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俳句を読む

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2023年10月の記事一覧

俳句を読む 22 松尾芭蕉 起きよ起きよ我が友にせんぬる胡蝶

起きよ起きよ我が友にせんぬる胡蝶 松尾芭蕉

現代詩が昆虫をその題材に扱うことは、そう多くはありません。かすかに揺れ動く心情を、昆虫の涙によって表したものはありますが、多くの場合「虫」は、姿も動きも、人の観念を託す対象としてはあまり向いていないようです。片や、季語がその中心に据えられた「俳句」という文芸においては、間違いなく虫はその存在感を存分に示すことができます。季節の中の身動きひと

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俳句を読む 21 伏見清美 紙風船紙の音してふくらみぬ

紙風船紙の音してふくらみぬ   伏見清美

紙風船といえば、まず思い浮かべるのは、掌ではねて幾度も空へ打ち上げられる図です。その図から、未来への希望や願い事、あるいは空の大きさへと連想はつながります。この句が新鮮に感じられるのは、そういった誰しもが持つ感覚ではなく、もっと手前の視点から風船を描いているからです。季語は風船、やわらかく膨らむ春です。作者は、空に打ち上げられる前の段階に目を留めます。三

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俳句を読む 20 辻貨物船 人参は赤い大根は白い遠い山

人参は赤い大根は白い遠い山 辻貨物船

辻貨物船は辻征夫さんのことです。かつて、新聞記事で辻征夫さんの死亡を知り、急ぎ通夜に向かった日のことを思い出します。辻さんとは若いころに、詩の雑誌の投稿欄の選者として、一年間ご一緒したことがあります。投稿の選評が終わった後に、小さな雑誌社の扉を開け、夜の中にすっくと立つ背筋の伸びた辻さんの姿を、今でも思い出します。「貨物船」から降ろされた多く

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俳句を読む 19 桑原三郎 回りつづけて落とすものなし冬の地球

回りつづけて落とすものなし冬の地球 桑原三郎

星と星が引き合う力を、孤独と孤独が引き合っていると言ったのは、谷川俊太郎です。地球が回っているのに、自身の表面から何もはがれてゆかないのは、たしかに引力というさびしさによるものなのかもしれません。生きるということは、大地に引っ張り続けられることです。この句の視線はあきらかに、大空を見上げるものではなく、地球を側面から、あるいは鳥の目で見下ろしてい

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俳句を読む 18 岡崎清一郎 木枯や煙突に枝はなかりけり

木枯や煙突に枝はなかりけり 岡崎清一郎

詩人、岡崎清一郎の句です。季語は木枯らし、冬です。語源は、「木を枯らす」からきているとも言われています。「この風が吹くと、枝の木の葉は残らず飛び散り、散り敷いた落ち葉もところ定めずさまよう」と、手元の歳時記には解説があります。垂直に立つ煙突を、木枯らしは横様に吹きすぎます。煙突を、枝のない木と発想するところから、この句は生まれました。その発

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俳句を読む 17 奥名房子 湯屋あるらし小春の空の煙るかな

湯屋あるらし小春の空の煙るかな   奥名房子

のんびりとした冬の一日(ひとひ)を描いています。季語は「小春」、春という字が入っていますが、冬の季語です。冬ではあるけれども、風もなく、おだやかで、まるで春のように暖かい日を言います。湯屋とは、もちろん風呂屋あるいは銭湯のことです。「ゆや」というヤ行のやわらかい響きが、その意味になるほど合っています。「あるらし」と言っているところを見ますと、地元の風

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俳句を読む 16 五十嵐播水 暦売る家あり奈良の町はづれ

暦売る家あり奈良の町はづれ 五十嵐播水

カレンダーというものは、今でこそ10月くらいからデパートでも書店でも売っています。また、酒店や会社からただでもらう機会もすくなくありません。しかし昔は、「暦屋」なるものがあって、特定の場所で売られていたようです。たかが印刷物ですが、やはり印刷された数字の奥には、それぞれの日々がつながっており、人の生活にはなくてはならないものです。「古暦」とい

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俳句を読む 15 鷹羽狩行 午後といふ不思議なときの白障子

俳句を読む 15

午後といふ不思議なときの白障子 鷹羽狩行

季語は「障子」、冬です。けだるく、幻想的な雰囲気をもった句です。障子といえば、日本の家屋にはなくてはならない建具です。格子に組んだ木の枠に白紙を張ったものを、ついたてやふすまと区別して、「明り障子」と呼ぶこともあります。きれいな言葉です。わたしはマンション暮らしが長いので、障子とは無縁の生活を送っていますが、それでも子供

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