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入学式と宝物

入学式の季節がやってくる。

小〜高の入学式はほとんど記憶にないが看護学校の入学式だけはハッキリと覚えている。
私にとって大きな出会いがあったからだ。

寮生活となる私は入学式の数日前に「入寮式」というものを済ませていた。

入学式の日は水色のワンピースの上に真っ白なエプロンスカートというユニフォームに身を包み、寮から学校へと向かった。
(私の卒業校は付属の病院があり、病院も学校も学生寮も職員寮も全て同じ敷地内にあった)

教室に入ろうとしたそのとき「ねえねえ、入って良いのかな?ちょー緊張する〜!」と後ろから声をかけられた。
振り向いた私はビックリした。

アダモちゃん!!!!

アダモちゃんが看護学校に入学するはずもなく、よく見るとアフロヘアの色の黒い女の子が立っていた。

…背…でか…!!!…

正気の沙汰と思えない厚底のポックリ靴を履いている。それも木で出来ている。
鮮やかな(目に優しくない)ターコイズブルーのラッパズボンに、上は白のパイル生地の七分袖だ。
胸元に変なワッペンまで付いている。

皆ユニフォーム着てるのに。


彼女は「ねえねえ、寮生なの?寮マジうらやますぃ〜!あっしは電車なんだけどマジでラッシュうぜー!」と馴れ馴れしいほどベラっベラ話し始めた。

私と一緒にいた寮生たちはアフロの勢いにおされ、私のことを置いて教室へと入っていく。

1人の教員がアフロの彼女を見て叫んだ。

「ちょっと!アナタ!!面接のときに言ったでしょう?髪型は入学式までに直してきなさいって!」

「なんてカッコしてんのよ!早くユニフォームに着替えなさい!」とも。

彼女は教員の言葉など全く気にもとめずヘラっと笑いながら

「だってさ〜美容院が混んでて間に合わなかったからさあ〜。着替えるけど更衣室どこ?」

と答えた。
彼女は生意気な様子や嘘をついているようには見えなかった。
おおかた美容院の予約を忘れてて思い出した頃には予約がいっぱいだったのだろう。

怒られたあと私の方を見て「へへへ」と笑う顔が可愛かった。

更衣室へと連行されていく後ろ姿をみると、ポックリ靴に合わせてアフロヘアがボワンボワン揺れていた。

その後オリエンテーションが始まり偉い人たちが退屈な話をしている間、アフロから小さく丸められた手紙が届いた。
ラブレターフロムアフロ。

手紙を開くと、目の前の檀上で退屈な話をしているジイさんの似顔絵が描かれていた。

無駄に上手であった。

彼女のほうを見るとコチラをみて舌を出して笑っていた。

式のあと集合写真を撮るときも彼女はいつの間にかスルリと私の隣に並んだ。
出来上がった写真を見ると彼女の大きなアフロのおかげで私の顔が小さく見えた。

彼女と私はあっという間に仲良くなった。
通学生だった彼女はだんだん寮に入り浸るようになり、1年生の秋にはとうとう入寮して来た。
朝から晩まで「かをちゃん!」「かをちゃん!」と私にくっついていた。

彼女が自室で過ごすことはほとんどなく、寝る時は私の部屋の押入れで寝ていた。
私の同室だった先輩も彼女のことを「ドラえもんみたい!」と普通に受け入れていた。

アダモちゃんとドラえもんでアダえもん。

アダえもんは皆に好かれていた。
私も彼女のことが大好きだった。
役に立つ道具は出してくれないが、彼女は明るく元気でいつも何かしら歌っていた。
彼女といるととにかく楽しかった。

私と彼女は学生寮から数えて8年間いっしょに寮で暮らした。
8年間の思い出はどの場面を切り取ってもほぼ彼女がいる。
思い出がほとんどおそろいなのである。

料理が一切できない彼女のために、彼女の恋人のお弁当は毎日私が作っていた。
門限を破り真夜中の寮に忍びこもうとしているところを教務に見つかリ、あぜ道を2人で全速力で駆け抜けた。
扁桃腺炎で寝込んでいる私に「おかゆを作ったから死なないで」と半べそで持ってきたものは明らかに「白米に熱湯を注いだもの」だった。
国試の前日に宿泊したホテルも同室だったがプロレスをしているうちに本気のケンカに発展しそうになった。
転職のため私が東京に引っ越すことを決めたとき、不貞腐れた彼女は1ヶ月も口をきいてくれなかった。
彼女は私の兄に4回「好きだ!結婚してくれ」と告白し4回とも「絶対イヤだ」とフラれていた。(そのつど兄に「なんだよ!ばか!」と悪態をついていた。)
そして兄が亡くなったときは1番派手に泣いていて、私が彼女を慰めるはめになった。

現在彼女は結婚しており二児の母でもある。
家事と子育てをしながら現役の看護師として働き続けている。
(しかも彼女は卒業校の付属病院にずっと勤務している)
外科、救急、ICUと勤務し災害時にはDMATの一員として任務にあたった。
最近ではコロナ病棟の責任者もつとめた。

「かをちゃーん!ちょーぜつ忙すぃ〜よ〜!」「上がマジクソなんだけど~」「オニ人手不足〜」と相変わらずの口調ではあるが、彼女の口から「看護師を辞めたい」という言葉を聞いたことは1度もない。

私は彼女のことを心から尊敬している。
彼女のことが大好きだ。
出会った日からずっと好きなままだ。

彼女も私もお互いに年齢を重ね別々の日々を過ごし、おそろいの思い出は増えていかず止まったままだ。
忙しい日々のなか連絡をとる機会も減り「今年こそ会おうね。」と言い合うばかりとなってしまっている。

それでも今も私の心の中にはアフロヘアを揺らしヘラっと笑う彼女がいる。
落ち込めばピョコっと顔を覗かせて「かをちゃん!」と元気づけてくれる。
あの入学式の日、アフロの彼女が声を掛けてくれて本当に良かった。
彼女と一緒に過ごした時間は間違いなく私の人生の宝物である。