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タペストリーと性分析

 ※-1 この記述が論じる話題

 本日の話題は「タペストリーと性分析」とかかげてみた。この論題は「織物絵柄に観るフロイトの分析方法 」がどのように論じられていたか,また「精神分析から観るとその織物絵柄はどう解釈できるのか」という関心を抱いて考えることになる。

 なお,本日まですでに関連する記述としては,つぎの主題でもって公表してきた2稿がある。5月24日と26日に公開してあった記述である。ここで,さきに紹介しておきたい。

 以上の2稿は,企業マーケティングとして展開される「広告問題」とは深い関連のある「人間と性の問題」が,広告心理学としてならば精神分析学の学識を適用されて考察されるべき点は,なにもむずかしく考えるまでもなく当然の事情であった。

 ただ性の問題ということになると,いわば興味本位で「18歳未満は閲覧・視聴禁止」の次元にはまりがちになりそうだが,どっこいそういった通俗的な理解の次元でとりあげるべき問題ではないのが,「性と広告の関係分析」である。そう断わっておく余地があった。

 本ブログが上掲の2稿の記述で,たとえば5月26日の議論は,『日本経済新聞』2013年4月18日と19日に『JINS CLASSIC』社が出していた「宮沢りえを起用した全面広告」を題材に,「広告に利用される」「人間の深層心理に潜む性意識・性衝動」の問題を考えてみた。

 人間の基本的な欲求は,つぎのように分類・整理されている。これは,アブラハム・マズロー(A. H. Maslow)という心理学者が述べたものだが,これらの人間にとっての基本的欲求は階層をなしており,これらの欲求が満たされることで,心理的健康や成長が達成されると説明していた。

▲-1 生理的欲求--生きていくために必要な食物・水・空気、そして性などへの欲求

▲-2 安全の欲求--危険から守られ安心していたいという欲求

▲-3 帰属と愛の欲求--自分の居場所があり愛されていたいという欲求

▲-4 承認の欲求--人に認められ,かつ評価されたいという欲求

▲-5 自己実現の欲求--自分らしくありたいという欲求

アブラハム・マズロー:人間の欲求「階層」


 ※-2 『朝日新聞』2013年4月23日朝刊にとりあげられた「貴婦人と一角獣展」の話題

 いまからだと11年前になる。『朝日新聞』2013年4月23日朝刊に,女優の星野知子が解説を添えたかたちを採ってだが,紹介・解説する記事が掲載されていた。その記事の見出し文句は,「五感さえる中世の織物 貴婦人と一角獣展,あすから東京・六本木の国立新美術館で」と謳われていた。

 そこでは,星野知子は「女優,エッセイスト」と紹介されていた。「女優業だけにとどまらずニュース番組のキャスターや音楽番組の司会を務めるなど,多才ぶりを発揮。近著に『フェルメール夢想空想美術館』(平凡社)などがある」とも書かれていた。

 ◆ 女優星野知子の解説 ◆

 フランス・パリの国立クリュニー中世美術館が秘蔵する中世ヨーロッパ美術の至宝「貴婦人と一角獣」を初公開する展覧会が2013年4月24日から,東京・六本木の国立新美術館で開催されていた。

 1500年ごろに制作されたとされ,全長22メートルにもおよぶ6面1組のタペストリー(つづれ織り)だ。本展では関連する彫刻・装身具・ステンドグラスなど約40点とあわせて紹介する。「美術好きでしられ,このタペストリーに感銘を受けた女優の星野知子さんに,本作品の魅力について寄せてもらった」

『朝日新聞』2013年4月23日朝刊「貴婦人と一角獣展」
この画面では読みづらいが本文の記述において
文字起こしした状態になっている
以降順次にあらためて記述されている

 女優・星野知子いわく「華やかで妖しい美しさ」

 真っ赤な地色に咲き乱れる花々。ほの暗い部屋に目が慣れると,花の香りに包まれた錯覚に陥る。なんて華やか。一瞬で「貴婦人と一角獣」に魅了されてしまった。いかめしい石積みのクリュニー中世美術館は,パリに残る15世紀末の古い館だ。そのなかでみる6面のタペストリーは意外にも500年の歳月を感じさせず,みずみずしい。

 修復された美しい織りのせいだけではない。情感漂う絵柄は実にあでやか。きぬ擦れの聞こえそうな豪華なドレスをまとう貴婦人。幻想的な白い一角獣。貴婦人をみつめるその潤んだ目や貴婦人のスカートに両足を乗せるしぐさは,なんとなく妖しい雰囲気も。タペストリーは,花の香りだけでなくフェロモンも発散しているのでは? と思えてくる。

