小説

4日連続の雨も止み、今日の東京は久しぶりの快晴となった。
　地球温暖化やらヒートアイランド現象やらで散々暑いと騒がれた今年の8月。今朝もニュースで、どこかの小学校の児童が体育の授業中に熱中症で搬送されたとあった。
　つまり、扇風機すらないこの部屋で今宵を越そうというのはそれはもはや生命に関わる問題だった。明日、目を覚ますことはないかもしれない。
　せめても、網戸にしていたがずっと暑く苦しい外気が部屋に充満している。
　6畳ワンルームの生活は楽ではない。人々の喧噪、すぐそばを走る電車の通過音、隣の部屋の大学生カップルの喘ぎ声、今日みたいな夜の寝苦しさ。
　ここに越してきてから今年で4年目の夏、今日はこれまででもトップ3に入るほどには暑苦しい夜だった。
　夜の静けさを壊す蝉時雨と共に、多種多様な夏虫の声も混ざりとにかく外はうるさい。
　目を閉じて、ニトリで買った敷き布団にゴロっと寝転んだ。明日やることを考えて目を閉じる。
「全く寝れない」
　今日ばっかりは暑すぎて眠れない。スマートフォンを見る。23時。
　網戸から外を見た。左右に永遠と伸びる線路が目下に広がり、中央には背の低いアパートや雑居ビルが所せましと並んでいる。ちかちかと壊れかけた街頭とビルの廊下から漏れる蛍光灯の白い光が夜空を照らし濁らせていた。
　しばらくただ外を見ながらじっとしていた。ふと、口笛を吹いてみることにした。
　曲はビートルズの「let it be」
　暑すぎる夏の夜、窓にもたれがけなから一人letitbeを吹く男、相変らずの蝉時雨。ここまでくるとこれはこれで情緒がある気がする。
　気持ちよくなってさらに吹いてみる。案外楽しい。
　ちょうど、ラストにかけて大サビを迎えるところだった。かなりの音量で吹かれている事に自分自身も自覚していたが、おかまいなしに吹き続けた。
　ついにletitbeを吹ききって何となくアレンジも加えて気持ちよくなった後、改めて外を俯瞰した。
　真下の踏み切りから続く道路が縦にずっと伸びていて、ビルやアパートが左右に並ぶ。変わらない、依然変わらぬこの街の景色だった。
　そんな景色のはずがどこか違和感を覚えた。大きな違和感。
　ふと、視線を感じた。こちらをスッと見る視線。
　なんだ、と思って回りを見渡す。数秒後、視界が何かをキャッチした。違和感の正体、踏切のところに一人の少女が立っていた。
　心臓がキュッとなってすぐにブワッと鳥肌が立った。
　こちらを見つめる少女。中学生といったところだろう。身長は160センチほど、服は白のTシャツに黒のハーフパンツを履いている。セミロングの黒髪を肩まで落とし、大きな目が僕を凝視していた。表情は少し笑っているようにも見えた。
　こんな時間に踏切にいる少女、地縛霊かなにかと思って思わず目を伏せる。だが、実体があまりにもリアルすぎた。現実的に考えれば少女はきっと人間である。
　もう1度少女を見た。そういえば少女が踏切にいることにハッとした。
「ねぇ、危ないよ」
　少女に届く大きな声で言った。少し震えてさしまった。少女はニヤッと笑って口を開いた。
「あなたの口笛、とっても良かった。曲はletitbeでしょ。名曲だよね」
　それは大人になる前の、甲高くてよく通る少女の声だった。とりあえず幽霊ではなかったから安心した。しかし、だとしたら踏切にいるのは危ない。
「もう一度言うよ。危ないから離れて」
「危ないことなんて知ってるよ」
　少女は笑ってこちらを見た。あどけない笑顔。
　その時だった。カンカンカンカン、と踏切警報機が鳴り響いた。
　まずい。相変らず少女はこちらを見て、そこから動こうとしないように見えた。
　蝉時雨は一切聞こえず、警報音だけが耳に響く。こっちは焦っているのに、少女はまるで自分の状況など気にしていないかのように見える。
