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12番 天つ風雲の通ひ路             僧正遍昭

今橋愛記

あまつ風雲の通ひ路吹き閉ぢよをとめの姿しばしとどめむ   僧正遍昭そうじょうへんじょう   〔所載歌集『古今集』雑上(872)〕 

歌意 
空吹く風よ、雲の通い路を閉ざしておくれ。天女の舞い姿をしばらくこの地上にとどめておこう。 

『原色小倉百人一首』(文英堂)

貴族や国司の家の、婚礼をとりおこなっていない娘の中から選ばれた、たった4、5名の乙女たち。
とてつもない美少女ということになるだろう。
その乙女たちが十一月の新嘗祭にいなめさいで、五節ごせちの舞姫として舞を披露する。

僧正遍照ら、見ている貴族たちは、その舞の美しさに、さぞ心が踊ったことだろうと想像する。
終わらんとって。もうちょっと見ときたい。
そのこころが、

をとめの姿 しばしとどめむ 

になる。
それほどまでに うつくしく、魅了された、ということなのだろう。
気持ちは分からないでも、ない。

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けど、なんか あかんと思う。
天女、帰られへんようにしてるやん。

こんなことを思う自分の事を、
とんちの解らない無粋な人間だなあと思ったが、

今更ながら目を通している『トリビュート百人一首』で歌人・望月裕二郎が、 

詠われている「女子」に注目していたら、訳じゃなくて返歌になってしまった。」と次の歌を寄せている。

いつまでも女子とよぶなよわたしだって人ごみで人おしやるこころ  望月裕二郎

『トリビュート百人一首』(幻戯書房)

この角度で作りたくなるの分かるわ。と、わたしは膝を打つのだった。

望月は、当時の僧正遍昭の熱視線についても理解した。
そして、この熱視線には、ちょっとそのまま乗られへんなあと思った。
だから乙女の「こころ」、
よぶなよと怒る、甘くない乙女心で返した。

若い男性でありながら、
乙女心に反転させる感性を持ったこの人の歌集を読んでみたいと思った。

翻案では、僧正遍照の熱視線を弾きとばす、鹿のような乙女を立ちあげた。
乙女同様、鹿も甘くはないだろう。

もっとよくみたいとあなたにみられてるとき 
うつくしい鹿になりたい           今橋 愛
 

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