プロポーズのきっかけは、壊れかけのアラーキー

前回の記事で、なんとなくの行きがかりで妻との初デートのエピソードを赤裸々に書いてしまったが、その勢いに任せて、今回はプロポーズのエピソードを披露したい。って、僕は実は露出狂だったのか…。

しかし、プロポーズの当日、元々、僕は彼女にプロポーズするつもりなんてさらさらなかったのだった。

その日はとにかく関西からわざわざ上京してくれた彼女と一緒に東京デートをいかに楽しむかだけを真剣に考えていた。

にも関わらず、なぜプロポーズする羽目？になったのか、これから順を追って説明していきたい。

その日、デートのメイン舞台は恵比寿ガーデンプレイスだった。

敷地内にある東京都写真美術館で僕が好きな写真家(古屋誠一氏)の個展とトークショーが開かれるので、彼女と一緒にそれを見たかったのだ。

古屋誠一氏の写真集

若くして亡くなられた奥様のポートレートが素敵

この方、ドイツ在住の人なので、実物に会えるのはかなりレアなんですよね。だから、かなり楽しみにして会場に入ったのだけど、何故かステージの上にはその古屋氏ではなくて、あの天才アラーキーこと、

荒木経惟氏

が座っていた。

荒木経惟 氏

古屋氏が体調不良のため来日がキャンセルとなってしまい、急遽、彼と親交のあった荒木氏がピンチヒッターを務めることになったようだった。

たぶん日本で一番有名な写真家さんの一人だし、もちろん、僕自身もアラーキーは大好きだったから(ちなみに僕が一番好きな彼の写真集は「東京は、秋」)、古屋氏の体調を心配しながらも、この思いがけないサプライズに僕のテンションはマックスに達した。

しかし、いざトークショーが始まると、なんだか明らかにアラーキーの様子がおかしい。

あのいつもの軽妙洒脱なトークは何処へやら、喋り方がとにかくたどたどしくて、よく見ると指先も細かく震えていた。

さすがに隠しきれないと思ったのか、アラーキー本人からも

「抗がん剤の副作用でちょっと今、フラフラしてんだ。ごめんね〜！」

と告白された。

確かに当時、前立腺がんに罹り治療中という話は聞いていたけど…。

そして、体調不良の代打の自分が体調不良というのが、いかにもアラーキーらしいなと微笑ましかったけど、トークショーが進むに連れて、見る見るうちに体調が悪化していき、途中で何度も倒れそうになっている彼の姿を見て、僕は自分でもどうかと思うくらい激しく動揺してしまっていた。

それは間違いなく、彼の死が頭をよぎってしまったからだった。

あのいくつになってもはつらつとして生命力に溢れていたアラーキーでも死んでしまうのか…。

このとき

無常

という言葉が僕の脳裏に浮かんだ。

トークショーは結局、最後までやったのかそれとも途中で中断したのかは忘れてしまったけど、その後、彼女に申し訳ないと思いながら、僕がすごく落ち込んでしまって、しばらく会話もままならない状態になってしまったことはよく覚えている。

これは、基本、これまで彼女の前では明るく楽しいキャラを演じていた僕が彼女に初めて見せた「素の自分」だったかもしれない。

しかし、ガーデンプレイスタワーの高層階のお好み焼き屋のカウンターで東京の夜景を眺めながら、二人で仲良く豚玉をつつく頃には、なんとか僕の気分も持ち直し、いつも通り楽しい会話を満喫していた。

その後、腹ごなしにガーデンプレイス周辺のよく知らない場所を駅を目指しながら二人で歩くことにした。

そこは、きらびやかな雰囲気のガーデンプレイスから一転、街灯もまばらな薄暗い住宅街の道だった。

けど、そのなんでもない、誰からも見過ごされてしまうようなエアポケットみたいな空間を二人きりで歩いている瞬間が僕にはたまらなく贅沢な時間のように感じた。

このまま永久に駅にたどり着かなくてもよいかも

とさえ思った。

もちろん二人は迷宮に迷い込むことなく、無事、小岩にある僕の下宿にたどり着いたわけだけど。

そして、間接照明だけの薄暗い部屋で、カリモク60のツーシーターのソファーに横並びに座って、僕はこの日、プレゼントする予定だったちょっとお値段の張るピアスを彼女に渡した。

自分でも全く予定外だった一言

「僕と結婚してください。」

を添えて…。

というわけで、結婚なんてあんまり難しく考えず、その場のノリでするもんですよね！

〈おしまいける〉

当時、僕がよく聴いていたのはこんな曲だった…。