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68 旅に歌えば

 旅を始めて間もない頃、クアラルンプールのドミトリーで知り合った日本人ナントカくん(お名前失念)は列車移動が大好きなのだと言っていた。
「発車すると必ず脳内にゴダイゴの " 銀河鉄道スリーナイン" のイントロが流れて、声出して歌っちゃうんですよね〜」
 へえ。そうなのか。楽しそうだ。
 わたしは歌うという行為を滅多にしない。音楽は好きだし聴くけど、自分では歌わない、カラオケ行かない、ひとりで何か口ずさんだり鼻歌を漏らしたりもしない。

 が、旅の途中、やむなく歌ったことはある。
 あれは中国、昆明から大理に向かう長距離バスが停まってしまったときのこと。幹線道路に車が連なり、立ち往生状態だった。 
 原因不明。待つしかない。することがない。
 そしたら、同乗のおっちゃんたちが、りーべんしゃおじえ(日本小姐、わたし)に、" 北国の春 " を日本語で歌えと言いだした。千昌夫の、しらかば〜ってやつですね。90年代半ば、中国ですごく人気があったらしい。いやしかし20代後半のわたくし、北国の春・・・ちゃんと聴いたことないし歌ったことももちろんない。 ま、わからなくなったら適当に誤魔化せばいいか、と、とりあえず歌い始める。日本では人前でなんかぜったい歌わんぞ。
 しらかば〜 あおぞ〜ら・・・
 なぜか最後まで歌えた。恐るべし北国の春。
 おっちゃんたちが「おお、やっぱりええなあ」「ええ歌やなあ」と(たぶん)感動している(わたしの歌が上手いという意味ではない)。何回も歌わされた。そうしているうちに渋滞がゆるゆる進みだし、立ち往生の原因は大木が倒れて道路を塞いでいたことが判明した。
 なんで突然木が倒れるんだか。

 中国では、" 一休さん " を歌ってと懇願されたこともある。すきすき すきすき すきっすき・・・・これも自信はなかったけど完璧に歌いきった。
 恐るべし一休さん。

 しかしなんというか、歌うってけっこう楽しいな。へたくそだけど。
 で、また別の旅。
 チベットのラサでメンバーを募り、四駆をチャーターして数日かけてネパール国境へ向かった。ラサを出て、サキャという村へ、幹線道路を外れて道なき道を進む。中国人ドライバー、女子4人、男子2人。脳みそ崩れるぐらいに揺れつづける。明るいうちはまだカラ元気も出たけれど、陽が落ちるとみんな無口になっていた。チベットの闇夜。ほんとにサキャに向かっているのかもわからない。
 R子さんが「歌でもうたお」と言い出した。「グミコさん、どんな音楽聴いてるの?誰が好き?」
 ええっ わたし? や、あの、RCサクセション(ほんとに、高校生の頃からひとりでライブ行ってたぐらい愛してるから)。
「いやそれ難しいわ。なんかさー もっとみんなで歌えそうな。キャンディーズとか」
 なんでそこでキャンディーズなんだ。すると、若い男子2人が、「現役のキャンディーズ、知らないっす」などと言う。
「なんだと。じゃあお姉さんたちが歌うから聴いとけ」そうしてR子さんが春一番を歌いだし、わたしと他2名の女子も乗っかり、キャンディーズ適当メドレー大合唱になった。
 キャンディーズを歌い尽くしたら、アニメソングになった。" バビル2世 "を歌っていたら、目の前に突然満月が昇り、あたり一帯が銀色に照らされた。月の光ってすごい。あかるい。サキャには真夜中に到着した。

一夜明けたサキャ村
ドライバー休憩


 チベット旅ののち、ひとりで長時間移動するバスや列車で、ときどき歌を口ずさむようになっていた。
 RCサクセションの "ダーリン・ミシン "。タイマーズの" デイドリームビリーバー "。忌野清志郎&坂本冬美の " 高校三年生 "。
 矢野顕子。開けっ放し(または閉まらない)のバスの窓から風を受けて歌う矢野顕子は気持ちいい。
 初めて南インドをバスで南下したときはだだっ広い景色が心細くて、" ごっつええ感じ "の、 " エキセントリック少年ボウイ " を大声で歌った記憶が・・・。

 でもその心細い移動時間を乗り越えると、それはもうとてつもない笑顔に出逢えたりして。

 そんなんだから、淋しくなっても心細くなっても、ときどき歌いながら、ずいぶん長く旅をつづけたというわけ、かな。

次のエピソードにつづく

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