　若干2秒迷ってすぐ家を飛び出した。階段をかけ降り踏切まで駆ける。少女は自分に走ってくる僕を見て少し驚いたような顔をした。
　向こうの方から電車が見えてきた。バーを潜り抜け、立ち尽くす少女に、何やってんだよと怒鳴り抱きかかえて踏切外に出た。6秒後、僕らの目の前を電車が風を切って通過した。
　少女を下ろして、切羽詰まってた息がようやく解放された。100メートルを全力で走った後みたいに息を荒くした。
「なんで助けてくれたの？」
　少女はそう言った。僕はもう一度怒鳴ってやろうかと思ったが、それよりも息を整えるのに必死だった。
「その、ごめんなさい」
　僕は息を整え少し落ちついてから、少女に向き合った。
「ねぇ、なんで踏切にいたの？危ないでしょ？」
　少女は僕を見てしばらく黙った後、別に死んでもよかったから、と応えた。
　なるほどな、と僕は思った。少女はおそらく中学生で、思春期真っ只中といったところなのだろう。僕がカウンセラーなら少女を救うような優しい言葉をかけるところであろうが、生憎それも見つからない。
　ただ、今はもう帰りたかった。シャワーを浴びないといけない。
　もうこんなことしないでね、と置き言葉を残し、まだ少し上がっている息でこの場を去ろうとした時、少女の口が開いた。
「今日みたいな暑苦しい夜にさ」
　少女がそう急に話始めたもんだから、僕は思わず振り返った。
「今日みたいな暑苦しい夜は眠れなくなったから、散歩をしてたの」
　一刻も早くシャワーを浴びたかったが、この非行少女の話を少しだけ聞いてやろうと思って止まった。
「そしたら、なんとなく踏切にいた。早く出ないとって思ったけど、そしたらレットイットビーが聞こえてきて、思わず聞いていてしまったの。そしたら別にもういいやって思ったの。なんとなく、もう死んでもよかった」
　脈絡のないチグハグな日本語だったが、少女の表情は固く動かなかった。どうやら少女のことを一概に思春期という言葉では片付けてはいけないように感じた。
「それってつまり、僕に責任あるみたいじゃんかよ」
　正解はわからなかったが、そうおどけて見せると少女はクスっと笑った。
　どうやら正解だったようだ。
　じゃあこれで、と言って今度こそ帰ろうとした。すると、ねえ、と少女は僕を試すように見てきた。
「今日眠れないから口笛吹いてたんでしょ。どうせなら一緒に散歩しない？」
　は？と僕は言った。いい加減にしてほしい。いくら田舎とはいえ、少女とこんな時間に辺りを散歩すれば誰に通報されるかわからない。
　僕は少しばかり、少女を睨んだ。
「それはできない。だって、君は中学生ぐらいでしょ？中学生の女の子といい歳した男が二人で夜中歩き回っててごらんよ。通報、職務質問、逮捕、人生終了。僕にも立場があるから」
　少女は一度ウッと顔を歪またが、すぐにいたずらな顔に変わった。
「あなた、私のこと運んだよね。踏切の時」
「運んだよ。それがどうした？」
「その時、気付いてないかもしれないけど、あなたの腕がずっと私の胸に触れてたんだよね」
　思わず、はぁと溜息が出た。穢れのない善意で少女を助けてあげたのに、こんな仕打ちを食らうとは。
　ただ、踏切の防犯カメラやその状況を詳しく説明すれば僕が無実だってことは簡単に証明されるはずだ。大人を舐めるな、と言ってやりたかったが、それを少女にまくし立てて説明するほどの体力は今の僕にはなかった。
　また、これを言ったところでこの非行少女はさらにあらゆる理由をつけ、拒否すればするほど面倒なことになってくる気がした。
「一緒に散歩してくれれば、そんなことも今日のことも全部なしにするから」
　彼女はそう言ってクククと笑った。僕らは一緒に、散歩することになった。


　散歩道は、少女に全決定権があり勝手に決められた。
