見出し画像

【短編】知ってたよ。

スタジオに入ると、彼はおもむろに音楽を流しました。

彼の好きなアーティストの、
彼が一番好きな曲。
彼のスタジオ名は、この曲のタイトルと同じ。
スタジオのコンセプトもこの楽曲から。

私は知っていた。

夕方から、パーソナルレッスン。

2か月ぶりかな。

少し緊張ぎみにスタジオに入った。

いつものレッスンとは違って
パーソナルの時は、
お互いに自然体になれる。

なんだろう。
この空気感は。
禁欲的でありながらも、

色々、近い。

レッスンが終わって、

この曲は?

あ、えっと、適当に選んだだけで・・・
ゆみ先生がこの曲かけてたのかなあ?

(・・午前中のゆみ先生の時は、違うプレイングリストだったよ)

私は知らない素振りをした。


そか、綺麗な声ね。
なんていうアーティスト?

彼は、アーテイストの名前を答える。
まるで、そこまで詳しくは知らない、
といった感じで。

好きなアーティストで、って答えない彼。
このかわいいウソはなんだろう?

私は知ってた。

でも、知らないふり。

彼の大好きな曲につつまれながらのレッスン。
時折、詩を口ずさむ彼。

冬の夜は早い。

スタジオを出る18時を過ぎたころには
もうすっかり夜。

また、火曜日に!

スタジオの外に出て寒そうに肩をすくめ
私を見送ってくれた、
彼。

私の黄色の自転車を見る彼の顔は
やさしく、なんだかあったかくて。

スタジオに流れていた曲を聴きながら
今は、note。

大好きなトマトソースを作りながら。
ほどよく酔いながら。

私、知ってるんだよ。
あなたが大好きな曲なんだってこと。

でも、

ウソついてくれたほうが
なんだか嬉しいのは何故なんだろう?







この記事が参加している募集

#恋愛小説が好き

4,965件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?