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短編小説「サクラ、なぜ咲くの?」


 桜の季節は過ぎたけれど出しておきます。 
 何年か前にamebloに書いたもの。ほんのりGL風味ありですが閲覧注意というほどでもない。桜に関するお伽噺みたいなもの。
(7000字くらい)



 マルティン☆ティモリ作

短篇小説「サクラ、なぜ咲くの?」




 これは銀河系の一角、太陽系という恒星系に属する「地球」と呼ばれる惑星でのお話です。

 …地球でのお話?そんなの普通じゃん。

 ええ、その通り。でも、ここでいう「地球」は、リアルの地球とはたったひとつだけ違っている点があるのです(よってパラレルワールドにある地球と思ってください。これを「偽地球」と呼ぶことにします)。


 では、そのひとつだけ違うとところとは?


 はい、実はお話の始まりの時点では、何とこの偽地球には「桜」…リアル地球で春の訪れを告げるあの美しい「桜の花」が、存在していなかったのでした…



 ※ ※ ※



(1)「偽地球に住む少女が書いた作文」


 皆さんは心に小さな夢が生まれたとき…でも、その夢を育てるには周囲の状況がどん底と言っていいくらいに良くないとき、どうしますか?

 夢をあきらめる?

 それとも当たって砕けろと、ダメを承知で思い切ってその夢に向かって進んでいきますか?

 わたしならこうします…

 まずはその小さな夢を捨てないまま悪い状況の中をじっと耐える。

 いいえ、ただ耐えるんじゃないんですよ。どん底な状況こそ絶好のスタートライン。なぜってここからは良くなるばかりなんですから。

 耐えながら少しずつ夢の実現に向けて力を貯めるんです。

 そうやって待っていれば、やがては状況の好転する日がくる事でしょう。その頃には自分の中にもそこそこの力が蓄えられている筈です。

 そこで、さあ夢へ向けて発進!!!

 …?

 いえいえ、まだダメです。

 状況が多少良くなったからといって、それは単なる思いこみかもしれないから。

 さらにもうしばらく、時を待ちます。

 そして、状況の好転が確実となったとき、貯めてきた力が飽和に達したと感じた時に、一気に勝負にでるのです。

 え?いきなりこの話は何なのかって?

 それにはまず、わたしの大切なお友だち、花丘芽未(はなおか・めいみ)という子について話さなければなりません…


 ☆ ☆ ☆


 わたしの家の近く、神社の裏の急な勾配の坂道を登った丘の上に、数本の木が並んで立っています。
 黒ずんだ幹は不格好に曲がっていて、しかもこの木たちは花を付けない…あ、いえ、見る人が気づかないだけで、本当はスギやイチョウのように花びらのない花を咲かせているのかもしれません。

 幼かった頃、

 「あの木って何の木なの?」

 父に問いかけると、

 「名もない木だ。雑草みたいなもんさ」

 父は何とも無責任な言葉で応じたものでした。

 さて、わたしが高校に進学した年の春のはじめのある日のことです。

 ポカポカ陽気に誘われ散歩に出たわたしは、その丘の木の下でうつむき佇(たたず)んでいる少女の姿をみとめたのです。

 見覚えのある顔かたち。
 あれは確か一週間前、新高1クラスの初顔合わせで自己紹介をした時に、自分の名前だけをボソッと言ってあとは何もしゃべらなかった子…それ以後は全く登校してきていない生徒…同じクラスの花丘芽未でした。

 あのとき、わたしが抱いた芽未の印象をいえば、可愛い名前(そして容姿も結構可愛い)にも関わらず、ずいぶんと無愛想な子だなっていう感じだったでしょうか。

 わたしは明るく芽未に話しかけます。

 「こんにちは!」

 でも、何も答えません…こちらを見ようともしない。

 「ほら、カタクリが咲いてるよ、もうすっかり春だよね」

 わたしが言うと、何かが気にさわったのか芽未は素早く振り向き、こちらをキッとにらみました。

 「うるせえな!」

 さて、こんな場面においても、幸いなことにわたしはいきなり気色(けしき)ばむようなことはありません。

 なぜって慣れてるから。

 そう、わたしは自分の夢を実現させるために、スーパーでレジ打ちのバイトをしながら高校に通っているんです。だから、まあ色んなお客様がいて色んな対応を余儀なくさせられてるって事ですね。

