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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_33

1話からはこちらのマガジンに纏めてます!

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間章_講義-vol.4-


「そもそも、の話なんですけど」
 思い出したように等々力が口を開く。
「うん?」
「どうして国は、厚労省は、特認証なんてものを発行してまで軽度発症者を一般社会に馴染ませようとするんでしょう?しかもあれって入れ墨ですよね?一番目立つ場所にあんな入れ墨を彫られて、『普通』に溶け込めるわけが無いじゃないですか」
 別谷の顔にも刻まれている、バーコードの形をした指定疾患特別認可証には当人の個人情報が詰まっている。
 正確には、バーコードで読み取れるのは発症者としての管理ナンバーで、そのナンバーで専用データベースにアクセスすれば、生年月日、身体データ、病魔の症状、家族構成その他諸々…あらゆる情報が開示される仕組みだ。
「それは視点が逆なんだよ」
「逆……?」
「そ。あの施策の目的は発症者を日常に帰すんじゃなくて、隔離施設から出すことにある」
 神流の回答を聞いても、等々力は釈然としない。
「病魔が発見された当初、発症者と診断された者は異能の有無に関わらず隔離病棟に入れられ管理下に置かれる。それが絶対だった。だが……二〇〇一年を過ぎた頃から、発症者の数が急増し始めた。それまで年に三件もあれば多い方だったのに、一気に一〇〇人近く発症するようになったんだ。その頃から世間にも病魔の名が知れ渡り始め、やがて周囲に害を成す危険性が低い者まで隔離するのは人道的に問題なのではないか……なんて意見が頻発するようになってな」
「なんだかそれ、無責任な物言いですね」
 等々力が不満げに頬を膨らませる。
「非人道的だって批判するのは簡単です。私にだってできる。でも、それで発症者を解放した結果どこかで事件を起こしたとしても、そうやって声高に批判していた人たちは、責任を取るわけじゃないですよね」
「そうだな。倫理だ道徳だと聞こえの良い言葉を口にする連中で真剣にそのことを考えてる人間なんて、ほんの一握りだ。大抵は『自分は憐れな病魔発症者のことまで配慮できるデキた人間だ』という自己陶酔に陥っているのが関の山だろう。ああいった輩は言葉の意味を咀嚼しない…いうなれば言葉を借りて喋っているだけなのさ」
 ただ、と神流は言葉を切って、
「現実問題として、隔離施設に放り込まれた発症者を世話したり管理するのには資金が要る。国が運営する場合その財源は税金だ。すなわち、税金を納めている国民からの指摘を国は無視することができない」
「元はと言えば病魔に罹った人を恐れて遠ざけるようなことを始めたのに…やっぱり釈然としないです」
「はは、ひなた君は素直だな。皆がそうだったら、もっと世の中は上手く回るだろうね。いずれにせよ国は、新たに発症者を三つの区分に分けて、軽度に相当する者を隔離施設から解放する制度を作ったわけ」
 デスク上のマグカップに手を伸ばし、冷えたコーヒーを啜った神流は苦々しい表情で言う。
「つまり特認証は、『隔離施設に置いていないだけで、ちゃんとこの発症者を管理していますよ』っていう国のアピールなの。だからといってうら若き乙女の顔にあんな入れ墨彫るのは、ナンセンスだと思うが」
「しかも入れ墨って基本消えないですよね?もし軽度から中度に進行しちゃったら……?」
「一応、外科的手段で入れ墨の除去は可能よ。それでも多少の手術痕は残るだろうけど。基本的に中度、重度になって『外』に出られることは限りなくゼロに近いというのが幸いしてる……というのは皮肉でしかないわね」
 ホワイトボードに書いた三つの層別を眺めてため息をこぼす。
 神流に倣って隣で各段階の症状を見ていた等々力は首を傾げて、
「そういえばこの症状って、段階的に進行するわけではないんですね?もし進行性なら、中度が一番数多く存在するのは不自然な気がします」
「良い気付きだ。便宜上、軽・中・重と呼び分けているが、実は中度から重度への移行例は一件も報告が無い。今までに確認されたのは、軽度から中度への移行と、軽度から重度への移行だけなの」
 二本の矢印をそれぞれ書き足す。
「……まるで成功と失敗で分岐してるみたい」
「なに――――」
「あっ!?言い方良くなかったですよね!ごめんなさい!」
 慌てて口を噤む等々力の両肩を、神流はがっしと掴む。
「そうじゃない、今、分岐と言ったのかい!?」
「え、ええ……その……キャラクター育成ゲームで一つの進化元から複数の形態に進化するとき、条件によって分岐先が決まるのと似てるなーって……」
 神流の剣幕に気圧されつつ、等々力は自らの所感を口にする。
 それは神流にとって予想だにしなかった観点らしく、
「そうか、なるほど、進行ではなく分岐……そう考えるならば症状はさながら昆虫の完全変態のような……?軽度はあくまで蛹、羽化できれば異能を得て失敗したパターンが中度症――いやいや、成功を異能と断定するのは早計だ、そもそも軽度だって蛹ですらなく幼虫の段階にあたるのかも……」
 面白くなってきたぞ、と妙齢の女性らしからぬ不敵な笑みを浮かべていた。
 事ここに至って等々力は思い出す。
「そうだった……神流さんって」
 知的好奇心最優先の割とマッドなサイエンティストだったっけ、と。


次回


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