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酒と泪と祖父と牛

2月22日は猫の日として毎年はしゃいで過ぎてしまうが、母方祖父の誕生日でもある。
とっくに亡くなってしまったが、もし生きていたら今年で100歳になる。

祖父は福島の山奥でタバコ農家を営んでいた。咥えタバコで農作業をする祖父はとてもカッコ良かった。
普段は和装であり、巾着をぶら下げて袂に手を入れて歩く粋な人だった。
優しくてカッコ良い祖父が大好きだった。

しかし。

この祖父は母たちが幼い頃は大変なジジイだったそうだ。
たまにしか呑まない酒で悪酔いし、手がつけられない状態となるいわゆる「酒乱」だった。
ゴキゲンに歌っていたかと思うと急に泣き出し、急に怒り爆発しては当時まだ珍しく貴重だったテレビを窓の外へ放り投げたりしていた。

持続力のあるタイプのあばれる君だったため、祖父が暴れ出すと家族は素早く荷物をまとめてしばらく裏の山に避難しなければならなかった。
「地震カミナリ火事オヤジ」という言葉があるが、まさに災害と同じカテゴリに分類されるべきジジイである。

ある夜、祖父は珍しく子ども達から責めたてられた。
「お酒を呑む父ちゃんは嫌い!」
「母ちゃんが可哀想だ!」
「お酒なんて飲むな!」
祖父は子どもに責められショックを受けたのだろう。
「よーし見てろォォ〜!!」と裸足で家を飛び出していくと、なぜか牛小屋から牛(花子♀)を連れてきた。
予想外の展開に家族はもちろん花子もおったまげたことだろう。
悲鳴を上げて逃げ回る家族。
ワケも分からず土間に通される花子。

土間に牛。 

ことわざのような響きだが、ただのジジイの迷惑行為である。
ドナドナならぬ土間土間だ。
(読んで下さっている方もぜひ歌ってみてほしい。)
ひとしきり暴れて祖父が眠りこけた後、祖母によって牛は小屋に連れ戻され一件落着となった。

さて。
母は6人兄妹であるが、祖父のことを悪く言う者は誰1人としていない。
祖父のあばれる君エピソードを「あれは笑ったねえ」「こんなこともあったよねえ」と楽しそうに話している。

それはきっと普段の(酒を飲まないときの)祖父の愛情深さが理由であろう。

就職のために上京した母のもとには祖父からの手紙がしょっちゅう届いた。
朝早くから夜遅くまで働きづめだった祖父はいつ手紙を書いていたのだろう。
経済的な理由から、大切な娘を15歳で遠く離れた都会へと働きに出さなければならなかった気持ちはどんなものであったろう。

いつか見せてもらった母宛の手紙には「昨夜おまえの夢を見たので手紙を書いた。元気でやれ。」と達筆な文字で書かれていた。
祖父の深い優しさや葛藤が伝わってきて私まで泣きたくなった。

いつぞや土間に連れてこられた牛の花子にも、祖父が本当は優しい人だということが伝わっていてくれたら良いのだが。




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