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冒険ダイヤル 第9話 ハイチュウと絆創膏

トイレ休憩の後、駿から伝言が入っていた。
「その六文字で全部だよ。だからヒントは無し。あとは並べ方がわかればいいんだ。じゃあ、カードを店の外の歩道に隠しておいて。スーパーの中に隠すのはだめだよ。次の公園で休憩だから、その間によく考えて」

六人はカードを街路樹の幹や電信柱の看板などに隠し、言葉少なくドラッグストア脇の公園まで歩いた。頭の中ではあの六文字がぐるぐると回っていた。どう並べ替えても深海は良い答えがみつからない。

できたばかりの新しい公園で休憩をとった。
ベンチも遊具もきれいで、人もほとんどいなくて座る場所には困らない。
「休憩がここで良かった」
亮がほっとしたように言う。そういえば、お寺の階段にもひとりだけ座らずに立ちっぱなしだった。
「亮君ってもしかして潔癖症?」
奈々美が尋ねると「そうかも」と恥ずかしそうに答えた。
「きれいなところは誰かが掃除してくれてるからきれいなんだよってお父さんに言われたから頑張ってゴミ拾ったけど、始めからゴミを捨てなきゃ誰も掃除しなくていいのにな」
カモフラージュのつもりで持ってきたゴミ袋にはもうかなりゴミが入っていた。

陽射しの中でのんびりと座って、最近メジャーリーグで活躍し始めたという二刀流選手のすごさを大輔がひとり熱く語るのを「そだねー」「そだねー」と聞き流しながらおやつを交換しあった。
「あいつらも今頃はおやつ食べてるかな?」大輔は時刻表を見た。
駿と魁人の時刻表も書いてある。ふたりはちょうどスーパーにたどり着くころだ。おそらくスーパーの裏手の駐輪場で休んでいるに違いない。
隠したカードと一緒におやつのおすそ分けも置いていけたらよかったのにな、と深海はちょっと残念に思った。

「ふかみちゃん、駿ちゃんたちがいないと寂しいんじゃないの?」
奈々美にそう言われてあわてて首を横に振った。
「ちょっと足が疲れちゃっただけだよ」
実はさっきからつま先とかかとが痛いのを我慢していたのでまったくの嘘ではなかった。靴が小さくなっていて買い替えなければならないとわかっていたけれど、お姉ちゃんが一人暮らしを始めたせいで引っ越しやら何やら費用がかさんでお母さんがお財布を開けてため息をついているところを見てしまったのだ。新しい靴を買ってほしいと言いにくかった。

どうして体は勝手に大きくなるのだろう。気持ちが追いつくまで待ってくれないのだろう。このごろ深海はそんなことを考える。

   *

三問目はさらに難しかった。
 〈き・す・た・う・ん・べ〉
野田さんは眉根を寄せてぶつぶつと考えている。奈々美は考えるのを放棄して色づいた落ち葉を拾って歩いていた。翔太と亮と大輔はカードをかわるがわる見較べて悩んでいる。
そうこうするうちに次の連絡ポイントである幼稚園の隣の電話ボックスに着いてしまった。

「もうカードは見落としてないよね?」
「六文字と決まってるわけじゃないから、まだあるのかも」
「戻ってもう一度探す?制限時間にはまだ余裕があるけど」
しかし一同はなんとなく車止めのパイプに座り込んでしまう。謎解きが思っていたより難しくて正直つまらなくなってきたのだ。
「まだ半分しか進んでないんだよ、がんばろうぜ」
大輔はハイチュウをみんなに配った。
「まだ半分かよ」
翔太はもう疲れが出てきたらしい。リュックを地面におろして肩を落とした。

「あいつらは仕掛ける側だから難しいほうが楽しいのかもしれないけどさ、おれたちパズルが得意ってわけじゃないし」
亮はそう言いながら翔太がうっかり落とした包み紙をすかさず拾っている。
深海はさっきからかかとが痛くてたまらない。
「ねえ、あれもカードじゃない?」
街灯に寄りかかって上を眺めていた奈々美が、ふと電話ボックスの中を指差す。
天井近くのかなり高い位置に赤いカードがテープで貼られていた。