女優・星野知子いわく

 それら6面のタペストリーは,それぞれに人間の感覚を表わしているというのであった。

 「触覚」「味覚」 「嗅覚(きゅうかく)」「聴覚」「視覚」。一角獣の角に触れる貴婦人やお菓子をつまむ貴婦人。ひとつずつみていくうち,自分の体のなかで変化が起きているのに気づく。タペストリーに刺激され,五感が研ぎ澄まされていく感覚。不思議な心地よさだ。

 もっとも気品ある1面は大きな謎を秘めている。五感を超えた六つ目の感覚を表しているとされているが・・・。貴婦人が小箱から宝石をとり出しているのか,しまおうとしているのか,それによってこのタペストリーの解釈が異なるという。日本の展覧会場で再会すると,私はまたこの魅惑的な謎に悩まされるのだろう。

 今回は,高精細デジタル映像で細かな部分まで鑑賞できる。織りの技術はもちろんのこと,40種類にも及ぶ花,サルやウサギなど小動物たちの愛嬌ある表情と出会えるのも楽しみだ。  

女優・星野知子いわく-続き

 上掲した『朝日新聞』朝刊紙面の紹介記事のうち左下に配置された文章は,2013年4月24日から東京・六本木の国立新美術館で開催されたこの展示会を,ポスターに案内された文章であったが,つぎのように紹介していた。

      ◇ あすから東京・六本木の国立新美術館で ◇

 ■ 4月24日[水]~7月15日[月][祝],東京・六本木の国立新美術館企画展示室2E。午前10時~午後6時(金曜は午後8時。入場は閉館の30分前まで)。火曜休館(4月30日[火]は開館)

 ■ 一般 1500円,大学生 1200円,高校生 800円
 ■ 問い合わせ ハローダイヤル03・5777・8600
 ■ 展覧会ホームページ http://www.lady-unicorn.jp/
 
 主催・国立新美術館,フランス国立クリュニー中世美術館,NHK,NHKプロモーション,朝日新聞社
 後援 外務省,フランス大使館
 協賛 凸版印刷,日本興亜損害保険,三井物産
 協力 エールフランス航空

  ※7月27日[土]から大阪・国立国際美術館へ巡回予定です。

案内文:ポスター


 ※-3 『朝日新聞』2013年4月18日の紹介・解説

 ※-2にとりあげた記事はもちろん,朝日新聞が記事として紹介・解説していたものであった。題名(見出し)は『タペストリーから読み解く五感 貴婦人と一角獣展』であった。

 なおその記事の紙面全体は,前段に紹介していあったので,ここではとりあえずつぎのように,そのうち2点(2面)のみとして紹介する。その1点(後者)は一部分の個所を拡大表示したものである。

「我が唯一の望み」
「一角獣の角に触れている」という点になにか意味があったのか?

  フランス・パリの国立クリュニー中世美術館が誇る6面のタペストリー(つづれ織り)「貴婦人と一角獣」と,関連する美術品約40点を初公開する展覧会が4月24日,東京・六本木の国立新美術館で開幕する。本作は,中世ヨーロッパ美術の最高傑作といわれ,フランス国外に貸し出されるのは1974年のアメリカ以来となる。全長は22メートルを超え,1500年ごろに制作された。

 一番の魅力は,象徴的に表された「人間の五感」を今日の私たちでも読み解ける点だろう。鮮やかな赤地に細かい草花がちりばめられた千花文様(ミルフルール)を背景に,貴婦人と動物たちが登場する。花の香りをかぐ猿がいるのが「嗅覚(きゅうかく)」で,パイプオルガンの音色に動物たちが聴き入るのは「聴覚」だと分かる。

 ただ,最後の1面がなにを意味しているのかは,いまだに結論が出ていない。--あふれんばかりの宝石を手にする貴婦人と,背景の天幕の銘文「我が唯一の望み」を手がかりに,さまざまに論じられてきた。第六感,心,知性,精神という説,銘文から愛や結婚ではないかという解釈もある。

 彫刻,装身具,ステンドグラスなどを通して中世ヨーロッパの世界や図像学が分かる構成になっているので,実物の美しさをまえに,自分なりの解釈を楽しんでみてはどうでしょう。7月15日まで。

 註記)『THE ASAHI SIMBUN DIGITAL』2013年4月17日付「イベント Asahi」掲載,さらに『朝日新聞』2013年4月18日15時18分 配信記事,http://www.asahi.com/event/AIC201304180031.html?ref=reca なお,このリンク先・住所は現在,削除。