 「ごめん、何か悪いこと言ったかも…」

 言って、そこからは彼女の心をほぐそうと色々やってみました。

 そのあげくに彼女からあれこれ聞き出すことはできたのですが、要約して書いてみれば、その内容は何となんとこんな感じ…

 「自分、花丘芽未は火星人である」とか、

 「よって今ここにいる人間の姿、即ち高1女子の姿というのは世を忍ぶ仮の姿である」とか、

 「で、火星には火星をつかさどる神様がいて、神様のご意志をこの土地で実現するというのが自分の夢である」とか、

 「しかし、その方法がわからなくて、生まれてからずっと、もう何年も悩み苦しんでいる」とか…

 (うーん、どう考えても真面目に答えてくれたとは思えないんですよね)

 でも、話し終えた芽未の目には涙がたまっていました。

 わたしは思います。

 いや、これは冗談なんかじゃない、きっと何かのたとえ話なのに違いないんだと…


 わたしは思わず芽未の方へ歩み寄ると、わたしの胸あたりまでしかない小さな彼女をそっと引き寄せ抱きました。

 まるで少年のように固くて骨っぽい身体…でも何だか不思議に懐かしい感覚…わたしに取ってそんな風にしていることがとても自然であるような。

 「芽未ちゃん…」

 そのままそのまま、ずっと芽未を胸に抱いたままで、わたしは例の話をしたのです。それがこの手記の最初に書いた話。

 「心にちいさな夢が生まれたときにはね、わたしならきっとこうするよ…」

 実際、それはわたし自身、いつも自分に言い聞かせている言葉でした。なぜって先にもちょっと書いたように、わたしにも夢があるからです…大人になったら「植物の研究をする人」になるんだっていう夢が。

 父はそんなわたしの夢に関して、全く聞く耳を持ちません。わたしには兄弟がいないから家業を継がせるつもりのようなのです。

 でも負けないよ!

 状況はよくないけど今のうちから少しずつ勉強を頑張って、大学は絶対に農学部に進みたい!だから高校の3年間、頑固な父も認めてくれるくらいにバイトを頑張って、国立大学に行けるだけのお金をためておくつもりです。

 わたしが話している間、芽未はわたしの腕の中で、時おり首をうなずかせながら聞いていました。そしてその日から、わたしたちは本当に親しい間柄となったのです。


 以来、わたしと芽未は、あの丘の上で(わたしたちはその場所を「秘密の丘」と呼んでいました)毎日のように待ち合わせたものでした。

 「ね、またあの話、聞かせて!」

 芽未は会うたびごとにそう言って、わたしの胸に顔をうずめ、先に書いた「小さな夢の育てかた」の話をせがみます。だからわたしも、何度も何度も芽未に同じ話を聞かせることになったのでした。

 そんな日々(おお、わたしにとって本当に幸せだった日々!)が数ヶ月続いたでしょうか。でもその年の夏のある日に、芽未は突然「秘密の丘」に来なくなってしまったのです!

 ここに詳しくは書かないけれど、わたしたちはお互い色んな意味でとっても良いパートナーだった…私たちの間に仲違いとか、何かそんなことがあったわけでは決してありません。ただ、今思えば芽未と会った最後の日に、彼女がこんなことを言っていたのを覚えています。

 「最近わたし、夢を本当にするヒントをつかんだみたいだよ」って。

 毎日会えるのが当たり前になっていたから、わたしは彼女の連絡先も何も知りませんでした。

 もういちど芽未に会いたい。何としても会いたい!…こんなに激しい気持ちになったのは生まれて初めてです。騒ぐ心を持て余しながら、わたしは芽未の姿を求めて来る日も来る日も街をさまよいました。でも芽未に巡り会うことは叶わなかった。

 あの日を境に、わたしはまたひとりになってしまったのです… 



☆ ☆ ☆



「春の記憶」


 夢見ているのでしょう?

 「秘密の丘」に舞うピンク色の雪。

 いいえ、雪じゃない。

 あれは花びらよ!

