【音楽鑑賞記録】不安と音楽/「メリーの水槽」

　会話の経緯は省かせて貰うが、「朝聴いてきた曲に引っ張られて今めっちゃネガってる」というようなことを友人に言った時「なんで？」とシンプルに聞き返されたのをふと思い出した。その人がどこに疑問を持ってそう問てくれたのかが、いつまで経ってもわからなかった。私は「朝聴いてきた曲に引っ張られて」と一応理由を述べているからそこへの疑問ではないだろう。つまりはその先の「なぜその曲（ネガティブな気持ちにさせる曲）を聴いてきたのか」が疑問に思ったのかもしれない。

　きっとその人の中での「音楽」の概念は「自分を鼓舞してくれるもの」「自分を幸福にしてくれるもの」であるなかな、と思う。すごく純粋そうな子だから。もちろんそれも素敵。私も自分にとっての応援歌みたいなのあるしね。
　それもひとつの良い音楽だけど、私にとっては心の中をごわつかせるような曲もまた「良い音楽」であると思っている。音楽を聴いて「なんか不快な気分になるな」「ちょっと気持ち悪いかも」というネガティブな情動も魅力的である。（強いて表現するなら、小学生の頃停電しそうなくらい雷も鳴る豪雨の日に親の迎えを体育館で待機しているときに感じた不安な感覚とか、プールの後母親の胎内に縋りたくなるような懐古的な感覚が近しい。）
　他にも、音楽に時間を閉じ込められる感覚もとても好きである。私は気に入ったものを飽きるまで繰り返す人間なので、ハマった音楽も飽きるまで永遠にリピートする。だから、音楽に時間の概念が大きく付随する。このアーティストの曲を聴くと冬を思い出すわ。あのアーティストのあの曲を聴くと6年前の夏の夜のあの気持ちを思い出すわ。ってまるでプルースト効果のように閉じ込めた時間が溢れ出す。いや、その時間に一気に引き戻される。その感覚がたまらなく好きである。

　私が音楽を聴く上で惹かれる感情というのは、得体の知れない懐古心や不安や、明確な過去の記憶や感情など、どれも過去に起因していて、自分を自分という殻の中に閉じ込めるようなものなのかもしれない。

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　最後に一つ、あの日の朝に聴いていた音楽の紹介。

　『メリーの水槽』　制作：FILEIN    ボーカル：星界

　これはあるライブに行ってる時、会場内BGMのひとつにあった曲である。特に気に留めることなくスマホをいじって開演を待っていたら、無機質な歌声が「具体的な神だけが残された」と歌い、私の耳を貫いた。とてつもなく衝撃的な歌詞だった。衝撃すぎて初めて場内BGMを検索にかけたかもしれない。調べてみれば、この歌の歌詞は思考実験に関連する言葉たちがいくつも連なっているのだそう。例えば、曲名の「メリーの水槽」も「メアリーの部屋」と「水槽の脳」から取られているのであろう。
　「メアリーの部屋」とは、1982年に哲学者のフランク・ジャンクソンによって提出されたものである。白黒の部屋で育ったメアリーは生まれてから今まで“色”を見たことがない。そして、彼女は視覚生理学を専門としており、光の特性、眼球の構造、網膜の仕組み、視神経や視覚野のつながり等を理解している。もちろんどういう時に「赤い」「青い」と表現するのか、というものも理解している。メアリーは視覚に関する物理的事実を知っているのだ。では、そのメアリーが白黒の世界から解放され“色”を目にした時、彼女は何を学ぶのだろうか？といったものである。
　「水槽の脳」は、1982年に哲学者のヒラリー・パトナムによって「今我々が体験している世界は、実は水槽に浮かんである脳が見ている夢なのではないか」というものを定式化された仮説である。ときに言葉の意味や事物等の“実在性”を問うものとして使われる言葉である。
　他にも「中国語の部屋」「テセウス（テセウスの船）」等の思考実験の名称や実験に連想されるものが次々と歌われていく様は、言葉を選ばなければ「気味が悪い」という感情に近い。“実験”また“思考実験”が内包する閉鎖的な印象や、冒頭の雨音や水槽という言葉等の水がもたらす懐古心を擽るような感覚たちが、不安や不快を味合わせてくれるのだ。けれど、不安であるからこそ何か母の肌のように暖かく、タオルケットのようにかつて私を包み込んでいてくれたようなものに縋り付きたくなるよう感覚が、妙な心地良さを生んでくれる。その感覚に溺れてしまいそうになるのが無性に生暖かく心に染み入るのだ。

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　何故この音楽が好きなのだろうって意外と言葉にしない。上手くはできないが、多少は伝わりやすい形になったような気がする。音楽をどう聴いているとか、自分の解釈はこうだ、なんてものは人にひけらかすようなものではないが、1人勝手に連ねる分には楽しいもんだな。またしてもいいかもね、音楽鑑賞記録。
　まあ、誰にも届きませんように、私だけの閉じた感情であり続けてほしい、と本当は願っておきたい。

〈参考記事〉
水槽の脳　Wikipedia  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%A7%BD%E3%81%AE%E8%84%B3
メアリーの部屋　Wikipedia  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%81%AE%E9%83%A8%E5%B1%8B