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冒険ダイヤル 第20話 ソフトクリーム集め

ホームで突っ立っていた駿に魁人から電話がかかってきた。
何の前置きもなく『バスロータリー前の喫茶店に入って名前を名乗れ』と言ってすぐに切られてしまった。
非通知番号からのものだったのでかけ直したくてもできなかった。

「まるで身代金目的の誘拐犯みたい。友情を人質にとってるわけだ。魁人くんて本当に屈折してるね」
「だから最初からそう言ってるだろ」
 
駿と絵馬は駅の二階から改札を出て大通りをまたぐ歩行者用デッキを渡った。
エスカレーターに乗りバスロータリーに降りたが、バスは停まっておらず数台のタクシーが客を待っているだけでがらんとしている。
 
あたりを見回すと、ロータリー周辺には喫茶店が二軒あった。
バス営業所に隣接した建物の二階と、エスカレーターのすぐ下の可愛らしい店だ。

「どっちかな」
「あたしはあれだと思う」
絵馬は建物の二階の有名な喫茶チェーン店を指した。
「なんでそう思う?」
「魁人くんてきっと他人を上から見くだすのが好きでしょ。一階より二階だよ」
言い方にはかちんときたが否定する言葉がみつからなくて二階の喫茶店に入ることにした。

店内で待っているものと期待した駿は少し緊張して店員に声をかけた。
ところが「川嶋駿です」と名乗ると店員は「ああ、さっきの電話の」とレジカウンターの奥から何か持ってきた。
煙草の箱だった。

「お忘れ物、これで間違いないですか?」
「え?」
「忘れ物を取りにいらしたんでしょう?」
駿が戸惑っていると、絵馬が「はいそうです」とすかさず受け取った。
店内を見回したが魁人らしい人物はいない。
駿は店員に尋ねた。
「あの、待ち合わせしているんですけど、この煙草は誰が置いていったんですか?」
どうも頭が追いつかない。

店員は怪訝な様子で付け加えた。
「忘れた方からお電話があって、用事があって取りに戻れないから代わりに川嶋様にお渡しするようにと言われましたが、聞いていないんですか?」

ということは魁人はここに現れないのだ。
謎が解けたら会おうという言葉からすぐには会うつもりがないのだとわかっていたが、やはり残念だった。
物珍しそうに煙草の箱を覗き込んでいた絵馬が急に顔を上げて駿の袖を引っ張った。
「駿ちゃん、もう行こう」
箱の中身が気になるようだ。
 
店の外へ出るとふたりは煙草の箱をよく調べた。
一見するとレトロなパッケージの煙草のようだが、よく見ると煙草風にデザインされているだけで商品内容は〈緑茶〉と書かれていた。
洒落をきかせた静岡のお土産品らしい。
 
中に入っていたのは煙草でも緑茶でもなく細く巻かれた紙だった。
広げてみるとこんな文章が書いてある。

〈あじさい橋から湯本橋の間にある七つのソフトクリームに隠された文字をすべて探し出し、正しい組み合わせを作れ〉

「こんなめんどうな仕込みまでして、何考えてるんだ」
「駿ちゃん、なんだか少し喜んでない?」
つい口元が緩んでしまい、絵馬に見抜かれてしまった。
「別に」
彼女を巻き込んでここまで連れてきたのは魁人に会うためで、けして謎解きゲームを楽しむためではない。
きまりの悪さをごまかすために周囲をぐるりと眺めた。目の前にある赤い欄干の橋があじさい橋だということがわかった。

「七つのソフトクリームっていう語感がいいね。幸せな響き」
絵馬は妙なことに喜んでいる。
「ソフトクリームっていうだけじゃ、どれのことかわからないよな」
「だったらとりあえずひとつ食べてみるのがいいと思う」
そう言うと絵馬はあじさい橋の手前にあるスイーツ店へ小走りに近付いていって、プラスチック製の大きなソフトクリームの形をした看板を指さした。

陽射しの中で翻るワンピースがまぶしい。
すでに気温は三十度を超えていたし、一度は喫茶店の冷房に触れたあとだったので一気に汗が吹き出した駿はふらふらと後を追った。

「七つってことは七種類のソフトクリームがあるってことなのかな」
絵馬はそんなことを言いながらメニューを見ている。
それをぼんやり待っていた駿は少し立ちくらみがして、大きなソフトクリームの形をした立体看板に手をついた。
ぐらついた看板の下に視線を落とすと、看板と地面の間に何かが下敷きになってはみだしていることに気付いた。
拾ってみるとマジックで文字の書かれた紙だった。

「エマ、これ見ろよ」
絵馬は買ったばかりのソフトクリームをひとなめして振り向いた。
駿の持っている物をじっと見て、怪訝な顔をする。
「よ?」
紙と駿の顔を見比べてまつげをしばたいた。
駿が目の前にかざした紙に〈よ〉という文字が大きく殴り書きされている。

「ソフトクリームそのものじゃなくて看板を探せっていう意味なんだ」
「この文字が謎解きに使うピースだってことなの?」
汚れるのがいやなのか、絵馬は土にまみれている紙片を二本指で恐る恐るつまんだ。
 
駿はスマホで駅前商店街にソフトクリームがありそうな店を検索した。
「たくさんあるじゃないか。これ全部見に行くぞ」
「えー、待って、まだ食べてないよ」
「食べながら歩けばいいだろ」
 駿は暑さも忘れて歩き出した。

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