　ちょうどこの踏切を中心として、円を描くようにグルっと一周して回るコースである。
　道のりにして大体3kmぐらいといったところだろう。心のどこかで少女が、夜一晩中散歩するなんて言い出さないかひやひやしていたから、これには助かった。
「じゃあスタートね」
　少女の言葉とともに、さっそくアパートを右に回って道なりを進み始めた。
　始まったのはいいものの、名前や年齢、何もかも素性を知らない少女では、仮に職務質問された時が危ない。一応、名前だけは聞いておく必要があった。
「ねぇ、もしもの時に君の名前知らないとまずいから名前だけ教えて。教えたくなかったら仮名でもいいから」
　少女はこちらを向いて迷いなく、月帆、お兄さんは？と応えた。
　多分、それは本名だろう。だから僕も、光と本名を言った。
　道なりは遊歩道となり今のところはまだ誰ともすれ違ってはいない。
　少女と歩くペースを合わせるには、僕が大分気を使わなければならなかったため、横一線というよりかは僕が少し少女の後をついていくぐらいのペースで歩いた。
「光さん、あのアパート住んでるんだよね。物件悪くない？」
　それとなく少女は聞いてきた。
「いや、まぁ確かに悪い」
　それとなくこちらも言った。
「例えば、どんなところが？」
「踏切があって通過する電車がうるさいところとか、隣との壁が薄い事とか」
「隣の人うるさいの？」
「まぁ大学生だからそれなりにうるさい」
「それってどういう意味で？」
「まぁ色々な意味で」
　少女はわざとらしく眉を上げ、その表情は微笑を含んでいた。
「光さん、童貞？」
「……そんなわけないだろ」
　ふぅん、と少女はすぐに興味がなくなったようにした。
　本当は童貞である。見栄を張って嘘をついた。
「あのね、君みたいな少女が見ず知らずの大人の男に向かって、童貞かなんて聞くもんじゃないからな」
　ついでに軽く説教もしてやった。少女の将来を案じての説教である。
　つまんない人だなぁ、と少女はわざとらしく口を尖らせて言った。
　遊歩道を右に曲がると、コンクリートで舗装された横道になり道幅は狭くなった。
「ほんと今日って暑いよね」
　少女はパタパタとTシャツを胸元で仰ぎながら、なんでこんなに暑いんだと思う？と言った。
「夏だからじゃないの」
　少女は笑いながら、それ答えになってないよと茶化してきた。
「君は、なんでだと思うの？」
　どうせ答えられやしないだろうと、こちらもなんとなく聞き返してやった。少女は、うんと少し唸った後、僕を見た。
「科学的なこと？それとも精神的なこと？」
　少女に暑い理由を科学的に答えられると、こちらの立場がなくなる。よく分からないけど精神的なことで、と言った。
「精神的なことでいったら、みんなが夏は暑いものって勝手に思い込んでいるからじゃないかな」
　どういうこと？と意地悪な疑問感を含めて聞いた。
「夏って本当は暑くないんじゃない？ただ、春夏秋冬4つの季節がある中で、暑い時期は必要だってみんな思ってるから、だから暑いんじゃない？」
　真剣にそう言う少女。なんだそれ、と僕は笑ってみせた。光さんの答えよりはマシだよ、と言って少女も笑った。
　相変らずの蝉時雨が、左右の木々からずっと聞こえる。
　さきほど、仕事帰りであろうサラリーマンとすれ違ったが特に不審がられることはなかった。
　スマートフォンで時間を確認するのもなんだか億劫に感じてやめた。
「光さんはオカルト系とか興味ある？」
　次の話題に移った。
　ないな、と言うと少女は、そっかぁと声のトーンを落として言った。
「興味ないって言うけど、ナスカの地上絵とかは流石に知ってるでしょ？」
「知ってるよ。でもあれはオカルト系というか、歴史の分野でしょ」
「いや、あれはオカルト系だと思う」
　今度は極めて自然に、どういうこと？と聞いた。
