見出し画像

少しずつ沈み込む「新世界より」

2008年に刊行された貴志祐介氏の作品「新世界より」を読みました。日本SF大賞受賞作。文庫本だと上中下巻の三部作で少し長めですが、作中でのある出来事を境に世界観がガラリと変わり、少しずつ明らかになる真実に徐々に引き込まれ、気付けばドロリとした質感を味わえるほどの没入感でした。

描かれる舞台は1000年後の日本。皆が核兵器に比するほどの超能力を使える世界。本作の始まりは、10年前に起こった惨劇を繰り返さないように、生き残った主人公がさらに1000年後の人々へ自身の経験を書き残す形式で語られる。幼少期から青年期、惨劇、その後まで。

ネタバレをしないように書くのが難しいため、概念的な感想を書きます。個人的には、漫画「進撃の巨人」を思い起こす展開でした。狭い世界で護られていた少年時代から、成長に連れて見えてくる新たな世界。複雑化する問題、見えてくる社会の歪み、それに伴って変化する主人公の価値観。自分たちは何を信じ、何を護るべきか。そして、1000年後の人々は惨劇を起こさない世の中を構築できているのか。人間の愚かさを見せつけられるとともに、微かな希望も感じられます。超能力が当たり前に存在する突拍子もない世界にも関わらず、少しずつ真実が明らかになる時に主人公が感じる震えはリアル。もしこのような能力に目覚めたら、本当にこのような社会が作られるかも、と思えました。最後はゾゾゾ…。

作品名の「新世界より」は、アントニン・ドヴォルザークの「交響曲第9番《新世界より》」に由来するとの事。特に「家路」という曲が何度か挟み込まれます(タイトルを知らなくても、聞けばすぐ思い浮かぶ曲と思います)。冒頭で「惨劇に関する手記」である事が宣言されているにも関わらず、どこか牧歌的でもある。ある意味、理想の世界が歌われています。現実世界を生きる私たちはどこへ向かっているのか、世の中は真に良くなっているのか。じんわりした問いが心に残りました。オススメ。

この記事が参加している募集

最後までお読みいただき、ありがとうございます!少しずつ想いを残していければ、と思います。またお越しください。