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ギリ19歳が行く、インド一人旅🇮🇳⑥

⚪︎ここにきて遂に、、、
3月11日(土)バラナシ→ニューデリー


  5時50分くらいにルームメイトたちがゴソゴソと動き出し、そこで目が覚めた。急いで準備をして集合時間の6時、共有スペースに6人が集まっていた。空はまだ暗い。暗すぎて路地に落ちている牛のうんちを踏みそうになる。ガンジス川、ガートに着くと次第に空は赤く染まっていく。太陽は見えないが明るくなってきた。

  早朝に沐浴している人もたくさんいる。人の数は日中に比べて若干少ない。昨日誘ってくれたリーダー的存在の写真家のDさんが沐浴している人たちの写真や動画を撮るために一時離れた。個々に写真を撮ったり、少し散歩したり、それぞれの行動をとっている。

  6時20分、赤い太陽がガンジス川越しに出てきた。朝日とガンジスは壮観な光景だった。朱色に染まるガンジス川は昨日見たガンジスとは違う顔をしている。言葉が出ない。語彙力を失って、はぁぁ〜としか言えない。そのくらい美しい景色だった。6人が合流し、Dさんのお高いカメラで写真をたくさん撮ってもらい、ボートに乗ることになった。

朝日とガンジス川①
朝日とガンジス川②
朝日とガンジス川と祈る人

  Dさんのこだわりでエンジンボートよりも音が気にならない手漕ぎボートに乗ることになった。手漕ぎボートは誰かが交渉し、すでに手配されていた。ボートに6人で乗り込んだ。木の椅子の上にはガンジスの水が溜まっている。できるだけ触りたくないので、必要以上に気をつける。ここにきて体調を壊したくない。ボートはガート周りをチャポン チャポンと音を立てながらゆっくりと一周した。なんとも言えない落ち着いた時間だった。そして、乾季により対岸の砂漠に行くことができる。そこにボートは向かうことになった。

おしゃれな写真やな〜

  ボートは陸地に限りなく近づいた。しかしボートを降りるとき、どう頑張ってもガンジスに足が浸かってしまうのだ。ここまでガンジスの水に触れないように、触れても少しだけ、すぐに手を洗っていたのに、強制的に沐浴をしなければいけないことになった。覚悟を決めてボートを降りた。案の定ふくらはぎまでガンジスの水に浸かった。

強制沐浴

  陸地の砂漠に着くとすぐに、チャイの押し売りやラクダ乗りの勧誘、マッサージしないかと声をかけてくる。そして、みんなでチャイを飲むことになった。クッキーを貰い、熱々のチャイを飲み干した。やはり本場のチャイは美味しい。お店ごとに味が違い、個人的には生姜がふんだんに効いているチャイが好きだ。

世界一美しいチャイ屋

  チャイを飲んでいるとき、おじさんマッサージ師にしつこい勧誘を受け、他のメンバーが捕まっていた。頼んでもないマッサージをされて、そこそこ高い値段を請求されていた。それが微笑ましく、インドっぽいなと感じた。他のメンバーはラクダ乗りに捕まっていた。執拗な勧誘を断れず、ラクダに乗っていた。ラクダに乗り、数十分砂漠を歩き回っていた。時刻は8:45分、再び川を横断し、戻ることになった。

ラクダもええな
ネットから拾ってきたかのような写真

  ガートに戻り、Dさんは写真を撮りに行き、それぞれが川を眺めたり、写真を撮ったり、散歩したりと好きなように行動した。そして、ボートメンバーの1人、同い年のY君がいた。この子は昨日の夜に話した時も、今日の朝からもずっとガンジスに沐浴する機会を伺っていた。そして、ガンジスに沐浴している他の巡礼者と混じり、川に入って行った。なかなかチャレンジャーだ。沐浴すぐあとには元気だったが、結局彼は体調を壊したのだろうか。いつかまたどこかで会いたい。

  そして、ガンジスで日を浴びる。身体に心地よく突き刺さる朝日と、ほのかに漂う風。細胞まで染みるような感覚がある。ここには言葉にすることのできないパワーがあるかもしれない。そして、もしガンジスに行く機会があれば、ぜひガートで朝日を浴びてほしい。何かはわからないが、気持ちいい。

浴びてるね〜、さすが写真家Dさん

  一度、日本人宿サンタナに帰り、荷物を軽くまとめた。飛行機に乗るためにここバラナシを出るまで残り1時間。昨日の散歩中に見つけた路地裏の服屋に、昨晩じっくり話したTさんも一緒に行くことになった。せっかくなので、おいしかったラッシー屋やご飯屋さんを紹介しながら歩いた。服屋では友達へのお土産や自分用の服を買った。かわいい柄の服を買ったつもりだったが、今改めて振り返ってみると恥ずかくてこんな服は着れない。もれなくパジャマ行きだ。ただ、勇気を出してここで買った服を着ていくことがあるかもしれない。その時は全力でいじってほしい。調子に乗ってテンション高く買ってみたが、今は収納の奥底。宝石や高級品を調子に乗って買うよりも何十倍ましだ。今日もポジティブにいこう。

