見出し画像

冒険ダイヤル 第17話 ( )

その日はいくら待っても魁人からの電話は来なかった。
しかし念のため翌日の朝一番に171を再生してみると新しい伝言が入っていたのだ。

『ひさしぶりだな、ふかみ。駿とふたりで二問目に答えてくれ。六丁目の公園で野生化した巨大なものは何だ?』
 
やはり伝言の主は魁人だったのだ。
パジャマのままでそれを聴いて深海は眠気が吹き飛んだ。
その問題の答えは深海にとって忘れられない出来事だったのですぐに答えを伝言し、直接会いたいとあらためて訴えた。
それから急いで着替えていると、スマホが鳴って駿からのメッセージが表示された。
『ひとりで勝手に正解するな。すぐうちに来い』

彼も気になって171の伝言を再生したのだろう。
ふたりのやりとりを知って焦っているらしい。
「駿ちゃんも覚えてたんだ」
つい笑いがこみあげた。
 
魁人と駿と一緒に公園でバドミントンをしたことがある。
深海は魁人を完璧に打ち負かした。
彼はとても悔しがって、腹立ち紛れに空に向かって思い切りシャトルを投げた。
ひょろひょろと上空に飛ばされたシャトルは公園を囲むフェンスの外まで風に流されてしまった。
そして謎の物体にシャトルがひっかかっているのを発見したのだ。
一番背の高い駿がフェンスの上まで登って、落ちていた枯れ枝を使ってやっと取ることができた。
それは高さ三メートルを優に超える巨大なサボテンだった。
どうやら近隣の住民がもてあました園芸品種のサボテンを不法投棄したらしく、根本を見ると割れた植木鉢が半分地面に埋もれていた。あまりのデカさに感動して、見る度に手を合わせて拝んだものだ。
三人はそれを〈怪獣サボテン〉と命名した。
 
電話の向こうで魁人も笑っていてくれたらいいなと思った。
「今日が日曜日でよかった」と独り言を言いながら駿の家に向かった。
 
家の人に挨拶するのもそこそこに上がりこむ。
小学校時代にくり返し遊びに来たところなので言われなくても二階の駿の部屋へ直行した。
駿はもう新しい魁人からの伝言をメモしていた。
「さっきもう一度聴いたら次の問題を出してきてやがった。あいつ悪乗りしてるぞ」
 
駿の部屋に入ったのはほぼ五年ぶりだったが、家具の配置はほとんど変わっていなかった。
スチール製の勉強机と椅子、窓の下のベッド、備え付けのクローゼットが半分開きっぱなしになったところから望遠鏡が飛び出している。
クッションの模様にまで見覚えがある。

変わったのは机と椅子の高さとパソコンがあること。そして壁に貼っていた世界地図の代わりに自分で撮ったらしき天体写真が飾られていることだ。
カーテンやラグマットも以前のような明るい柄ではなくシンプルな無彩色になっている。もっとおもちゃ箱のような部屋だったのに。
 
しかし幼馴染の部屋にひさしぶりに入った照れくささなど感じている余裕はなかった。
駿のメモした問題を読む。
『三問目。青柳ミートのコロッケは一個いくらだった?』
 
青柳ミートとは深海たちがよくおやつを買ったお肉屋さんだが、もう閉店してしまった。
安いコロッケやからあげを売っていた。
隣にコンビニがあったのに、そちらよりも安くておいしいので子供たちはみんな青柳ミートで買って公園に持っていって食べたものだ。

「確か三人で買い食いしたことがあったっけ。三人で一個ずつ買って…ええっと、全部で二百円くらいだったような気がするんだけど」
「二百円だった?ほんとか?」
駿は真剣な顔つきで尋ねた。
「うん、思い出した。お手伝いで家の冷蔵庫の下を掃除したら二百円みつけて、ご褒美にもらったの」
そのあぶく銭で得意げに奢ってあげたことは記憶に残っている。
「二百円で三個買った?じゃあおつりがあったはずだな」
駿は深海を椅子に座らせて自分は床にあぐらをかいた。
真面目くさってコロッケの値段を推理している身長百八十二センチの彼が妙におかしくて、深海はくすっと笑った。
「なに笑ってんだよ?二百円で三個だったらたぶん五十円か六十円だよな。いくら安くても一個が四十円じゃないと思う。まあまあ大きかったし。おつりがいくらだったか覚えてないか?」
深海の脳裏には青柳ミートのすすけた看板や測りの文字盤や手書きの商品ラベルが浮かんだ。消費税込で十円単位だった。
「そういえばおつりが半端だったから三人で分けられなくてさ。コンビニに行けば二十円のフーセンガム六粒入りがあるからそれを買って分ければ平等になるって魁人が言って、レジに持っていったら消費税が追加されてお金が足りなかったんだよ」
結局その二十円は深海がもらうことになったのまで思い出した。
つまりコロッケは一個六十円だ。
 
駿は即座に171に回答した。
『コロッケ一個六十円だ。なあ、直接電話してくれよ魁人。おれもふかみもずっと心配してたんだ。言いたいこと全部言ってくれよ』
「待ってるからね!」
深海も大声で付け加えた。

   *

しばらく駿の家で待っていたがいつまでも魁人からの連絡が来ないので171にかけてみると、また新しい問題が出されていた。

『四問目。いつも二匹の猫が狛犬のように並んで座ってる地蔵堂の名前は?』
 
コロッケの値段は正解だったということだろうか。
狭い路地に鎮座するお地蔵さんをまつった小さな祠を、深海たちはよく待ち合わせ場所に使った。
狛犬みたいに左右に座り込んで餌を待っていた猫たちは今ではとっくに世代交代して三匹に増えている。子どもたちはそれをニャン交番と呼んでいた。

