見出し画像

罪花狂咲 第七話

「三年前。今回と似た連続不審死が発生しました。遺体はみな胸部を大きく損傷し、心臓は裂けてまるで花が開花したかのようだった。異様な死に方ではありましたが、事件性を示す所見は見当たらず、結局捜査は途中で打ち切りとなってしまいました」

 車を走らせながら、小暮が静かに語り出した。

「そのことに納得がいかず、個人で捜査を続けた刑事がいました。一之瀬いちのせ郷太ごうた、当時私とバディを組んでいた男です。最初に遺体で見つかったのは一之瀬いちのせ光歌みつかさん、当時十七歳。一之瀬の妹さんです」
「一之瀬さんは妹さんの死の真相を確かめるために捜査を?」

 綴の問いに小暮はルームミラー越しに頷いた。

「遺族である彼は警察の捜査には加わることができず、その捜査も結局打ち切りとなってしまった。妹さんを襲った異常な死を、詳細不明のまま受け入れられるわけがない。一之瀬が独自に動き出すのは必然でした。その気持ちはあなた方にもよく分かるでしょう」

 小暮の問いに今度は綴が頷いた。変わり果てた姿となった友人をこの目で見た。あれがありふれた死であっていいはずがない。どうしてこんなことになってしまったのか、真実を求める気持ちはいっそう強くなった。

「一之瀬がいたたまれず、私も空いた時間に彼の調査を手伝うようになりました。独身で家族サービスをする相手もいなかったのでね」

 自嘲気味に小暮は笑う。多忙な刑事という職業柄、独身とはいえ休日は貴重だ。その時間を割いていたのだから、小暮は後輩の一之瀬にそうとう目をかけていたのだろう。

「三年前の事件についてお話ししましょう。亡くなったのは全部で四人。一之瀬光歌、氷見ひみホタル、佐竹さたけ璃子りこ佐竹さたけ奏子そうこ。全員が女性です。光歌、ホタル、璃子の三名は蜻蛉橋かげろうばし第一高校の二年生。璃子の姉の奏子は針葉しんよう大学の一年生で、前年に第一高校を卒業した三人の先輩でもあります。

 全員の共通の趣味はアウトドアでした。先輩の奏子が免許を取得したことで移動の幅が広がり、夏休みを利用して普段よりも遠くのキャンプ場で一泊二日のキャンプを企画したようです。すでにお察しかと思いますが、越無村に近い梨恋キャンプ場です。幹事は年長者の奏子。キャンプ場は穴場だったようですが、彼女は同じ大学の鈴木すずきという先輩からの紹介でその場所を知ったようです」

 蜻蛉橋第一高校といえば、永士と海鈴が在籍している高校だ。三年前のことなので当時の生徒は残っていないが、過去に二年生で人死にが相次いだという噂は永士も聞いたことがあった。

 佐竹奏子の在籍していた針葉大学は泉太の出身校で、三年前なら泉太も在籍中だったはずだが、地域でも生徒数が飛びぬけて多い大学なので、同じ時期に在籍していたからといって、一概に知り合いとは呼べない。そもそも三年前に知り合いが不審死を遂げていたら、今回の出来事をもっと深刻に受け止めているはずだ。

「彼女たちはキャンプ場周辺を探索している中で廃村となった越無村を発見し、そこで身も凍るような体験をした。一泊二日の予定を切り上げ、逃げるようにキャンプ場を立ち去ったと、存命の頃に光歌さんが、兄である一之瀬にそう証言しています。あなた方も同じような体験をされましたね?」

 実際に越無村に訪れた永士が首肯した。

「キャンプ場から戻った五日後に光歌さんが亡くなりました。遺体は胸部を大きく損傷していた。三日後に今度は佐竹璃子が、その二日後には姉の佐竹奏子が、続けざまに亡くなりました。最後の一人、氷見ホタルには亡くなる前に一之瀬が接触しましたが、迫る死の恐怖に彼女は半狂乱となっており、有力な証言を得ることは叶いませんでした。結局、彼女もその翌日に命を落としました。越無村を訪れた女性たちは全滅です」

 全滅という言葉に綴は眉を顰めた。想像したくはないが、今回、越無村を訪れてしまった者達の未来を表しているかのようだ。発言した小暮の表情も複雑だ。言葉を選ぼうにも、事実ゆえに他の表現が見当たらなかったのだろう。

