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先輩と添い寝


実習生さんと学生寮の話になり、今の時代の寮と私が過ごした学生寮との違いに愕然とした。
今は寮と言っても普通のマンション暮らしとほとんど変わらないのだな、と驚いた。

私の学生寮は上級生との二人部屋だった。(と話しただけで今の学生さんは悲鳴をあげた。)
広さは6畳ほどで机が背中合わせに2つ。
布団を敷くと先輩と添い寝状態である。

テレビ、クーラーなし。
炊飯器、ポット、扇風機、ラジカセなどの電化製品は部屋に各1つまで。
ほとんどの電化製品を既に先輩が所有しているため、1年生は衣類と日用品以外は何も持てない生活が始まるのである。

実習生の1人が言う。
「それ本当に寮ですか?」

寮である。

何か悪いことをして入ったわけではない。
お風呂、トイレ、洗面所、洗濯機も全て共有。
トイレくらいは部屋にあるだろうと思い「ウ○コの臭いで先輩にいじめられたくない」と実家から持参した消臭剤「トイレその後に」は完全に無駄となった。

同室の先輩は九州出身の美人だった。
気さくで優しく、買ってきた野菜を床に放置してはしょっちゅう芽を出させているような大ざっ…大らかな人だった。

私がホームシックになったときは遊びに連れ出してくれた。
美味しいカレーも作ってくれた。
私が風邪をひくと看病をしてくれた。
恋バナで盛り上がった。
バイト帰りには時々お土産を買ってきてくれた。
先輩は夜中まで勉強をしていた。
ぐうぐう眠る私のために灯りをおとし、どてらを羽織り勉強する先輩の後ろ姿は今も簡単に思い出せる。

2年生になり先輩との相部屋も終わりを迎え、今度は私が先輩となった。
後輩のお世話をする気まんまんで張り切っていたが、私の部屋の1年生は夏休み前には素行不良で退寮および退学となった。
(悪さをして入るようなところから悪さをして出て行った)

ひょんなことから個室ゲット♪

たちまち私の部屋は同級生たちのたまり場となり、喫煙所および花札の賭場へと化した。
教務主任による寮内の抜き打ちチェックのたびに花札やタバコを窓からぶん投げて捨てていたため肩は強いほうだと思う。

月日は流れ、あの優しかった先輩が卒業式を迎えた。
寮のしきたりで、卒業生の胸にブーケを着けるのは先輩と同室だった後輩の役目であった。

卒業を迎えた先輩はとても凛々しく見えた。笑顔は変らないのに、急に遠い存在のように思えて寂しくなった。
泣いてしまいそうなのをこらえて「おめでとうございます」とようやく言い、先輩の胸元にブーケを着けようとしたが指が震えてなかなか上手くつけられなかった。
先輩が手を貸してくれた。
最後の最後まで先輩は私の世話を焼いていた。

マンションのような寮での生活は一人の時間や他人との距離を保つことができ快適かもしれない。
しかし私が過ごしたあの学生寮だからこそ経験できたことは多く、当時の日々は私の宝物となっている。
私はあの学生寮で良かった。
先輩との添い寝の日々を私はずっと忘れないだろう。







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