キラキラの沼
ビーズ手芸を始めたきっかけは2022年にギランバレー症候群を発症したことであった。
病気により巧緻(こうち)作業といってボタンをとめる、はずす・靴紐を結ぶ・箸でものをつまむといった細かい作業が全く出来なくなってしまった。
指先の動きや感覚が少しでも早く戻れば…という願いをこめてビーズ手芸を始めた。
最初はビーズプッシュというものからチャレンジした。
発泡スチロールにイラストが描かれたシールを貼り、説明書の指示通りに色とりどりのビーズをピンで刺していく。
なんだ、簡単そうじゃないか。
ところがいざやってみると私の指ではピンやビーズをつまむのも一苦労だった。
なんせ私の指はピンやビーズの感触が一切ない。
ビーズはまるで私をからかうかのようにあっちへこっちへコロコロと転がった。
転がった先でまた掴みそこねてコロコロ、またコロコロ…。
「所要時間は数時間」と書いてあった気がするが、私の手では2週間かかった。
完成したときは本当に嬉しかった。
Twitterに投稿したり、家族や友達に見せたりしたところ優しい皆は口々に「すごい!」「器用!」とほめてくれた。
すっかり調子にのった単純な私はここから一気にビーズの沼へと沈むことになる。
おいでませビーズ沼。
よく見るとこのウサギもどことなくあざと可愛い顔をしている。
このウサギがビーズ沼からの使者のように思えてきた。
もっと細かいものはないかな〜と調べているうちにとうとう出会ってしまった。
ビーズデコールというものに。
サイズも形も様々なビーズやスパンコールなどを、色紙に描かれたイラストに糊で貼り付けていく。
ピンセット、ハサミ、爪楊枝…必要物品を見ただけで如何にも細かそうである。
私は基本的にチマチマした細かい作業や単調な繰り返しの作業は嫌いではない。
むしろ好きなほうだ。
無心になれる。
人より多めの煩悩も振りはらえる。
こうして、看護師の仕事が終わると急いで帰宅してチマチマチマチマとビーズデコールにいそしむ日々が始まった。
疲れているのに、誰に頼まれたわけでもないのに、もちろん一銭にもならないのに一心不乱にビーズをピンセットでつまみペタペタと貼っていく。
この小さなビーズやスパンコールをどんどんどんどん並べて貼りつけていくと最後はどんな仕上がりになるのだろう。
さぞかし素敵なんだろうな。
ああ、完成したところが早く見たい!!
明日も早い、もう寝なきゃ…でもあとビーズ3個だけ…いや、あと5個だけ…ここ1列だけ……
……ビーズには中毒性がある。
こうして初めてのビーズデコールは完成した。
なんやの♡簡単やないの♡
東北出身の私から思わず関西弁が飛び出すほどゴキゲンな出来上がりだった。
ますます調子にのった私は次々とビーズデコールを仕上げていく。
♪♪楽しいねぇ♪♪
最近は調子にのりすぎて勝手なアレンジまで加えだす始末である。
「このへんもう少し色味ほしいかな~」
「ここちょっとパンチ弱いな~」
「これは重たいか。やりすぎ〜!」と、それっぽい独り言もちゃんと言っている。
ネットでも「使いやすいピンセット」や「高級ピンセット」を検索しまくっている。
お道具セットには推しのステッカーも貼っているし、推し猫もんたに見守られながら作業している。
至福の時間である。
まだまだ作ってみたいものがあり、とうぶん飽きそうにない。
最近は初めてテグスでパーツを編むということにもチャレンジした。
退院後、思い通りに動かない手足に落ち込んだ時期もある。
医療行為が行えない以上、看護師として完全復帰を果たすことはかなわないのではないかと不安であった。
なぜ治らないのか、いつ回復するのか不安と焦りで眠れないこともあった。
しかしビーズ手芸の沼におちてからは「ちょっとでも楽しく回復を待とう」という気持ちになれた。
ビーズ手芸を始めてから指の動きは格段に良くなっている。
もっともっと細かく、難しいものにチャレンジしたい。
私が生息しているキラキラのこの沼は、色とりどりのビーズやスパンコールで出来ていてとても居心地が良い。
このままずっと沼っていよう。