 視界を遮ってしまうほどに夥(おびただ)しい数の花びら。

 無数の小さなピンクの花びらが今、わたしの目の前を風にあおられ吹雪のように舞い踊っている…



 ※ ※ ※



 (2)「(数十年後)偽地球に住む初老女性のつぶやき」


 …あの丘に立つ「名もない木」がうすいピンク色の花をつけるようになったのは、あの子と会えなくなった夏の、その次の年に巡ってきた春のことだった。

 あれはまさに春の異変…だが、そう呼ぶのも今となっては少し大げさに過ぎるかもしれない。当時は皆が「異変」だと感じていたにしても、今ではもう誰も、あれを「異変」とは思っていないのだから。

 つまりは、それほどに長い年月が経ってしまったということ。

 その長い日々を経る間に、私は結婚して子供を産み、今では高校生の孫もいる。
 高校生…そういえば、私、高校生の頃には、本気で植物の研究者になりたいなんて思っていたのだったっけ。

 高校の3年生になったとき、意外にも父は私に農学部への受験を許してくれた。でも受験には失敗。私は夢をキッパリと諦め、家業の手伝いをすることにしたのだった。
 あれからかれこれ40年、ここまで重ねてきた年月は平凡ではあっても、それなりに満ち足りた日々であったとは思っている。

 ああ、だが…

 同じような日常の繰り返し、退屈な会話、夫とのおざなりな交渉の中に、一体どれほどの魂の歓びがあったというのだろうか!

 私はふとした瞬間に思い出す。「異変」の前の年に出会った芽未という少女のこと、「秘密の丘」で芽未とふたり過ごしたあの遠い日々のことを。

 そして、そう、あの半年後にやってきた例の異変!私が初めてあれに気づいたのは、高2の春休みが始まった最初の日の朝のことだった。

 あの朝も私は、会えるはずのない芽未の姿を求めて「秘密の丘」へと続く急な坂道を上った。
 目前に現れるのはいつも通りの「名もない木」。ところが、見ると幹の先の細い枝にはピンク色の小さなつぼみがついている…

 あの木が芽吹いているのを見たのは生まれて初めての事。家に帰って父に聞いてみたが、父もこれまでそんなことは一度もなかったと言っていた。

 だが、もっと驚いたのはその数日後のこと。
 そのつぼみが次第に色を濃くし、それぞれが一斉に開花をはじめると、殺風景だった「秘密の丘」全体は、たった数日の間にピンク色一色に染められてしまったのだ!

 しかもそれは「秘密の丘」にだけ起こった現象ではなかった。

 「名もない木」は街中に、いや、この国の至る所に生えていたらしく、ピンクの花の帯は瞬く間に日本全体を覆ってしまった。

 以後、春が来るごとにその花はこの国の風景をピンクの色に染めるようになった。
 花は程なく「サクラ」と名付けられ、一斉に咲き一斉に散るというインパクトの強さが、それまで春を代表する花とされていた数ある花たちを完全に凌駕(りょうが)して、今ではこの季節を象徴する花と言って良いほどの存在になっている。

    ☆ ☆

 …さて、今年も冬が去り、わたしの住む街にもまた春が巡ってこようとしている。

 この季節になると、わたしはいつも思わずにはいられない。

 ああ、サクラ、サクラ…なぜ、あなたは突然に、あの年の春から花をつけるようになったのか、

 まるでその花が、わたしの大切な芽未と入れ替わってしまったかのように…



※ ※ ※



(3)「(さらに数十年後)偽地球に生息する一匹の有翅虫が語ったこと」


 ブンブンブン…

 バカみたい、羽根をバタつかせて飛んでいるあたし。

 前世を生きていたとき、あたしは人間の女だった。
 日本という国の小さな街で生き、同じ街で死んだ。


 死ぬや輪廻の渦に飲み込まれ、あたしの魂は今、ハナアブに生まれ変わって、有翅虫としての単純な生を生きている。

 今日もまた、あたしは花へ、花へと引き寄せられる。

 なぜかな、なぜだろう?…それはその「花(=サクラ)」にあたしの好む蜜のにおいがあるからだ。

 でも、ほんとにそれだけ?

 いいえ、その結論はあたしの中ではもうでてる。

 あとは直接、花に訊いてみるだけだ。

 あたしは問いかける。

 「ねえ花さん、あんたはかつて、あたしが人間だったとき、あたしを捨てて姿をくらましたあの少女なんだね?」

 花は答えない。
 ただ風に揺れているだけ。

 あたしは続ける。

 「言わなくったってわかってるさ。あの子は…芽未は[花の精]だった。思えば最初に会ったとき、あの子は自分を「カセイジン」だと言ったけれど、あれは「花精人」という意味だったんだ…」

 花が初めて言葉を発した。

 「そうよ、私は花精人(だから最初にそう言ったのに!)。あのころの私は、花精(かせい)をつかさどる神様から「春の到来を告げしらせるような何かインパクトのある存在になりなさい」って言われていて、でもその方法が分からなくって悩んでた。そこへあなたがやってきて、毎日のように例の話をしてくれたのよ」