「なんでわざわざ171を使うんだよ」
他に手段がないのでこちらも伝言で答えるしかなかった。
しばらくしてからかけ直すとまた問題が出されていて、ふたりは困惑した。
魁人は答えが正解なのかどうかも告げずに次々に問題を言い残していった。

『市民館のロビーにあった壁画の図柄は?』

『子供文化センターの図書室にある、七巻だけがずっと抜けていた漫画のタイトルは?』

『通学路脇にあったいわくつきの井戸に毎年咲く花の名前は?』
 
どれもふたりで話し合っているうちに思い出して答えることができたが、直接電話がかかってくることはなかった。
不安になって171にダイヤルすると、また問題が出されている。そのくり返しだ。
少なくとも魁人はふたりからの伝言を頻繁にチェックしている。

「ウォークラリーのこと思い出すね」
あのときは時刻表まで作っていたのでよかったが今回はどのくらい間隔をおけばいいのかわからない。
とりあえず五分は待とうということにした。
手持ち無沙汰になって駿は押し入れをがさごそと探り出した。
「あの地図まだあるよ。見るか?」
 
駿の取り出したウォークラリーの地図をふたりで眺めた。
三人で食べたシチューの匂いが漂ってきそうな気がした。
「このときお前、ずいぶん意地張ってたよな」
「うん。今だったら絶対ギブアップしてるよ。あの怖い階段まだあるのかな」
「もう立入禁止のロープ張ってあるぞ」
「今だから言えるけど、私あの階段が一番おもしろかった」
「おれも」
 
その頃は危険なことと楽しいことが隣り合わせだった。魁人はいつもその中心にいた。
深海は今でもウォークラリーをしているようなおかしな錯覚を感じはじめていた。
 
次は『古墳公園の丘から何が見えるか』という問題だった。
古墳周辺は今は柵で囲まれていて入れないが、数年前まではロープが張られているだけでやんちゃな子供たちが入り放題だった。
禁止されることほど子供はおもしろがってしまうものだ。
何度も侵入しては叱られた。
古墳はお椀を伏せたような形に盛り上がっており、子供たちが斜面を駆け回るせいで踏み固められて螺旋状の通り道ができあがっていた。

「足の幅ぎりぎりくらいで獣道みたいだったね」
「知ってるか?あそこを走って遊んでた子が土留壁の向こう側の路地に落ちたことがあるんだ。下まで三メートルはあったからかなりケガしただろうな。近所の人が救急車呼んだんだってさ。おれたちは運が良かっただけだったんだ。今なら大人が心配した理由がわかるよ」
「私、木がいっぱい茂ってたことくらいしか覚えてない。何か見えたっけ?」
「魁人は木に登ってた。たぶん樹の上から何か見えたんだ」
そこにはもう登ることができない。
 
部屋の中が暑くなってきた。
外の気温が上がってエアコンが効きにくい。
問題が解けない苛立ちで深海はしきりと汗を拭った。
「駿ちゃん、これって正解しないといけないの?いつまでやるの?」
「わからない。でも問題を無視したら、あいつは返事しなくなるような気がしないか?」
 
深海は胸の中に真っ黒なもやが立ちこめてゆくのを感じた。
魁人が何を意図しているのかがわからない。
しかし駿の言う通りクイズを放棄すればもうこのやりとり自体が終わってしまうという奇妙な確信があった。

「思い出したぞ。木の上からだと富士山が見えるって言ってた」
あわてて答えを録音し、魁人がそれに返し終わっていそうなタイミングでまた伝言を聴く。
無邪気な思い出話を楽しむ気分はもうなくなりつつあった。
一方的に質問ばかりされるのはなんて疲れるのだろう。

自動音声の指示を聴きながら駿はいらいらしている。
「ああ、もう、いちいち面倒くせえなあ」
朝から同じ操作をくり返しているのでこの声も聞き飽きてしまっているのだ。
「仕方ないよ。万が一のためのシステムだもん」
なだめている深海も本当はうんざりしていた。

『新しい伝言からお伝えします』
自動音声に続いて思いがけなく甲高い声が響いた。

『はじめまして、あたし駿ちゃんとふーちゃんの友だちの絵馬です。魁人くん、ただクイズを出しておいて自分のことは何も話さないなんてずるいです。これ以上ふーちゃんを悲しませないで。会ってあげてください』
 
駿は「やられた」と舌打ちした。
共通の番号を知ってさえいれば誰でも伝言できるのを忘れていた。
彼女は昨日、居合わせたとき駿の自宅番号を控えておいたのだろう。
「さすがエマちゃんだなあ」
「感心してる場合じゃない。こんなことしたら魁人は意固地になるだけだ。もう少し時間があれば説得できたかもしれないのに余計なことしやがって」
果たしてそうだろうか。
深海にすでに魁人が簡単に心を開くとは思えなくなっていた。
このままクイズにただつきあっていても結局は振り回されるだけなのではないか。
 
再び魁人が返してきた伝言は、こうだった。

『次の問題に正解できたら会ってもいい』

押し殺した声の内にかすかな怒りを感じた。

『おれは今どこにいると思う?本当ならもっと前にお前たちと一緒に来られるはずだった。実現しなかったけどな。もし正解できたらここで待ってる。明日までに答えられなかったらもう伝言はしない。さよならだ』

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?