「あの地上絵ってさ、当時の人達の技術で描くのは不可能らしくてね。そうなってくるともしかしたらあれは宇宙人が描いたんじゃないかっていう説があるんだよ」
　いつかのテレビ番組で、ナスカの地上絵は宇宙人によって描かれた、なんてことを見たが、世界の説明がつかない事象を超能力やら宇宙人やらのせいにするのは別にナスカの地上絵に限った事ではない。
　君は宇宙人を信じてるの？と聞いた。
　少女は、信じてるというか、と前置きをした後ふいに空を見上げた。
「ナスカの地上絵が本当に宇宙人によって描かれたとしたら、そっちの方がワクワクする」
「まあ確かにワクワクはするけど、結局人間が色々頑張って描いたんじゃない？」
　少女はそっと僕を見て、やっぱり光さんはつまんない人だなぁと少し怒りっぽく言った。
　現実主義者って呼んでよ、と言ったがどうやらそれは少女の耳には聞こえてなかったみたいで無視された。
　コンクリートの道なりを抜け貧祖な住宅街に入る。すれ違う人が段々と目立ってきた。
　光さん、と少女が言った。
　ん？と人の目を気にしながら意識半分に答える。
「光さん、レットイットビーのどこが好きなの？」
人の目ばっかり気にして少女の話をあまり聞いていなかったら、聞いてる？と言われた。
「周りの目なんてどうでもいいよ。親戚のおじさんやらいくらでも言い様あるから。あ、付き合ってることでも私は構わないよ」
　思わず、あのさぁと僕が話そうとするのを少女は制止し、どこが好きなの？と間に入って言った。
「まあ全部好きだよ。歌詞もメロディーも全部優しいから」
「それだけの理由？」
　少女は、まだあるでしょと言わんばかりに片眉を上げて煽ってきた。
　それだけの理由じゃ悪い？と少しムキになって答えると、少女は、いやもっとあるかなと思ってさと言う。
　残業帰りだろうか、くたびれた表情で手提げバッグを持つ女性とすれ違うと、彼女は案の定訝るかのような目でこちらを一瞥してきた。
　レットイットビー、好きな理由はまだあった。だがそれを言うか迷っていた。
しばらく考えてから、少女の背中に話しかける。
「レットイットビーはさ、随分前に死んだ僕の友達が、しょっちゅうドライブの時に流していたんだよね」
　少女は、え、と発して僕を見た。急にあどけなさが残る子供らしい驚き方をしたもんだから少し笑ってしまう。
「そんなに驚くことかな？」
「いや、そんな理由があったんだと思って。ごめんなさい」
　意外と子供らしいとこあるじゃん、と言ってみると、少女は、まぁと頷いた。
「べつに謝ることじゃないよ。……だから好きなのは単純に歌が好きなのと、その友達が好きだったからってことと半々だね」
　そうなんだ、と言った少女はさっきまでの陽気さを抑えるように静かだった。子供が大人に気を遣うものではないと思う。
「あの曲を歌う時ね、僕はあんまり意識してないけどアレンジするんだ。レディビーの最後のところ。あれも、友達が歌ってた時に彼がよくしてたアレンジなんだ」
　僕がこの場をしんみりさせないようにしていることをどうやら彼女も勘づいたみたいだった。ふふと彼女は少し笑った。
「あそこのアレンジがとても良かったけど、まさかパクリだったとはね」
「さっきから君は言い方が悪すぎる。ものはいいようだ。パクリ、じゃなくて継承」
　冗談めかして言うと彼女もククと笑った。
　ポツンポツンとあった街頭も見えなくなり、住宅街を抜けそうなところでまた左に旋回した。行きの遊歩道と似たような道だが、道幅はさっきより随分狭く、月明りがその道を照らしているといった具合だった。
　互いに1メートル弱の距離まで近づきながら、残り800メートルぐらいといったところまできた。
　なんだろう。なんだか少女は、さきほどから何か決まりの悪そうな様子だった。足取りがどことなくふらついている。