「一之瀬は、越無村を訪れてから亡くなるまでの間に犠牲者に起こった変化について調べ始めました。この頃から一之瀬は、一連の不審死を呪いを前提に考えるようになっていた。妹の死の真相を突き止めるため、彼は執念だけで動いているような状態でした。私は何度も説得しましたが、時間を惜しんだ彼は、憧れだった刑事の職も辞し、全ての時間を独自の調査に当てるようになりました。私は刑事として日々の業務にも追われていましたから、一之瀬を気にかけながらも、彼と行動する機会は少しずつ減っていった。せめてもと、連絡だけはまめに取り合うようにしていましたが……」

 小暮の運転する車は市街地を抜け、海岸線を望む国道へと出た。目的地はない。会話を続ける間、適当に車を走らせている。

「ここからは一之瀬の受け売りですが、彼は犠牲者の身に起こった異変を調べていく内に、死に至るメカニズムに一つの仮説を立てました。

 越無村での異様な大変を境に、犠牲者は過去の何らかの出来事に対して強い罪悪感を抱くようになり、同時に胸痛の症状が現れるようになった。胸痛は罪悪感と比例し、日に日に増大、胸部はついに罪悪感に耐えられなくなり、内側から張り裂ける。これが一之瀬の立てた仮説です。

 非科学的な現象ゆえに裏付けは困難ですが、この仮説は被害者が亡くなるまでの行動や発言とは矛盾しない。亡くなった四名に、多かれ少なかれ罪悪感を抱くに至る事情があったことも確認出来ています。妹の死の直後に裏の一面を知るに至った当時の一之瀬の胸中は複雑だったでしょうね。

 私は一之瀬の仮説を支持していますが、あなた方はこの仮説についてどう思いますか?」

「説得力があると思います。少なくとも私たちの把握している情報とも矛盾しません。すでに亡くなっている三人には、確かに後ろ暗い秘密がありましたし、亡くなる直前の行動も罪悪感を感じさせるものでしたから」

「罪悪感が伴う話題ですから言いづらいかもしれませんが、お二人の体調は大丈夫ですか?」
「実は私はキャンプ場で待機していたので、越無村には立ち入っていないんです。灰谷くんは」
「僕は今のところは健康体ですよ」

「真中さんは幸いでしたね。灰谷くんも異常がないなら何よりですが、決して楽観はしないように。怖がらせるつもりはありませんが、現状、越無村の現象に見舞われた方の致死率は百パーセントですから」

「まあ、なるようにしかなりませんよ」

 言った側から永士は危機感のない発言をしているが、微笑みすら浮かべるその姿は、楽観を越えて自信さえも感じさせる。呪いを肯定し、自身がその渦中にいるにも関わらず、永士はまるで恐怖を感じていないようだ。

「ところで小暮さん。呪いを追っていた一之瀬さんはどうされてますか?」

 微笑みを浮かべたまま永士が唐突に核心がつき、ハンドルを握る小暮の手に力が入った。
 接触してきたのは呪いの調査に本腰を入れていたのは一之瀬ではなく、彼を気遣っていた先輩の小暮の方。呪いとしか思えぬ異常が起きている今、不在には悪い想像しか働かない。

「……一之瀬は三年前から行方不明になっています。当時は管内で大きな事件が起き、私も仕事に忙殺されていましてね。一之瀬を気にかけている余裕が無かった。一之瀬が行方不明となっていることを知った翌日、私宛に一之瀬から手紙と荷物が届きました。姿を消す前に一之瀬自身が送ったもののようです。手紙には、真実を確かめるため越無村へ向かった旨が記されていました。手紙が届いた時点で自分が戻っていないなら、呪いに返り討ちにあったものと思えとも。

 荷物はこれまでに一之瀬が調べ上げた一連の不審死の調査記録でした。自分の身に何かあったら、調査資料を今後に役立てて欲しいというのが一之瀬の意思でした。私が関わった調査は極一部。今回お話しした概要のほとんどは一之瀬の記録からの引用ですよ」

 信号待ちの停車中。小暮が助手席に乗せていた鞄に手を乗せた。中には一之瀬の調査ノートが入っている。重要な情報源であると同時に、小暮にとっては相棒の大切な形見でもある。

「一之瀬さんの行方は捜索されたのですか?」
「ご家族から捜索願は出されましたが、本格的な捜査には至りませんでした。現職の警察官の失踪ならば大事ですが、一之瀬はすでに職を辞した一般人でしたから。光歌さんに続いて一之瀬まで失ってしまったご家族を思うと、今でも胸が締め付けられますよ」

