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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_34

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5章_炸裂-illness≠barbaric-


5-1 決戦場


◆二〇〇五年 六月二十六日 

そこは、二十三区の一等地とは思えないほど広々としている。
 門から建物までの広場には円形の池があって、水瓶を担いだ白い石造りの像が注ぐ水は月明かりに照らされて乱反射している。その池を囲むように整備された植込みが、相変わらずこの広場を洋館の前庭のように仕立て上げていた。
 その奥に鎮座する建物は全面が赤いレンガ製。壁のところどころにツタ状の植物が繁茂しているのが、今はまるで幽霊屋敷のようだった。
 通い慣れたと言うには日の浅い、それでいて日中の印象とのギャップを感じられるほどには、オレにとっても見知った光景。
 草木も眠る丑三つ時、警備の職員を含め誰一人存在しないはずのその場所はしかし、入口の門が開放されていた。
 それも、門のど真ん中に人ひとり通れる程の風穴を開けるという乱暴極まりない方法で。
「…………」
 まるでクッキーの型抜きのように、その空間だけ消失している。
 門に開けられた穴をくぐり、噴水の庭を越え、これまた扉のガラス部分が一部円形に消失した昇降口から建物内へと侵入を果たす。
 今の伊南にとって障害物は無いに等しい。
 手で触れるだけであらゆる物体を微粒子レベルに粉砕するのだから。
 その代わり、扉や壁を強引に突き破った経路はどんな異能者よりも分かりやすい。さしずめ鉛筆で書き殴った落書き帳の上を走る消しゴムといったところか。
「さて」
 問題はここからだ。
 移動を妨げる物が存在しない場合、その動線に痕跡と呼べるものは無い。
 土足のまま昇降口正面の横長な廊下へ歩みを進め、彼女の向かった先を特定できるヒントが無いか、廊下の窓から中庭を眺める。
 建物正面の中等部を起点として、上空から見たときコの字型になるように両端に新旧の高等部が接続しているこの校舎には、建屋に囲まれた中庭があった。
 中央に大きな広葉樹があり、それを背にするように複数人掛けのベンチが円形に配置されている。共学校なら……否、この学校でも人気のデートスポットであることを誇示するかのように、月夜の中キラキラと瞬いていた。
「ん……?いや――――」
 雰囲気に流されかけたが、景色が物理的に瞬くなどというあり得ない現象に目を疑う。
 窓越しによく見ると、雲間から差す光を反射していたのは、砂粒より細かい粉末だった。
「これは……」
 微粒子の元を探ろうと視線を上に向けた直後。
 旧高等部、三階中央の教室の壁が吹き飛ぶ瞬間が視界に入った。
 見た目だけなら地雷の起爆か、内側からバズーカ砲でもぶち込まれたかのような激しさでありながら、火薬の炸裂音ではなく破壊の振動だけが伝わってくる奇妙な光景。
「――――!!」
 瞬間、脚は旧館へと駆け出していた。

    ◇◇◇◇

次回


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