　今日は暑苦しい夜だ。熱中症なんかで倒れたらもちろん彼女の命が危ないし、そしてなによりその場合、こちらが色々面倒なことに巻き込まれることは自明だった。
「具合が悪いの？休む？」
　少女は首を横にふった。
　無理は良くない、そこでいったん休もうと言うと少女は、違うのと言った。
「さっきさ、光さんの友達は亡くなったって話してくれたけど……じつは私の親も死んじゃったんだ」
「……ああ、そうなんだ」
　特に驚きもしなかった。というのも少女は踏切で自殺をするまで追い込まれていたなら、その家庭環境にも何か問題があるだろうと勝手に思っていたからだ。
　だから散歩を提案された時も、あえて少女に、両親は大丈夫なのか？などといった質問はしなかった。
　少女のカミングアウトは驚きというよりもどこか納得感の方が強かった。
「親が死んでから今はこっから少し離れたところ、まあちょっと頑張れば歩ける距離だけど、そこで親戚の人と一緒に暮らしてるんだ」
　なるほど、と相槌をうった。特に否定も肯定もしてやらず、なるほどと言った。
「でも、その人たちといまいち上手くやれない」
「何か嫌なことされたりするの？」
　物の弾みで聞いてしまったことをすぐに後悔した。嫌な思い出があるかもしれない。
　だが、少女はあくまで平然と答えた。
「まぁたまにね。たまに。でもまぁ優しい方だと思う。」
　少女は月明りに照らされて、その表情までは詳しくわからなかったが、なんとなく泣くのを我慢しているかのようにみえた。
「私、中学3年生なんだけど、今の時期はみんな受験頑張ってるから私もそれなりにやってる。友達はみんな真面目っていうかいい子だから。不良行為も別にしないけど、ただなんだろう」
　少女は身体を左右に小刻みに揺らし、さらに吐き出したい事がありそうに口をもごつかせていた。しかしそれを吐き出せば少女は壊れてしまうのではないか、といった不安感すら感じた。
　残り300メートルぐらい。もう少し上手くやれないだろうか。
　少女の様子は、本当に大切なものを失おうとしている姿に見えた。
　大切なものを失った後、人は回復するのに多大な時間がいる。僕自身もそうだった。回復できないまま死んでいく人だっている。その手前、少女は踏切で自殺してしまおうとするエネルギーを今、含んでいる。
「うちってさ、クーラーないのよ」
　唐突に言ってみた。少女は、え？と言った。
「あと、扇風機もない。」
だから？と言った少女の声は少し震えていた。
「だから、部屋がめっちゃくちゃ暑い。今日みたいな暑苦しい夜なんて全く眠れない」
「それがどうしたの？」
「でも今日はよく眠れそう。わからないけど」
「よくわからない」
「大丈夫って意味さ」
　もう一度、意味がわからないと言った少女に、こぶしをグッと握りしめガッツポーズを見せてやった。
　そうして気づけば、いつの間にかスタート地点に帰ってきていた。
「ゴール」
　少女は、一歩踏み出すようにポンっとジャンプした。ポケットからスマートフォンを取りだす。深夜1時。
　意外とかかってたんだな、と思った。
　光さん、と声がした。見れば少女はペコリと頭を下げた。
「今日はありがとうね」
「夜道、こっから帰れるの？」
「もしかして送ってくれる？」
「まぁ、もうここまできたら構わないよ」
「うそ、冗談」
　少女は笑った。今日はありがとうねと、最後は意外にあっさりと少女はこの場を立ち去ろうとした。
　踏切に向かうその後姿をなんとなく見送る。この先、少女は上手くやれるだろうか。
　踏切直前、ちょうど少女を下ろしてあげた辺りで少女は振り返った。
「また、レットイットビー聞かせてね」
　近所迷惑も関係ないかのような大きな声で少女は言った。
「今度は踏切じゃないところで聞かせてあげるよ」
　負けないぐらいの声量で返した。
　少女は、あどけない顔でクククっと笑って踏切を超えて走っていった。