  これ余談なんですけど、ここで買った黒以外のズボンは透けてパンツが見える仕様になっている。例えパジャマでも、自分が履いてるパンツが透けて見えていたら恥ずかしくて仕方ない。隠してるつもりが隠せてない、そんなズボンはいやだ。
  にしても、ここバラナシは他の街と比べてハエが多い。牛の糞についていて、視界も遮ってくる。いつもハエを払っていたが、身体はそうはいかなかった。気づいたら全身16箇所腫れ上がっていた。痒みと痛みがあった。跡が今も残っている。

路地裏牛

  服も買えたので、サンタナに戻って荷物を持った。そして、スタッフやTさん、写真家のDさんとここでお別れをした。あくまでも旅の醍醐味の一期一会。ほんの一部の出会った人とはインスタ等を交換したが、ボートのメンバーの名前も思い出せなければ、ここまで出会った日本人のほとんどは今何をしているかは知らない。だが、日本のどこかにいる。改めて世界は広いなとしみじみと感じてしまう。

  Uberで空港まで700ルピー(約1200円)でいける事を調べていたので、それを基にリキシャと交渉した。そう簡単には見つからず、探し回った。そんなときに500ルピーでいいよと言われた。何度も確認し、少しは信用できそうだったのでそのリキシャに乗ることにした。そこから空港までリキシャを走らせた。

  人の量も多ければ、車の量も多い。砂埃が舞い、道はガタガタ。気温も暑く、日差しが肌に突き刺さる。街中を1時間走った。渋滞にも何度も巻き込まれた。そして、"Airport"の文字は一切見つからない。少し不安だ。念のため運転手に確認した。問題ないよ、と言われても、、。たまに道行く歩いている人にヒンディー語で何かを聞いている。聞いている内容は明らかに空港の方角だった。だから、私は心配や不安の気持ちはすっかり消えた。知らない道であっても空港に行くために何人にも声をかける姿は安心したものだった。

  そんな時に運転手から空港まで遠いから、プラス400ルピー、合計900ルピー(約1500円)請求された。これを断れば、変な場所で降ろされる可能性もある。いつもの自分、これまでの自分なら全力で戦ってたが、今日は最終日。今後ルピーの使い道もほとんどない。ただの紙切れになってしまう。頑張っている運転手に同情もしている。形だけの拒否をし、渋々納得したような顔をし900ルピーを受け入れた。

  道は次第に街中から田舎の雰囲気のある場所を通っていた。道路脇を歩いている地元の人と目が合うと99%の確率で二度見される。二度見するのも無理はない。大体の外国人、空港に行く観光客は車を使う。ケチってリキシャで空港に向かう人なんて稀だ。少しでも体制を崩すと落ちてしまいそうなリキシャから、目が合った地元の人に手を挙げる。ほとんどの人が笑顔で返してくれる。自分はこの旅でインドの人の笑顔が大好きになった。本当にいい顔をする。それに負けないくらい自分も笑顔だったが、あの優しい顔は忘れられない。もし、どこかでインドの人の笑顔が見ることがあれば、あいつあんなん言ってたな〜と思い出してくださいね。

  そして、リキシャで出発してから2時間経った。次は飛行機の時間に間に合うか不安になってきた。ふと気づくと、リキシャがバイクに抜かされる。リキシャよりもバイクの方が早い。多分2.30キロしか出ていない。ものすごく遅い。気持ちは焦る。こんな逆境はワクワクして仕方がない。インドの田舎で笑いが止まらない。何でこんな急に遅なってん、間に合ってくれよ、祈るしかないやんけ〜。怒る気持ちは一切湧かず、楽しくて仕方がない。逆境になればなるほど面白くなる。運転手と遅いよ〜、ハリー!、Go!Go!!と叫びながらリキシャは進む。そして、Airportの文字が見えた。そこからも肌感覚は長かったが、実際は数十分だった。市内からここまで約20キロで合計2時間半、離陸の1時間20分前に空港に到着した。仲間意識が芽生えたので、支払いも多めに払った。そして空港の中に入った。

余裕でバイクに抜かれるリキシャ

  少し離陸が遅れ、バラナシを飛び立った。ここからは飛行機に乗り、香港に行くだけだ。機内食はパイ生地の中身がよく分からないもの、マサラレモンジュースだった。パイ生地も食べられないことはないが、マサラレモンジュースはとんでもなく不味かった。口に合わないどころではなく、不味すぎて吹き出しそうになった。癖が強すぎるジュースだった。持ち帰って、このジュースを誰かに飲ませたいと思った。16時過ぎ、ニューデリーの空港に着いた。

ゲロまずジュース

  ニューデリーから香港までの飛行機の出発時間は日付をまたいで夜中の1時30分。約9時間空港で時間を潰すことになった。到着ゲートにある椅子に座り、時が過ぎるのを待った。疲れなのか座り続けるのがしんどくなっていた。寝転べるスペースを探し、上着を被り目を閉じていた。そして、寝転んでいてもしんどくなった。座っていても、寝転んでいてもしんどい、どうすることもできない。吐き気もしてきた。トイレに駆け込み、何度も試みた。吐くことでスッキリしたかった。しかし出るのはゲップだけ。