 ※-4 分析の試み

 1) 具体的分析

 以上,※-2,※-3の言及のなかで注目したい解説文は,以下に引用する箇所となある。なお,該当するタペストリーの「面」はすぐこの下に,別の画像資料からも借りて別様に紹介しておくが,全体の論旨は,すでに前段で出してあったそれぞれの「面」を前提に,話を進めていくことにしたい。
 
 ⇒「きぬ擦れの聞こえそうな豪華なドレスをまとう貴婦人。幻想的な白い一角獣。貴婦人をみつめるその潤んだ目や貴婦人のスカートに両足を乗せるしぐさは,なんとなく妖しい雰囲気も。タペストリーは,花の香りだけでなくフェロモンも発散しているのでは?」

「視覚」「我が唯一の望み」


 ⇒「一角獣の角に触れる貴婦人やお菓子をつまむ貴婦人。ひとつずつみていくうち,自分の体のなかで変化が起きているのに気づく。タペストリーに刺激され,五感が研ぎ澄まされていく感覚。不思議な心地よさだ」

 ⇒「あふれんばかりの宝石を手にする貴婦人と,背景の天幕の銘文『我が唯一の望み』(この指摘に関連する画像は,ここでは掲出されていない)を手がかりに,さまざまに論じられてきた。第六感,心,知性,精神という説,銘文から愛や結婚ではないかという解釈もある」
 
 これらの文章(解説)における表現(修辞)からは,「幻想・フェロモン発散」「体のなかに変化が起きる」「不思議な心地よさ」だとか,「第六感,心,知性,精神という説,銘文から愛や結婚ではないかという解釈」といった字句に,とくに注目しておくことにしたい。

 2)若干の疑問

 さて,星野知子の芸術鑑賞に関する前段の記述は,なにかが不足していたように感じた。実は,そのわけを説明するのが,本日のこの記述の主眼であった。

 テレビ放送で動物の世界が紹介されるとき,動物園のパンダや人工繁殖の助けを借りてその個体数をふやしているコウノトリのカップルが,とうとう「仲良く結婚(=交尾)にこぎ着けました」などと形容され,子孫を儲けることに成功した事実がメデタク報道される。

 しかし,そこには動物の本能以外,人間の世界でい う愛や結婚に相当するものがあるわけではなく,あくまで人間の世界に譬えての美辞麗句(!?)である。

 動物の世界におけるようにそこまでは,はっきりと表現されてはいない。だが,それよりもかなりまえの段階において,しかも意識的に抑制されたかたちでもって,深層心理における「人間の性意識・性衝動」にかかわらしめたとでも思われるような,

 それも,格別に芸術的な表現方法によって,しかも上等に制作された「具体的かつ抽象的な〈タペストリー:つづれ織り〉作品」が,この「貴婦人と 一角獣」ではなかったか。

 補注)その「貴婦人と一角獣」の画像に関する箱崎総一『広告と性』ダイヤモンド社,1967〔昭和42〕年)の精神分析学的な解説のための画像は,前述において指示した本ブログ,2024年5月26日の記述が紹介していた。

〔本文に戻る→〕 この「名称〈貴婦人と一角獣〉という組みあわせ」そのものからして,遠まわしでする『女性と男性という存在一般の性的表現による《いいかえ》であった』関係は,過日の分析(「広告と性」)によってすでに示唆したところである。

 今回,この「貴婦人と一角獣〈展〉」の開催によって日本で公開されるこの文化遺産は,同じ動物でも,そして同じ性の問題であっても,「われわれが人間である」がために,こちら側における含意となる場合,芸術作品として意図的に「障碍物的な仲介・中間項」が置かれ,なんらかの意味づけも試みられる。

 換言すれば,「性をじかに語らせず」「高尚な形式関係で表現させ」ようとする「隠された制作目的の作用・効果」が,そこには入りこみ・潜りこみ・絡みつき,そして,表現され・発揮され・昂揚されることになる。

 その操作・介在のことは芸術だといえばそうであって,この芸術の手がくわえられて創作された作品にはそのようにして,ある『なにもの』かを訴えようとするための《投企》(とうき)が意識させられている。

 「人間の精神」側における受け皿の問題として,この作品〈タペストリー:つづれ織り〉を製作した人間〔たち〕が, いったいどのような想いをこめて創ったのかと考えてみる必要がある。

 この芸術作品はあえて,われわれを想像の世界に高く誘導するかのように感じられるとともに,そこには,具象でもある「現実の底:深層心理」を密かに用意しておき,これを抽象的・故意にだが,無意識のうちにものぞかせようと意図している。

