美夕にあったようです。美夕は何らかの弱みを握って同級生へ恐喝を繰り返していた。美夕は死ぬ直前までその同級生と必死に連絡を取ろうとしていました。想像も多分に含まれますが、自殺まで図った相手が、いつ恐喝の事実を暴露するか気が気じゃなかったといったところでしょうか。周囲から美夕は優等生として見られていた。そのイメージを守るために必死だったのでしょう」

「亡くなった美夕さんには申し訳ないけど、人は見かけによらないものね」

 美夕の恐ろしい一面を知り、綴は眉をしかめた。ほとんど会話を交わしていないし表面上の印象しか残ってはいないが、どこにでもいる普通の女子高生にしか見えなかった美夕が同級生を恐喝していたという事実はあまりにもギャップが激しい。

「竜崎くんと美夕さん、それぞれが大きな秘密を抱えていたことは分かったけど、これをどう捉えるべきなのかな?」
「現時点では何とも言えませんが、引っ掛かっていることがあります。真中さん、廃村でのラジオの異常については知っていますか?」
「倉田くんたちからラジオがおかしくなったとは聞いたけど、詳細までは分からない。彼らも大分混乱していたから」

「村に入る直前に携帯ラジオから妙な声が聞こえていたんです。それは村での異変を機にはっきりと意味を成すようになった。ラジオはしきりに『ツミ』という言葉を発するようになり、しまいには『ワタシハツミヲオカシマシタ』と発したことを僕はしっかりと覚えています。文脈から察するにこの『ツミ』というのは、道徳や法律に反するという意味の『つみでしょう。一連の出来事があの廃村と関係があるとすれば、『罪』というワードは無視出来ない気がします」

「確かに二人の抱えていた秘密は罪と言える。胸部が裂けた異常な死と、罪と、現状はこの二つが共通項ね」
「場合によってはもう一度あの廃村に行ってみる必要があるかもしれませんね。これが本当に呪いの類だとしたら、黙って待っていても得はないでしょう」

「キャンプ場で出会った頃から思っていたけど、君は不可思議な現象を全然恐れていないんだね。廃村での体験もそう。混乱で誰の説明も要領を得ないのに、君だけは冷静に、ラジオから発せられた音声まで記憶している」

「事実は事実でしかありませんから。どんなに非現実的な光景であろうとも過度に恐れることに意味なんてありません」
「そう簡単に割り切れるもの?」
「他の人は分かりませんが、僕はそういう人間です」

 苦笑すると永士はコーヒーを口に含んだ。

「僕からすれば真中さんこそ不思議ですよ。あなたはあの時、廃村に立ち入ってない。関係者ではあっても当事者ではありません。今起こっているのがどういった現象かは分かりませんが、あなたは安全圏にいる可能性が高い。なのにどうして率先して原因究明に努めているんですか?」

「一歩引いた位置にいるからこそ動ける時だってあるものよ。香苗は現実を受け止めきれず、真実の探求を恐れている。倉田くんは真実を知りたい気持ちはあるようだけど、竜崎くんの死を引きずって今は行動を起こせないでいる。当事者だからこそ怯えが行動を邪魔するの。だけどもうすでに二人も亡くなっている。時々刻々と状況が変化する中、もう猶予なんてないのかもしれない。友達に迫る危機を見て見ぬ振りなんてしたら絶対に後悔する。だから私は私なりに動こうと決めたの。全ては偶然で、調査が徒労に終わるというのなら、それに越したことはないしね」

「なるほど、真中さんは良い人なんですね」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、一言でまとめられるとそれはそれで悔しいわね」

 苦笑を浮かべながら綴は頬を赤らめた。永士と会話をしているとどこかむずがゆいものを感じてしまう。

「灰谷くん自身は今のところ体調に変化を感じたりはしていない?」
「特には。体調はすこぶる好調です」
「失礼なことを訪ねるけど、『罪』というワードに関して思い当たることは?」
「それもありませんね」

 永士は顔色一つ変えずに即答した。


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