【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_11
前話はコチラ!!
2章_残映-encounter-
2-5 露見・制裁・弁解
女子高生に扮しての調査も三日目となれば慣れたもの。
最初は女子高生の中に紛れ込むなんて面倒な……と思っていたけど。
蓋を開けてみれば割とこの環境を楽しんでいる自分がいた。
女子高の日常というオレにとっての非日常は、自分が思っていた以上に魅力的だったらしい。
「昼メシ?まぁ基本購買かな……料理しないわけじゃないけど、弁当作れるほど手際良くないし」
「え~!先輩、なんでもそつなくこなしてそうなのに、意外です!」
「はは、そうかな?オレなんて出来ないことだらけだと思ってるけど。例えばホラ、君の弁当みたいに彩り鮮やかで綺麗なものは到底作れそうにない」
「そんな、綺麗だなんて…!」
「騙されちゃ駄目ですよセンパイ、この子のお弁当、作ってるの親御さんですから」
「ちょっと!そこは黙っておいてよぉ」
あはは、ふふふ、と上品な笑い声が続く。
少しづつ交流の網を広げてきた結果、ついにこの日、カフェテリアで昼食を共にするまでに溶け込むことに成功した。
この調子なら明日、明後日辺りにはこの子たちを起点にして、もう一度聞き込みを始められるかもしれない。
昨日、試しに他の一年生に訊いてみたけれど、初対面の上級生が相手だと緊張させてしまうみたいで、なかなか上手く聞き出せなかったからな。
今、懐いてくれている一年生二人組との関係を失わないよう慎重に事を進めなければ。
そう気を引き締めた矢先のことだった。
「――随分と楽しそうな光景ですね。どうしてわたしにお声がけしてくれなかったのか、教えていただけます?」
つい数日前に聞いたばかりの声が、オレの背後から聞こえた。
それは、この潜入捜査で最も遭遇してはいけない同級生。
「伊南先輩、ごきげんよう。もしかして、伊南先輩のお知り合いの方だったんですか」
「あー……いや、なんていうか…………ははは……」
もはや意味の無い言葉しか出てこない。
大量の冷や汗が背を伝うのを感じながら、苦笑いを浮かべる。
根拠は一切無いけれど、振り返ってはいけないと直感が告げていた。
「ええ。少々縁がありまして。――さて、歓談中で本当に申し訳ないのですが、今からわたしに付き合ってもらえますよね?プリンス様?」
「…………」
有無を言わさぬその語調はもはや命令にも等しい。
しかしこの流れで席を立つのは、せっかく築いてきた一年生二人との関係に綻びを入れかねない。
そんな一瞬の逡巡すら許さず伊南は耳元で、
「……ここで貴女の正体をバラしても良いんですよ」
そう念押ししてきた。
最悪のパターンだ。
「分かった、付き合うよ」
煮るなり焼くなり好きにしてくれ……。
諸手を挙げて降参のジェスチャーを示すと、
「よろしい。じゃあこっち、ついてきて」
「え?あ、ちょっとぉ……!?」
言うが早いか、伊南はオレの袖を摘まんで引っ張ってきた。
オレは首輪ヒモに支配された飼い犬よろしく、つまづきそうになりながら伊南の誘導に従うのだった。
「……すごかったね」
「うん……さすが伊南先輩、あれがオトナな関係ってやつなのかも……」
一部始終を目撃した一年生二人組の的外れな感想が、行き場無くカフェテリアの宙を彷徨っていた。
◇◇◇◇
「これ以上わたしに干渉しないって、土曜日に言ってましたよね」
伊南に連れられて来たのは、姫毘乃の旧校舎だった。
まだ本格的な解体作業は始まっていないらしく、教室や廊下はまだ校舎としての姿を保っている。ただし備品類は見当たらず、教室の中を覗いてみても机椅子はおろか、黒板や掲示板までも撤去済みだった。
そんな教室の抜け殻の中央で、オレは正座させられていた。
「聞けば高等部一年生に馴れ馴れしく話しかける謎の二年生『プリンス』は月曜から現れたそうで…………三日も経たずに約束を反故にするとか、信じられないんですけど」
正座というのは確か、罪人に自白させるための拷問として使われていた座り方が元になっていると聞いたことがある。
なるほどオレは罪人で、その目の前で仁王立ちしている伊南はさしずめ裁きを下すお代官様といったところか。
何が言いたいかと言えば、つまりもう膝が限界です。
「これにはよんどころない事情があってだな……なぁ、そろそろコレ終わりの時間じゃない?」
「堪え性無い上に軽薄とか……………………」
伊南の奴は路上で気付かず踏んでしまったガムを見るような目を向けてくるし。
「ですがわたしは貴女と違って約束を違えませんので。――はい、今ちょうど一五分経ちましたから。もう止めていいですよ」
「はぁ、っつつ……生足でこの床に正座はマジに痛かったぞ……」
膝前面の骨ばっている部分をさすりつつ立ち上がる。
「たった一五分でこの三日間の罪を水に流そうというんです、この世のどんな為替レートよりお得だと思いますけど。とりあえず、何が目的でこんな真似をしているのか簡潔に説明してもらえます?」
罪って、オレそもそも伊南には迷惑かけてない気がするんだけど……という抗議は余計な火種にしかならないので心の内に仕舞っておく。
「分かった、じゃあシンプルに。『オレ』『警察』『城崎』『捜索』『情報収集』『潜入捜――――おわっ!?」
言い切らないうちに伊南から蹴りが飛んできた。
「馬鹿にしてません?誰が単語で韻を踏めと言いましたか」
「おま、お前!この間オレの蹴りを衝動的とか言って蔑んでた癖になんだその脚は!?」
「貴女は漫才の突っ込みを暴力だと騒ぎ立てる人種なんですか?わたし程度の蹴りなんて貴女にとっては突っ込み未満でしょう」
「一瞬信頼し合ったバディっぽく聞こえるけど、さっきの喰らってたらオレでも普通に悶絶してたからね!?」
「そうですか。じゃあ次からはしっかり鳩尾に当たるよう突っ込みますから、それが嫌だったらもう一度ちゃんと説明してください」
「はいはいちゃんとね、ちゃんと……」
次回
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