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人の死なない仕事

新卒でデザイン会社に入社した。営業企画という何屋か分からない部署だったが、その通り何でもやった。お客様に新しい販促物の提案をしたり、デザイナーに渡すための指示書を作ったり、発注先の印刷会社に価格交渉したり、請求書を作ったり、ネット記事の撮影に同行したりと忙しい毎日だった。

劣悪な労働環境で働かせる会社のことを、ブラック企業と呼ぶが、当時の上司いわく、うちの会社は「オフホワイト企業」だそうだ。あくまで白に黒を足しているという考え方があさましい。

制作物のほとんどは販促用のポスターとかチラシとか。あれ、簡単に作られているように見えて実は大変なのだ。文字も多いし、細かいし。特に「価格」が入ってるのがマズい。山形県産と山口県産を間違えてもさして誰も気にしないだろうが、100円と1000円を間違えれば大問題なのだ。

そういった制作物を作るために必要な工程のほとんどはチェック作業。原本と制作物が相違ないかのチェック。来る日も来る日もチェック。営業から戻って、23時からB2サイズのチラシの端から端までチェックするのを想像してみてほしい。終電?なんのための自転車通勤していると思ってるんですか。

当時の僕はミスに対して過剰なまでに怯えていた。納得するまでチェック作業を繰り返し、無駄な時間を使っていることは薄々自分でも気づいている。それでも、チェックを疎かにしてミスするくらいなら、自分の目で納得するまで確認しよう、と勇んでいたのだ。

ある日、オフホワイト上司と二人で商談に行った。車で片道3時間の道中、仕事の話になった。他の会社と比べてどうかという話の中で、上司がこんな
ことを言った。


「ま、この仕事でミスしても人は死なんからなあ」


少しだけ、肩の荷が下りた気がした。
世の中にはいろいろな仕事がある。中には命を預かる仕事や、命を助ける仕事もある。職業に上下を付けたいわけではない。命にかかわろうがかかわらまいが、需要があるから仕事が存在するわけで、みんな一生懸命働いている。ただ、チラシに載せる商品の山形県産を山口県産と間違えようが、100円を1000円と間違えようが、誰も死ぬことはない。

上司はきっと僕の悩みや不安なんて、気づいてはいなかっただろう。何気なくこぼしたその一言で、もう少しこの会社で頑張ってみよう、と思えたのだった。

その帰り道、眠すぎて運転中の手元が狂い、ぐっすり寝ている上司をあの世に送りかけたのは秘密。

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