 あたしは思い出す。

 毎日のように芽未に話して聞かせたあの話…「小さな夢を育てる話」

  さらにあたしは思い出す。

  植物学者になりたがってた前の世の若い日のあたし…

 そういえば前世で歳をとってからのある日に、ふと立ち寄った図書館であたしは一冊の本を見つけたんだ。本は植物の解説書で題名はたしか「サクラの開花について」だったかな?
 その頃にはもう、あの木が花をつけるようになってから何十年も経っていて、開花のメカニズムもすっかり解明されていたんだね。その本を読んで知ったんだけど、サクラの開花を説明する為のキーワードは2つ…それは「休眠打破」と「積算平均気温」というものらしい。

 解説書いわく、 

 【①休眠打破…サクラの花芽は前年の夏に生まれ、厳しい冬の最中(さなか)5℃以下の日が一定期間続くと、まだ小さくて固い花芽はひっそりと開花への準備を始める。即ち、サクラのつぼみは冬の厳しい寒さをキッカケとして眠りから覚めるのであり、これが「休眠打破」とよばれるものである】

 (…どん底の状況こそスタートライン、耐えながら少しずつ力を貯めるのよ…)

 【②積算平均気温…休眠から醒めた花芽は、春が近づき、気温が高くなっていくにしたがって成長を加速させる。その目安となるのは積算平均気温である。これはその期間の平均気温に同じ期間の日数を掛け算したもので、この数値が360を越えると一斉に開花、460に達するころにサクラは満開となる】

 (…そして、状況の好転が確実になったとき、貯めてきた力が飽和に達したと感じたときに、一気に勝負にでるの…)


 「そうよ、花の精さん=サクラさん!あたし、前世で図書館にあった解説書を読んで気づいたの。あんたは神様が望んだ、春を告げる「インパクトのある存在」となるために、あたしが話して聞かせた「小さな夢を育てる話」を開花のためのメカニズムとして応用したんだわ。あんたはそうやって、あたしを捨てて「花」になった。おかげであたしは前世で死ぬまで、あんたへの執着に苦しんだ。あんたに会えないことが苦しくて苦しくて、その思いを残したまま世を去ったために、今生ではとうとうサクラに群がるハナアブへと転生してしまったわよ!」

 花は悪びれる様子もない。 

 「仕方なかったのよ。いつかは花と咲くのが花の精の宿命。あなたとのことも大切にはしたかったのだけれど、もともと私は人間じゃなかったんだもの…」

 あたしは激しい怒りに羽根をブンブンいわせる。

 「それってつまり、あんたはあたしを騙してたってことよ。初めての出会いの時、あんたは「秘密の丘」の木の下に立っていた。でも、あの木にしても、今思えばただ花をつけてなかっただけで、もともとが「サクラの木」だったのよね。結局、あなたが「花」になってあたしを捨てるってのは、最初から決まっていたことなのだわ。花の精さん、あれは「名もない木」なんかじゃない、あの木もあなた自身だったの、そうよ…きっとそういう事だったのよ!」

 そよ吹く風がまた花を揺らす。


 その時、花の精…即ちかつて芽未だったサクラの花は、虫になってしまったあたしに向かって素っ気なくこう言い放ったのだった。





 「いいえ違うわ、それはたぶん[き・の・せ・い]よ」






(終わり)






[あとがき]

 読んでくださってありがとうございました!

 最後の[き・の・せ・い]というのは「気のせい」と「木の精」の両方の意味を持たせたものでした。

 話に出てくる花の精の少女の名前は僕が昔大好きだったアニメ「怪盗セイントテール」の主人公の名前から取っています。でも最初からこの名前で行こうと思ったのではなく、話を考えている内にこの名前が突然浮かんで、あまりに設定にピッタリだったもので使ってしまったというのが本当のところです(キャラクター的には全くの別人でして決して二次創作ではありません)。



 ところで…実はそのアニメ(怪盗セイントテール)の原作者、立川恵先生がnote に居られ、不定期に過去のイラストを投稿なさっているのを後で知りました。投稿されているイラストは毎回見ています。
 立川先生、(僕の記事など読んでおられるはずがないと思いつつ…)キャラクター名を勝手に使ってしまってごめんなさい。
 このお名前を使った事で、もしご不快に感じておられるなら仰ってください。すぐに書き改めさせていただきます。

※ あ、正確には怪盗セイントテールの本名は羽丘芽美でしたね、ちょっと漢字を変えてはおります。


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