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【連続小説】冒険ダイヤル(6) みかんと先住民

(前回まで)女子高校生ふかみは、疎遠になっていた幼馴染の駿とひさしぶりに話したことをきっかけに、共通の友達だった魁人の記憶が呼び覚まされた。

チャイムが鳴ると生徒たちが教室の空気をかき混ぜ始めた。みんなクリーニングしたての制服で、夏休み前より大人っぽくなっているような気がした。日焼けしている子や髪の色が明るくなっている子も目につく。
夏休みが明けたばかりで授業もなく、短いホームルームのあと避難訓練がおこなわれ、配布物を受け取っただけで下校時間となった。防災パンフレットをカバンにしまいこんでいると絵馬が廊下からこちらを覗き込んでいるのに気付いて深海は手を振った。

すると違う方向から別の生徒が手を振り返してきた。陸だ。
「おーいふかみ!一緒に帰ろ」
一緒にメロンパインプリン味アイスを食べて以来一度も会っていないのに急に名前を呼ばれて驚いたが、あまり違和感はなかった。まるでずっと前から友達みたいな気がした。
絵馬はびっくりして彼を振り返った。
「あ、多いかわいい鉄道かわいい線に乗って騒いでた人だ」
「大井川鉄道井川線な」と陸は白目をむいた。教室の反対端の席にいた駿がこっちに向かって一緒に来いというジェスチャーをし、廊下にいた絵馬のところへ行って挨拶している。
深海がおっとりと教室から出てくるころには陸はもう待ちきれずに絵馬に向かって旅行の話を始めていた。

「送った動画、見た?景色すっごかったでしょ?」
「ひとりで騒いでる人しか見えなかったけど」
絵馬が冷たく返す。
「お前がじゃましたからよく写らなかったんだ」と駿がため息をついた。
深海はあわててフォローする。
「湖の上を通るところがきれいだったね。陸君も撮影したの?」
それを聞いて陸は嬉しそうに胸の前にささげ持った紙袋を突き出した。
「この前アイスくれたお礼にお土産買ってきたんだ。一緒に食べようよ。僕が撮ってきた写真も見せてあげる」
もっと話したくてうずうずしているようだ。
そこで四人で近くのマンションの小さな公園に寄り道することになった。
陸が持ってきたのは、よく果物売り場で見るようなデザインで〈静岡みかん〉と印刷されている箱だった。ただし大きさはずっと小さくて学習ノートくらいのサイズだ。中には本物のみかんに色も形もそっくりの和菓子が入っていた。

「賞味期限まだ切れてないから」と駿は照れ隠しのように言った。
「うわ、なにこのお菓子、可愛い。待って、まだ食べないで。撮らなきゃ」
絵馬は慌ただしくスマホを取り出した。
てのひらに乗ったみかんまんじゅうはしっとりとした手触りと重みがある。
「ふかみ、和菓子好きだっただろ」
駿がそんなことを覚えているとは思わなくて深海は驚いた。

絵馬と陸は初対面だというのに自己紹介よりも先にスマホを交換して、自分とみかんまんじゅうのツーショットを撮り合っていた。
「まんじゅうだけじゃなくて僕と一緒に撮らない?」
「あんた、ふーちゃんのこと呼び捨てにしたから、やだ」
絵馬はつんとして答えた。
「それを言ったら駿だって呼び捨てにしてるじゃん」
「この人は仕方ないよ。悔しいけど、先住民なんだから」
「エマちゃん、その言い方」
「未開の大陸かよ」
深海と駿は苦笑いと照れ笑いを足して二で割った変な反応をしてしまった。
絵馬はそれを軽く横目でにらんで、面白くなさそうに陸の方へ向き直って説教を始めた。
「あたしだって最近やっとふーちゃん王国のビザもらったんだからね。あんたみたいな、まだパスポートもない人はふーちゃんを呼び捨てにする権利ありません」
「入国審査があるのかあ」と陸が情けない声を出す。
駿がすました顔で「お茶があればパスポートがもらえるぞ」とアドバイスしたので、陸はスキップしながら自動販売機に走っていった。彼はいつも体のどこかが跳ねている。
それからベンチに座って、陸が買ってきてくれたお茶をみんなで飲みながらお菓子を食べた。

駿たちの旅行の思い出話に対抗して、絵馬は深海の家に泊まってどんなに楽しかったか自慢げに語りだした。交換ファッションショーのくだりで駿はロングスカートの謎が解けたらしく「なるほど」とひとり納得していた。
フェイクニュース・ノートの話が出ると、彼は意外にも穏やかに相づちを打った。絵馬に読ませたことで気を悪くするかもしれないと心配したけれど考えすぎだったようだ。

みかんといえば忘れられない思い出がある。それは魁人が作ったもうひとつの遊びだった。

   *

「この鶯町にはどのくらい公園があるか知ってるか?」
みんな首を横に振る。
「五つだ。全部行ったことある奴いるか?」
みんなまた首を横に振る。
「それから、公衆電話がいくつあるか知ってるか?」
魁人は得意げになって説明し始めた。
「七つだ。これを使って謎解きウォークラリーをしよう」
床に地図を広げ、魁人は公園と公衆電話の場所に蛍光ペンで印をつけた。
「電車のスタンプラリーみたいなやつか?」
駿は魁人の肩越しに地図をのぞきこんで尋ねた。
ふたりは鉄道好きだったので一緒に沿線のスタンプラリーをやったことがある。駅ごとに違う絵柄のスタンプが用意されていて、降りた駅でそれをスタンプ帳に押して、全部の駅のスタンプを集められたら景品がもらえるという単純なものだ。
「あれよりおもしろいのを作るんだ」
魁人はいたずらっぽく笑って一同を見渡した。

魁人を含めて八人の子供が駿の部屋に集まっていた。何人かはトレーディングカードを見せ合っていて、何人かUNOをやっていたが、このあたりでみんな手を止めた。魁人の計画を聞き逃したら損をするに決まっている。
「公園と公衆電話を目印にして、歩きやすいコースをおれが考える。コースの途中のどこかに文字を書いたカードを隠しておくから、それをなるべくたくさんみつけて正しい組み合わせを考えるんだ」
そう言いながら魁人は地図上の印と印の間を結ぶように指をすべらせた。「その場で答えがわからなくても、みつけたカードが何と何だったか教えてくれたらおれがヒントをあげる」
同じクラスの翔太が文句を言う。
「じゃあ魁人だけが答えを全部知ってることになるよね?ずるいよ」
「そう言うと思った。だからおれは別の難題をクリアすることにした。みんなはカードをみつけたら、もう一度別のどこかに隠すんだよ。それを探すのがおれの任務なの」

野田さんは首を傾げながら、扇形に広げたUNOの札で顔をあおいだ。部屋の暖房が効き過ぎていたのだ。
「私らが隠してる間、あんたはかくれんぼみたいに目を閉じてるわけ?声とか足音なんかでどのへんに隠したかわかっちゃうんじゃないの?」
「だからさ、おれはみんなと別行動するんだよ」
全員、きょとんとして魁人を見た。
「ヒントを教えてくれるんじゃなかったの?」と野田さん。
「もちろん教えるよ。171で」

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