 沈痛な面持ちの小暮を見て、質問した綴の方が辛そうに目を伏せた。

「だけど、おおよその居場所は分かってますよね」
「ちょっと、灰谷くん」

 空気も読まず、間髪入れずに永士が言った。少なくとも一之瀬が向かった場所については分かりきっている。

「……そうですね。一之瀬はきっとあの村にいるのでしょう。それでも、当時の私はご家族や同僚にそのことを伝えることは出来なかった。捜索のために越無村を訪れた方々までが呪いに罹患りかんする、二重遭難とでも呼ぶべき状況を私は恐れてしまった。それは一之瀬とて望むところではないでしょうしね。思えば、呪いの存在を私が真の意味で受け止めたのは、その時が初めてだったのかもしれません」

 一瞬、感情が過去に飛んでいたのだろう。いつの間にか青信号に変わっていたことに気づき、小暮は車を発進させた。

「その後はどうなったんですか?」

「良くも悪くも状況に変化はありませんでした。新たな不審死の発生には気を配っていましたが、幸いにもそれは起こらなかった。呪いの真相や一之瀬の行方を求めて越無村へ行こうと考えたこともありましたが、恥ずかしながら臆病風に吹かれてしまった。私一人で何が出来るのだろうとね。このまま何も起こらず時が過ぎて行くのならそれで構わないと、静観を決め込んでいたのですが」

「私たちの仲間が、三年前を彷彿とさせる不審死を遂げた」

「私がそのことに気付いたのは、先日の姫野香苗さんの一件でした。早々に悲劇に気付けなかったことは悔やんでも悔やみきれません。言い訳にしかなりませんが、竜崎さん、片桐さんについては私の元まで情報が届いておらず、把握が遅れてしまいました」

「私達だけでは手詰まりに近い状態でした。重要な情報を提供してくださった小暮さんの存在は心強い。救えなかったことを後悔している気持ちは私も同じです。せめて私達の手で悲劇を終わらせましょう」

「そうですね。警察官として、人が死ぬと分かっている状況を見過ごすわけにはいきません。今度こそ真正面から呪いへ立ち向かい、一之瀬の仇を討ちたいと思っています」

「僕もお二人の意見に異論ありませんよ。僕の場合は命もかかっていますからね」

 本来、最も切羽詰まった状況のはずの永士の熱量が一番少ないが、三人が協力者として、確かな一体感を得た瞬間だった。

「現時点で私からお話し出来ることはこのぐらいでしょうか。長々と付き合わせてしまい申し訳ありませんでした」

 気づけば車で移動を開始してから一時間が経過しようとしていた。関係者に自身の持つ情報を提供するという小暮の目標は達成された。

「よろしれけばこれをお持ちください」

 小暮は助手席の鞄から、一之瀬が残した大量の捜査ノートを取り出し、後部座席へと渡した。

「こんな大事なものをいいんですか?」
「私はすでに全ての内容を把握していますからお気になさらず。口頭で全てを伝えるのには限界がありますし、真相に迫るには、当事者であるあなた方が持っていた方がより有意義でしょう。もしかしたら灰谷くんのように実際に越無村へ踏み入った方だからこそ気づける新事実があるかもしれませんし」

「ありがとうございます。活用させて頂きます」

 綴が頭を下げる横では、すでに永士がノートの一冊に目を通し始めていた。一目で分かる凄い集中力だ。

「本日はありがとうございました。ご自宅までお送りしますね」

 ※※※

 警察署に戻った小暮は、データベースで過去の事件を見返していた。
 灰谷永士とは初対面とは思えぬ奇妙な感覚。考えすぎかと一度は妥協したが、結局その違和感は払拭されることはなかった。

 綴と永士を送り届け、車中に一人になった時、ふと一つの可能性が頭に浮かんだ。直接顔を合わせたのではなく、捜査資料で顔写真を拝んだ可能性だ。本来、永士の素性を知ることに大きな意味はないはずだが、独特な雰囲気も相まって個人的な興味も沸いていた。

「そうか、彼はあの事件の」

 灰谷永士が警察の聴取を受けた記録が残されていた。
 二か月前に蜻蛉橋かげろうばし市の大型商業施設、クレセントモールで発生した凄惨な無差別殺人事件。
 
 灰谷永士は従兄弟の七草海鈴と共に、学校帰りにその事件に巻き込まれている。

第八話

第一話


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?