東京ミッドタウンの巨大なめこ

原宿の雑貨屋で働きはじめて3ヶ月、私は非常に体調が悪かった。

・身動きの取れない満員電車
・慣れない土地・人・仕事の三拍子
・誰も待っていない一人の部屋(極狭)

などに3ヶ月耐えた田舎者の胃のキャパシティは決壊寸前だった。
そんな頭痛と胃痛に苛まれるある日、私は彼と出会った。

彼、はお客さまである。
私の店舗は主に女性をターゲットとする雑貨を販売している店だったので、成人男性が寄るのは珍しい。
しばらく店内を眺めたあと、彼は私に声をかけた。

「お姉さん、味噌汁の具は何派ですか?」

在庫を聞かれるかな?
はたまたプレゼントにふさわしい商品はどれか、かな?

3ヶ月の経験で身につけた予測は全て外れた。

一番好きな味噌汁の具?
お客様に一番好きな味噌汁の具を聞かれた時のマニュアルなんてもらっていない。
接客中における味噌汁の具の最適解は…?


「なめこですね」

考えても分からなかったので、思い浮かんだ具をそのまま答えた。
そういえば大学進学で実家を出てから味噌汁を飲まなくなったな。
実家にいた頃は毎日お母さんが作ってくれてたな。
ほんのりとセンチメンタルな気持ちになっている私とは対照的に、目の前の彼はニヤリと笑っていた。

「お姉さん、わかる人ですね」

私はどうやら分かる人だったようだった

「僕も味噌汁の具はなめこと決めているんです。ちなみに味噌は何派ですか?」

「うーん合わせ味噌ですかね?」

自分で作っていたわけではないので味噌の種類が分からない
なんか合わせ味噌だったような気がする、と思いながら答えると、

「あ〜惜しい!僕は断然赤です」

残念!と右手を振り下げるリアクション付きで対応された。
一瞬で分かる人の認定が剥奪されてしまった。

「でも惜しいですよ!センスあります」

褒められてるのか?それとも…?というか彼はここに何をしに来ているのか?
と困惑している間にも話は止まらない。

「知ってますか?東京ミ●ドタウンの地下にでかいスーパーがあって、そこにとても巨大ななめこが売っているんです!あんなにでかいなめこ今まで見たことなかった!そのなめこで作った味噌汁がめちゃくちゃ美味しいんです!お姉さんもぜひ買いに行ってください!!!」

当時私は上京して3ヶ月。
東京●ッドタウンがどこにあるかも分からなければ、目の前の彼が熱く巨大なめこのプレゼンをする理由も何もかもが分からなかった。
やっぱり東京はいろんな人がいる。
都会ってすごい。

「今日は母にプレゼントを買いに来たんですけど、ここの商品かわいいですね!また来ます!それまでに東京ミッド●ウンでなめこを買って味噌汁を飲んでおいてくださいね。じゃあまた!」

たくさん語り尽くして満足したのか、彼は満面の笑みでそう言って去っていった。
絶対二度と来ないだろう。
会話も思考もまったくわからなかったけど、それだけは分かった。


彼のおかげで一日中、「東京ミッド●ウン」「なめこ」「赤味噌」がぐるぐると頭を巡るようになってしまった。
仕方ないので終業後にスーパーでなめこと出汁入りの味噌を買った。
出汁入りの味噌(しかも赤くない)だと、分かってない人になるのかなあと思いながら久しぶりに飲んだ味噌汁はとても美味しかった。
体が必要としていた味、という感じ。

その後、彼のおかげで味噌汁を飲む習慣がついた。
2人前つくって、朝半分、昼にスープジャーで持っていき半分、とすると夏でも腐らせずに済む。

発酵食品の恩恵なのか、単に環境に慣れただけなのか、体調も戻ってきて万々歳。
巨大なめこの彼に感謝を表して東京ミッド●ウンになめこを買いに行こうかと何回か考えたけど、結局買わないまま東京から出てしまった。

夫と二人暮らしになった今、味噌汁は朝だけで飲み干せてしまう。
味噌の種類もよく分かっていなかった私が、手前味噌を作るようにもなった。
発酵食品の美味しさと面白さに気づけたきっかけは、間違いなくあの時の出会いだったと思う。

あれから10年近くたった今も毎朝の味噌汁の中でなめこが来ると、彼のことを思い出す。

#習慣にしていること  

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