 しかし,以上のような解釈をこれすべて,フロイト大先生流に,精神分析学の深層心理にむすびつけて解釈をほどこしてしまい,十分に判ったつもりになってしまうと,このみごとな芸術作品を観たら興ざめする人もいるかもしれない。


 ※-5 ジークムント・フロイト(Sigmund Freud,1856-1939年)の解説

 フロイトは,オーストリアの神経病学者,精神分析の創始者である。オーストリア・ハンガリー二重帝国に属していたモラビア地方の小都市フライベルク(現,チェコのプシーボル) にユダヤ商人の息子として生まれ,4歳のとき一家をあげてウィーンに移住,1881年ウィーン大学医学部を卒業した。

ジークムント・フロイト(Sigmund Freud 1856-1939年)

 フロイトがもっとも興味を抱いたのは神経疾患であった。1885年,神経病理学の講師の資格を取得した。1885-1886年にかけて約5ヵ月間,パリの高名な神経病学者J.M.シャルコーのもとに留学し,催眠を研究するかたわらヒステリーの問題に関心を寄せる。

 ヒステリー患者の根本的治療を模索する開業生活のなかで催眠の限界を感じ,リラックスさせたなかで自由に心の葛藤を語ってもらう「自由連想法」からなる「精神分析療法」を開発する。

 神経症者の幼児期体験・性倒錯の存在ならびに自己分析の資料をもとに,すべての神経症はセックスにあるとする「性欲理論」や性のパワー「リビドー」の存在,「エディプスコンプレックス(母親への近親相姦愛)」,性的発達のなか含まれるサディズム的要素, 治療者によせる患者の憎悪的愛情(感情転移),死の本能,などの体系化に尽くした。

 著書としては大著『夢判断』1900年のほか ,『精神分析入門』1917年,『続精神分析入門』1933年,絶筆となった未完の『精神分析概説』 (執筆 は1938年で,刊行 1940年) などが有名である。

 フロイトの主張した芸術論・宗教論・文化論は,いずれも臨床知見からえられた人間の深層心理にもとづいており,今日でも評価が高い。

 註記)http://www.d4.dion.ne.jp/~yanag/kora6.htm このリンク先住所は現在,削除。

 --以上の話題について断わっておく。

 フロイトの精神分析学は「絶対に正しい理論そのもの」などでは,けっしてない。しかし,心理学を応用した医学・医療のための理論分析の方法であり,「人間の性の問題」を中心に研究する学問的・実践的な研究志向としては,偉大な貢献を果たしてきた。

 「現在の知識をもってすれば,本書〔『精神分析入門』〕には荒唐無稽の点や訳の分からない点もなくはない。しかし,世紀の疾患である神経症に一生を捧げ,この難解な問題をはじめて巧みに説明したフロイド(ママ)の 功績を,私たちはすなおに認めなければならない」

 とくに,同書下巻は「不滅の価値をもっている」「精神病理および心理学の古典であ」る。「しかし諸君は精神分析の信者となるべきではない。私たちは,フロイドの神経症理論こそ,乗り越えられるべきものだと信じている」「神経症の究極の原因を『現存する社会構造』のなかに求めようとするのは,その一つの道であ」る。「ここにおいて,私たちは神経症が社会科学と自然科学がふれ合う地点にあるのに気づくのである」

 註記)ジークムント・フロイト,安田徳太郎訳『精神分析入門 下巻』角川書店,昭和29年,「訳者よりはじめに」5頁 参照。

  「フロイトとその後継者たちによって世界中に広められた『精神分析』という神話を,行動療法を体系化した現代の代表的臨床心理学者である著者が,豊富な体験,データ,知識をもとに徹底的に批判,解体する画期的作品」として,H.J.アイゼンク,宮内 勝・ほか共訳『精神分析に別れを告げよう-フロイト帝国の衰退と没落-』批評社,1988年もある。

 このへんの歴史的な事情・理論的な解釈などについてくわしく説明した文献は,専門書の研究がいくらでもある。ここでは,インターネット上で手っとり早く読める文章として,たとえば,つぎの “フロイトの権威主義と父性原理が精神分析に与えた影響” と “弟子達との訣別” の参照を薦めておきたい。

【その後,刊行された関連の文献】  上山安敏『フロイトとユング-精神分析運動とヨーロッパ知識社会-』岩波書店,2014年9月。右側画像は,カール・グスターフ・ユング( http://hikosaka2.blog.so-net.ne.jp/2009-06-03 より)。

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