野田さんが取ろうとしたけれど手が届かない。
「ふかみちゃんなら届くかも」
そう言われて電話ボックスに入り、つま先立って手を伸ばした。あと少しで届きそうだ。深海は何度かジャンプしてようやくカードをむしり取った。
開いてみると〈ず〉と書かれている。
「き・す・た・う・ん・べ・ず?」
「うん、キス食べず?」
「翔太、それ絶対に違うよ」
誰もいい答えを考えつかない。みんなはがっかりしてまた座り込んだ。
「ここまでわからないと馬鹿にされてるみたいな気がしてくる」
ついに野田さんまで弱音を吐いた。

「ああ、どうしよう、私」
深海が声をもらすと野田さんはあわてた。
「ふかみちゃんのせいじゃないよ。がんばって取ってくれたのに変なこと言っちゃって、こっちこそごめん」と両手を合わせた。
「そうじゃないの。私、足が」と言って深海はかかとを見せた。
片方のソックスに血がにじんでいた。脱いでみるとかかとの皮が派手に剥けている。ジャンプした拍子に思いっきりこすってしまったのだ。
大輔があわててポケットから絆創膏を出して貼ってくれた。絆創膏はすぐに真っ赤に染まり、それ以上の出血は止まったものの、もう一度靴を履くのは無理だと誰の目にもわかった。かかとを潰して履こうにも素材が固くてできない。

「後から駿が自転車で追いついて来るから、ふかみちゃんはここで待っていて、後ろに乗せてもらって家に帰ったほうがいいと思う」
野田さんの考えはもっともだった。
深海は足の痛みとせっかく楽しみにしていた謎解きラリーを台無しにしてしまった悔しさとで涙が出そうなのを懸命にこらえた。
「ここから家まで自転車で行けば近いでしょう?私らはこのまま進ませてもらうね。中止しても誰のためにもならないから」
野田さんは残念そうに、しかしきっぱりと言った。

亮は深海のトングを受け取り、翔太はゴミ袋を代わりに持っていってくれることになった。
「痛かったのに気が付かなくてごめんねふかみちゃん」
奈々美は自分の髪留めを使って深海のポニーテールにきれいな紅い葉っぱを飾ってくれた。
大輔は黙って残りのハイチュウを全部深海の手に握らせた。

   *

電話ボックスの中に入ったのは初めてだった。
よく通りかかる電話ボックスなのだが、誰かが入っているのを見たことすらなかった。これってほんとに使えるものだったんだなあ、というのが正直な感想だ。

酒屋の公衆電話のほうは屋外の小さな台にアクリル板の囲いと屋根がついているだけの吹きさらしのものだったが、こちらの電話ボックスはしっかりとした重いドアが寒さを防いでくれた。ガラスに薄く色がついているのか、景色がうす暗く見える。
深く座るのは無理だが軽く体重を預けられるくらいの手すりがついていたので深海はそこに寄りかかって魁人たちを待っていた。ソックスを脱いだむきだしの片足に、ドアの下のすき間から入る風が少し冷たく感じられた。

街路樹に沿って歩いていた人が足を止めてスマホをかざし、何もない場所にカメラを向けているのが見えた。ARゲームをしているのだろう。
ほとんどの大人は携帯電話を持っているし、同い年でも持っている子が増えている。電話ボックスの中でたたずんでいると周りがとても遠く感じられた。

なぜ災害用伝言ダイヤルを使うのかと尋ねたら、魁人は「お父さんとお母さんが昔これを使って無事を確かめあったことがあるんだ」と答えた。両親はその体験から魁人にひとりで使えるようにしなさいと教えたのだそうだ。
遊びに使ったりして良いのだろうかという深海の気持ちが顔に出ていたのか、彼は「普段できるようにしておかないと本当に必要なときに思い出せないし、緊張してうまく使えないんだってさ。だからこれは練習なんだ。でも真面目に非常訓練をしようって誘ったって誰も来ないだろ?」
魁人は子供らしくない冷め切った口調でそう言った。


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