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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_10

前話はコチラ!!

2章_残映-encounter-


2-4 伊南いなみ江美えみの憂鬱


◆二〇〇五年 六月十五日 姫毘乃きびの女学園高等部

 始業前の教室はクラスメイトたちの話し声に満ちていた。
 睡眠不足のせいか、うたた寝をしていたわたしはその声に起こされる。
「ごきげんよう。ねぇねぇ、二年生の中にいるって噂の『プリンス』が誰か、分かった?」
「ごきげんよう、残念ながら分からず、よ。……でもさ、昨日も聞いたけど、その『プリンス』って人、本当にいるの?」
「いるわよ!昨日は私、本人を見かけたもの!キリっとした眉に鋭い視線、私よりもサラサラな黒のミディアムショートで……スタイルも良かったなぁ……」
 まただ。
 昨日から高等部、特に二年と一年は「プリンス」なる謎の生徒の話で持ち切りになっている。
 休み時間になるとどこからともなく現れて、一年生たちに声を掛けては他愛のない話をして帰っていく二年生。女子にしては身長高めで、男性的な喋り方をするらしいその人物は、外見の良さも相まっていつの間にか「プリンス」というあだ名を付けられていた。
 クラスも名前も明かさずに去るため、誰も素性を確かめられていない。
 ひと学年につき四〇人クラスが八つもあれば、自分の知らないクラスに一人くらいそういう生徒もいるだろう、で済ませてしまうのが関の山だった。
「見かけたなら、プリンスがどのクラスに帰るかも確かめられなかったの?」
「それがねー、予鈴の五分前を切っても全然戻る気配が無かったの。流石に私が遅刻する訳にもいかないから、先に帰ってきちゃった」
 おまけに姫毘乃生は皆校則に従順だ。授業の五分前には教室に戻るのが常識になっている。
 プリンスとやらが噂通りの行動を取っているなら、彼女の素性は姫毘乃生には誰にも突き止められないだろう。
 結果、その実態がよく分からないまま噂だけが独り歩きしていた。
「本当にうちの生徒なのかしらね、その人」
 気付けばわたしは、そんな独り言を口にしていた。
「伊南さん、それってどういうこと?」
 プリンスの外見に陶酔していた方のクラスメイトが興味津々に食いついてくる。話し相手だった子もわたしの見解に関心があるみたいだった。
「だって、そんな時間ぎりぎりまで教室外をふらついていたら絶対に授業には間に合わないはずだけど。それなら授業に遅刻する二年生として、所属クラスはおろか先生方の間でも話題になるはずでしょう?わたしが怪しいって思うのは、この噂が生徒の間でしか流行ってない所ね」
「確かに不思議よね……ほぼ確実に遅刻になっているはずなのに、全然その話は流れてこない」
「だからわたしは、そのプリンスがうちの生徒じゃない、無関係な人なんじゃないかって思うのよ。姫毘乃生でなければ授業中に教室にいなくても問題無いし、先生方も気付けない」
「ええっ……でもそれ、ちょっと怖いかも……不法侵入?」
「そうだとしたら、なんでプリンスはわざわざ姫毘乃生の恰好してまで、うちに来てるんだろうね?」
 そうなのだ。
 プリンスが部外者だとすると、その行動目的がよく分からなくなる。
 今のところ違和感なく高校二年だと思われているから、歳はそう離れていないはず。そのうえ同じ女子だという点で、肉体関係目当ての線はだいぶ薄くなる。もし仮に侵入者が同性愛の人だったとして、生徒に紛れ込んでターゲットを釣るまでの労力が割に合わない。
「あーでもそれ、アレかも。人探し」
「え?プリンスの目的が?」
 二人の言葉に、わたしの意識も注意が向く。
「うん。バレー部の後輩が訊かれたって言ってた、『城崎さんと仲良い人を知らないかな?』って」
「城崎?その子バレー部なの?」
「ううん、私も知らない名前。どうしてその人探してるかも良く分からないんだって」
「――――!」
 ピンと来ていない二人をよそに、わたしは鼓動がひと際大きく脈打つのを感じた。
 プリンスが城崎のことを探している。
 その瞬間に頭をよぎったのは何故だか、四日前に出会った病魔発症者の女の顔だった。
「まさか…………」
 わたしの意識は反射的に否定しようとするが、思考は冷静に記憶を遡る。
 そういえば、彼女あいつも身長はわたしより高かった。
 そういえば、彼女の目つきには野生の獣のような鋭さがあった。
 そういえば、彼女の一人称も「オレ」で男みたいな喋り方だった。
 そうだ、彼女の顔には確か――
「ね、プリンスの顔には何かついていなかった?目の下とか」
「あー、確かに、顔におっきな絆創膏貼ってたかも。顔の左側だけだったかな?もしかしてウラの世界では有名な人だったりして――」
「……そう」
 間違いない。
 病魔発症者の別谷わけたにさかえ
 今、姫毘乃を騒がせているプリンスの正体は彼女あいつだ。
「え、何、もしかして伊南さん知り合い?誰、誰?なんていう人なの?」
「違うわ。知り合いかと思ったけど、わたしの思い違いだった。勘違いよ」
 息をするように嘘を吐く。
 相手が彼女あいつだと分かって、どうして正体を明かせようか。
 彼女が病魔発症者だと告発して終わらせるのは簡単。けれどその後に残るのは「どうしてわたしが病魔発症者と交流を持っているのか」という疑惑だ。
「なぁんだ……学級委員の知り合いなら紹介してもらおうと思ったのに」
「貴女まだプリンスとお近づきになるの諦めてなかったのね……」
 二人が雑談に戻っていく中、わたしは考える。
 プリンスの正体が彼女あいつだとして、どうしてこんなことをやっているのだろう。
 何故城崎のことを探そうとするのか、直接問い質さなければならない。

    ◇◇◇◇

次回


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