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プロレスから学ぶ物語論〜現実と虚構の狭間の物語 11ヒールには思わせぶりな「ニックネーム」がよく似合う〜悪役の形容詞。

 プロレスラーのニックネーム
 
 プロレスラーには様々なニックネーム(形容詞)がある。
 新日本プロレスなら「燃える闘魂」に始まり、「革命戦士」「人間山脈」「皇帝戦士」「破壊王」「野人」「猛牛」「レインメーカー」「制御不能のカリスマ」のような個人を形容するものから、複数のレスラーを世代やチームでくくる「闘魂三銃士」「トンガリコーンズ」「第三世代」などがあったりする。今は複数のレスラーを形容する単語は「ユニット名」に置き換わった気もする。昔は「本隊」と「ヒール」、たまに外敵としての「他団体」と「外国人レスラー」ぐらいしか区分けに相当するような軍団(ユニット)はなかった。
 こういったギミックがあまり好まれなかった全日本プロレスにおいてもある程度、ニックネームは付けられていた。それは「剛腕」「デンジャラスK」「殺人医師」「不沈艦」であったり、「超世代軍」は対外国人レスラーの試合が多かった全日本では珍しい、世代でくくるユニット名だ。「田上火山」というのも一種のニックネームになる。
 近年では九〇年代からゼロ年代のK─1にも踏襲されたギミックである。「ランバージャック」「ミスターパーフェクト」「南海の黒豹」「サモアの怪人」などは試合前の煽りVTRで聞いたことがあるだろう。「無冠の帝王」や「青い目の侍」は格闘技では時々出てくるニックネームである。余談だが「悪魔王子」の初出はバダ・ハリではなく、『はじめの一歩』のブライアン・ホークの元ネタ、WBOのナジーム・ハメドである(彼の知名度でWBOは四大団体に名を連ねるようになったと聞く)。
 
 ニックネームの意味
 
 プロレスにおける「ニックネーム」とは、そのレスラーに対する事前情報がない状態でどういうファイトスタイルでどういうバックボーンなのかを認識しやすくするための単語である。だから一見すると単語の意味としてはわかりにくいものが多い。あくまでインパクト重視、語感重視で名付けられるネーミングだ。使う技やユニットに紐付いている場合もあるが、プロレスの試合内容そのものに関連したニックネームになっているケースは少ない。
 故橋本真也の「破壊王」は当時、「皇帝戦士」ビッグバン・ベイダーとどちらかが壊れてしまうような激しい試合していたことから名付けられたニックネームであると本人が生前語っていた(若干、うろ覚え)。つまり、その経緯を知らなければニックネームの意味が全くわからないのである。
 だが「破壊王」は字面だけでもカッコいい。非常に厨二心をくすぐるネーミングである。調べないと意味がさっぱりわからない「ナチュラルボーンマスター」も、技名ほどには浸透しなかった「クロス・ウィザード」も、男の悪ガキ心をくすぐるネーミングセンスである(どちらも武藤選手のニックネームだ)。
 他のスポーツではあまり見られない類の選手紹介だが、選手も関係者もファンも不思議に思わない。ニックネームがレスラーに付されることも含め、それも「プロレス」に内包される要素の一つなのである。
 
 プロレスのニックネームは誰が考えるのか?
 
「音速の貴公子」というニックネームを聞いたことがあるだろうか。レース中の事故で亡くなってしまったF1ドライバーのアイルトン・セナへ名付けられた形容詞(ニックネーム)だ。それほどF1に詳しくない私でも知っているぐらいには有名なニックネームである。これはF1の実況中に古舘伊知郎氏が名付けたものだ。多分、細かく検証していけば古館氏発案のプロレスラーのニックネームも数多くあるだろう。#4でも触れた「タイガーマスクの四次元殺法」はプロレス的な言い回しとしては実に秀逸である。本当に蛇足でしかないが、『報道ステーション』の最初期、国会審議をプロレス中継のように実況した技術はすばらしかった。
 実のところ、どの段階で選手のニックネームや技名が決まるのか、ファン目線では知りようがない。団体からの指示があるのか選手が自身で考えているのか、海外武者修行から帰ってきたレスラーにニックネームが付されるケースが比較的多いようにも思う。そのまま浸透するケースもあるし、キャラクターに紐付けされたニックネームで迷走するケースもある。内藤選手のように遅咲きでニックネームの変更が成功するケースもある。
 逆に言えば、ニックネームが付いた段階でそのレスラーは十把一からげではなく、一人のレスラーとして認知された証しともいえる。#05の本間選手の「こけし」でも解説したが、「名付け」とはプロレスにおいて思いの外、重要な要素である。
 
 悪役のニックネーム
 
 ニックネームをフィクションの側から見てみると、「正義の味方」は職業や能力で語られることが多い。「勇者」や「戦士」はもちろん、「雷の剣士」とか「炎の魔術師」とか、「安楽椅子探偵」なんかもそれに類するニックネームだ。近年では「ヒーロー」や「主人公」といった言い方も「善玉」の側の表現である。
 逆に悪役は形容詞(ニックネーム)で表現されることが多い。「地獄の○○」とか「殺戮の○○」とか、その名付けの仕方で撃退後に仲間になるかどうかの判断もできるだろう。作品ごとに「名付け」に差異はあるものの、悪役に付されるニックネームはその残虐性や強者としての印象がより強くなるような仕掛けになっている。悪魔や堕天使に付けられるようなニックネームはダークなイメージそのものである。よくよく考えてみれば不思議なのだが、決して悪役を「主人公」とは形容しない。
 プロレスにおいてもヒールや外敵としての「外国人レスラー」のニックネームはその傾向が強い。「人間山脈」「皇帝戦士」「不沈艦」はその単語だけで強者のオーラを感じさせるし、「超竜」や「黒のカリスマ」も強者としての「悪の軍団」の形容詞にふさわしい。その意味では「拷問の館(ハウスオブトーチャー)」は現代のヒールとしては珍しく、古き良きヒールの名付けを踏襲している(今時のヒールは「反体制」としての位置付けが多い)。
 全日本プロレスで「四天王」といえば一時代を象徴する世代の総称であるが、フィクションの悪役であればラスボス前の中ボス4人組の印象が強いだろう。最初の相手が「奴は四天王の中では最弱」であったり、二人めが女性であったり、一人は武人気質の脳筋であったり、最後の相手が主人公を見逃してくれたり、改心した敵が仲間になったりと、印象に多少の個人差はあれど、どれも「四天王」のお約束だろう。
 悪役のニックネームはその名付け自体が、戦いの絶望感を演出し、強者をさらに強者たらしめる相乗効果をもたらす。だが、それは、ほとんどが「見ている側」が勝手にイメージを膨らませているものだ。「地獄」も「悪魔」も実際に見た者は当り前だがいない。全て単語から連想されるイメージなのである。意味を知らない幼児に「地獄」や「悪魔」と言ったところで恐がることはない。意味を知っている「大人」だけが、その言葉に畏怖するのである。
 悪役のニックネームは抽象的なイメージをインパクトのある単語で表現することで、読者や観客が勝手にイメージを増幅してくれる使い勝手のいい舞台装置なのである。

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