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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_9

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2章_残映-encounter-


2-3 誰かの夢act.1


    ◆◆◆◆

 ひどく不快な夢を見た。
 あまりに現実離れした光景で、スプラッター映画でも見ているような。
 そのくせ、まるで昨日のできごとのように精緻で、生々しい。
 悪夢と正夢を混ぜて煮凝りにしたような、そんな夢。

 普段通り、家族三人揃っての夕食のはずだった。
 仕事があるときはいつも外で済ませてくる父様の姿があったので、恐らく休日のことなのだろう。
 「食事中にテレビは見ない」という方針のため、会話が無ければ静かなもの。
 聞こえるのは、食器の当たる音と互いの咀嚼音だけ。
 三割ほど食べ進めた頃、父様が手を止めて何か喋った。
「         」
 細かな内容は忘れた。
 だけど……あぁ、少し思い出した。
 そろそろ進路を考えるタイミング…そんなことを言っていた気がする。
 考える、とは言うものの、そこにわたしの意見は必要とされてなくて。
 父様や母様の提示する《《最善案》》を呑み込んで、その通りの成果を得るのがいつものわたし。
 だって、両親はわたしが生まれる前からわたしを知っている。そんな二人が示す道行きはいつだってわたしにとって最適で、それを選択するのが合理的だということは、理性で考えればすぐに分かる話だ。
 そうしてきたからこそ、今まで大きな失敗や間違いは犯さずに済んだし、狭き門だった姫毘乃女学院の入試枠にも合格できたと信じている。
 だから、今回も。
 わたしは父様の話す「■■■■の進路」に耳を傾ける。
「■■、食事中に席を立つのは――」
 窘めようとする父様の声で、わたしは自分がいつの間にか立ち歩いていることに気付く。
 気付くけど、足は止まらない。
 最善策?
 合理的?
 なんだ、それ。
 使命感にも似た強い衝動が、わたしの身体を突き動かす。
 父様のすぐ傍まで歩み寄り、わたしは手をその首元に充てがう。
「……?何を――」
 しているんだ?という言葉は続かなかった。
 代わりに飛び出したのは、赤の爆発。
 一瞬のことだった。
 刹那のうちに父様の肉体は衣服ごと粉微塵になっていた。
 異変の起点はわたしの掌。
 掌から放射状に飛び散った父様の残滓はまさに爆発で、テーブル、夕食、椅子、床、壁など辺り一面を真っ赤に染め上げた。
 爆心地を挟んでわたしの向かい側に座っていた母様は、その染料を目一杯浴びていながら、目の前で起こった事に理解が追いついていない様子で茫然としている。
「――――――――は?」
 けどその自失もやがて治まる。
 入れ替わりに訪れるのは、付着した元・父様の体液の感触と冷めゆく温もり、鉄サビの如き臭気。
 母様の意識は夫が跡形もなく消失したこと、それを自らの娘が引き起こした事実を急速に理解する。
「い……い、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
 半狂乱。
 理解が及んでしまったが為に狂気に堕ちる。
 そんな母様を眺めながら、わたしは自分の頬がだらしなく弛んでしまうのを抑えられない。
 椅子から転げ落ち、ゴキブリのように手脚をばたつかせながら後退りするその人に向けて、わたしはさらに手を伸ばす。
 夜の住宅街に響きかけた悲鳴は、ものの十数秒でくぐもった爆発音に呑み込まれた。
 あとに残ったのは血塗れのリビングと、その中心で返り血ひとつ浴びずに佇むわたしだけ。

 ひどく不快な夢だった。
 あまりに現実離れした光景で、スプラッター映画でも見ているような。
 そのくせ、まるで昨日のできごとのように精緻で、生々しい。
 悪夢と正夢を混ぜて煮凝りにしたような、そんな夢。



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