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台湾ゾンビ映画『哭悲』が突き抜けていた

粗筋 

 キャリアウーマンのカイティンと、恋人のジュンジョ―。アルヴィンウイルスの噂で台湾全土が不穏になる中でも、仲睦まじく暮らしていた。
 ウイルスは突然変異を繰り返し、遂に暴走を始める。著しく狂暴になった感染者が虐殺に奔る中、二人は離ればなれに。ジュンジョ―はカイティンが立てこもる中央病院に向かうのだが…。


 ゾンビ映画にも、いろいろある
 ゾンビは歩くか走るか、ゾンビ化の原因あれこれ、ゾンビ化するのも人間に限らない。そんなサブジャンルの中で、「狂暴化」というものがあります。
 単に人を食うのではなく、スピード感と暴力性をもって犠牲者を損壊させる。有名なのがダニーボイルの『28日後…』シリーズであり、『クレイジーズ』は道具を使う・言葉を呟くなど知性を感じさせ今作と共通項が多い。

グロは少ないが表現が「きつい」

「狂暴化」ゾンビ映画に、新たな問題作が登場した。今作『哭悲 -the sadness-』です。公開レーティングも問答無用のR18+、実際観てみて納得のエクストリームぶりでした。

完璧な開幕30分

 ゾンビ映画の出だしに必要なものが、全て詰まってます。何気ない日常風景のように見えて
・登場人物の提示、キャラ付け
・感染原因の匂わせ
・時間を置くほど荒廃していく(のを予感させる)街の様子
などが手際よく配されている。
 いざ恐慌が始まるや、一気呵成に惨劇が加速する。朝メシを買いに来たジュンジョーは、白装束ババァと再会。ババァは屋台のフライヤーを掴むや、店員に浴びせかけ溶け出した顔面を引き毟り始める

最前まで飯を食っていた兄弟は相手をメッタ刺しにし、街では暴徒が笑顔で暴行を繰り広げる。家に帰れば町内放送で狂人の声明が響き渡り、テレビで流れるのがロブ・ジャバズ監督自身の短編「Fiendish Funnies」…。

お、大分ヤバい映画観てるな?(R18+)、と頭がクラクラして来る。

フレッシュな映像表現

 ゾンビ映画と聞くと野暮ったいイメージが浮かぶところですが、ジャバス監督は一味違う。MV畑を経験し、また好きな監督に中島哲也を挙げるように、光彩表現やCGでパキッとした画作りが特徴です。
(参照:過去作の"clear water”)

血糊が妖しく滴り、ゴロゴロ転がっている死体は損壊具合が個々に違うなど、拘り尽くされている。グロと綺麗が合わさった、独創的なゾンビ映画に仕上がっています。


一線引いたエクストリーム映画

 宣伝でも世評でも、やたら「ヤバい」「酷過ぎる」といった言葉を見ます。しかし僕は反対に、「本気で不快にならないように調整」されているように思えました。グロ映画の形容では変な話なんですが、「愛らしさ」があるんですよ。

変質していくグロ描写

 顔面トロけるチーズ&指切断で序盤に観客の度肝を抜くものの、そこからグロ表現が変わっていきます。部位損壊を避け、観客の想像に訴えるものにシフトします。

単純にすべてを見せてはいけないと思います。画面の外で何か酷いことが起こるようにすることを選択したとしても、観客に危害を加えようとはしていません。映画製作における芸術とは、何を見せて、何を暗示するかを選択することだと考えています。

https://www.crank-in.net/interview/110245/1

と語るように
・有刺鉄線を巻いた杭に股間を打ち付ける
・眼に傘ブスリ
・挙句は眼窩ファック

などを間接表現に留めながらも、シチュエーションでキツさを出しています。…本当にえげつないのは、マゾ感染者おじさんのシーンぐらいですね。フルスイングで頭頂部殴られて、バットが「ボコン!」と跳ねるんですよ…。リアルで正視に耐えない。

控えめな性表現

 マジキチ町内放送で「ゾンビは殺人のみならず強姦もする」と示されますが、実際の描写はかなり穏当です。涎垂らしながら顔を舐める程度で、胸をはだけたり腰を抱えるようなシーンはない。唯一の性行為シーンでは全身血まみれの感染者が「わっせ!わっせ!」と押し競饅頭していてよく分からない。
 ギャスパーノエやラースフォントリアーのようなマジキチ監督に比べれば、エンタメ映画の範疇に収まってますね。

最恐の野蛮人は誰だ選手権

 全員人型なのに、ゾンビに個性があります。知性があり、生前(?)の性格も反映されるため、各人ファイトスタイルが異なる。獲物も、得物も好みに違いが出る。

 作品通してのボスキャラ”ビジネスマン”の嫌らしさは筆舌に尽くしがたいですし、中盤に出るサドガキ4人衆も強烈な印象を残す。『ウォームボディー』や『ランドオブザデッド』のようにゾンビ側を主人公にした作品なら兎も角、ゾンビが(極めて不快な)敵側でありながら個性が出るのって、なかなかないのでは?

ホラーオマージュ

 今作、ホラー作品の小ネタがちりばめられています。「尊敬する監督」にクローネンバーグを挙げるように
・頭が┗(^o^)┛☆パーン:『スキャナーズ』
・鷲掴みにしたスネにゲロ:『ザ・フライ』
は確実として

・毛布を剥ぐと赤ちゃんゾンビが:リメイク版『ドーン・オブ・ザ・デッド』
・病院で医療用丸ノコ:リメイク版『クレイジーズ』
・剪定鋏で指2本切断:ゲームの『Outlast』?
なども見つかりました。オタクはね、こういうの嬉しいんすよ。

唯一の難点

 粗探しになるんですが、ドラマ要素が薄いのが残念でした。
 開祖のロメロ作品からして、ゾンビ映画って生存者らの人間模様が大きな魅力なんですよ。現実が崩壊し、誰が生き残って行くのか。ポストアポカリプスの世界でどう団結し、或いは嫉妬や憎悪で仲違いを起こし危機に陥るのか。低予算映画であっても、脚本が良ければ楽しめるジャンルなんです。

 今作、感染者乱入→死ぬ/逃げるが連続するだけで、生存者同士の交流が後の展開を導かない。太っちょ相棒のリー・シーリンが「この恩は忘れないわ」とカイティンに言うものの、回収されず終い。

 何より、冒頭の遣り取りが全くの無駄パートだったのは勿体ないですね。早朝、主人公カップルは軽い仲違いをするんですよ。

「来週は1週間丸まる旅行の筈だったのに、仕事入れたの?」
「ごめんよ」
「ずっと働き詰めなの!偶には太陽の下をのんびり歩きたい!」

こんなオイシイ台詞はさ、伏線回収しなきゃ。ラストで射殺されるエンドにするにしても、感染した/泣く泣く殺した相手を抱えて屋上に上がる演出はどうか?お日さまがぽかぽか照る中、ゆっくりと歩いて「約束」を叶えた形にする。そうすれば全滅するにしても、印象は大分変わる筈ですが。
 この点、『新感染 ファイナルエクスプレス』は上手かったよね。正気と狂気の合間で、人生最良の頃を夢見ながら主人公は「約束」を果たした。



 とはいえ、これが長編初監督作品というのは驚く限り。「コロナ」「デマの拡散」など現代的なテーマは触れながらも、話は停滞せず全速力で殺戮と暴力が駆け抜けていく。
 このホラーは、温くないぞ。


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