  再びイスに戻って落ち着くのを待つ。トイレの前にあるイスに陣取った。トイレとイスを何往復もした。友達から吐いた方が楽になるとアドバイスもらって、本気で吐きにいくことにした。便器の前に立ち、用意したのは"マサラレモンジュース"。キャップを開け、匂いを嗅ぐ。身体の中からゴロゴロと音が鳴った。マサラを一口飲むとほぼ同時に吐くことができ、スッキリもした。謎の達成感もあった。そして、マサラレモンジュースに感謝をした。しかし体調が悪いのは変わりなかった。すでに高熱だったはずだ。

インドの空港のトイレ、わかりやすい!

  時刻は20時すぎ、再びイスに座って時間を潰すことにした。スマホを見る元気もなく、ぼーっとする。スッキリすることができたので、出発ゲートに移動した。チェックイン時間まで電光掲示板が見える場所に座って待っていた。口の中も気持ち悪かったので缶のスプライトを買い、ちびちび飲んでいた。口の中はスッキリするが、半分ほどしか飲めなかった。

  22時過ぎ、チェックインが始まった。すぐに受付に行き、チェックインを済ました。香港で一度荷物を取りたかったが、それができないみたいだった。預けたバックには靴が入っている。つまり、寒くてもサンダルで残りは過ごさないといけない。それに、何よりも心配だったのはロストバゲージだ。とにかく無事を祈った。そして、後ろに日本人4人組がいたので少し話した。体調は良さそうだった。そのことしか頭がまわっていなかった。

このバックは150円くらい

  次に、保安検査場行った。命のマサラレモンジュースはここで無念の廃棄。預けていればと今も思う。誰かに飲んで欲しかった。出国審査では、前には5.60人並んでいた。それに続いて並んだが、立っていられなかった。しゃがんで待っているが、列は全く進まない。耐えられないしんどさだった。一度列を抜けて、トイレに行き吐くことも考えた。そのとき、目線の先に特別な配慮が必要な方のゲートがあった。列を一度抜け、近くにいたスタッフに英語で事情を伝えた。最後の一絞りだった。了解をもらえたので、そこに並ぶことにした。数分で自分の番になり、書類とパスポートを出した。順調にいきそうだ。と思った瞬間にコワモテインド人審査官に「上の看板が読めないのか。ここは配慮が必要な人のみだ!」と怒鳴られた。しかし、そんな余裕もないので表情と拙い英語で必死に伝えた。この時ばかりは泣きそうになった。審査官は怒りながら通してくれた。心は折れた、、、、。

  体調も信じられないくらい悪いので、店にも入らず搭乗口へ直行した。そこのイスで寝ることにした。足元に荷物を置き、足を絡ませて守った。大事なものは身体に身につけた。身体をくねらせて良い位置を見つけた。そして上着を被り寝た。周りのざわつきで目が覚めた。1時間ぶっ通しで寝ていたようだった。もうすでに搭乗が始まっていた。荷物をまとめ列に並んだ。そして、やっとの思いで座席に座った。そこからの記憶はほとんどない。機内食が来たのかどうかもわからないくらいずっと寝ていた。6〜7時間ほどのフライトは良い休息になった。ただ、ずっと孤独だった。

寝転んだ時に写真を。

⚪︎香港ディズニー!!
3月12日(日)香港→大阪

  香港に9時過ぎに着き、少し肌寒く感じた。モノレールのようなもので移動し、空港内のセブンイレブンでe-maのど飴とポカリを買った。イスに座り、悩んだ。この体調が悪い中でディズニーに行くかどうかを。悩んだら、迷ったら行くと普段から思っているので、行くことにした。

  入国審査はスムーズに終わり、ドルから香港ドルに両替をした。残りの現金は3000円ほどだ。体調は悪いが、アドレナリンや気持ちで乗り越えている。基本的に節約しながらいきたかったので電車で行きたかった。インターネットにも書いてあったが、いまいちよくわからない。インフォメーションでも、タクシーで行けと強い口調で言われたのだった。なのでUberタクシーを呼んで行くことにした。インドでは現金のみだったので、クレジットカード決済ができた点はありがたかった。

  Uberタクシーが待ち合わせ場所に着いたが、目の前を通り過ぎていった。追いかけてタクシーに乗ると、運転手のおじさんは広東語でごめん!みたいなことを言ってきたが、何を言ってたかはわからない。だから、Sorry I'm Japaneseというと、充電が切れたロボットのようにそこからディズニーまで一切喋らなくなった。英語が得意でない方の可能性、実は日本が嫌いな可能性、また別の可能性があったかもしれない。肌感覚は英語が得意でない方だと思った。そして、遅れてきたのはUberタクシーなのに、遅刻料をUberから請求された。この点に関しては意味がわからないが、問い合わせもめんどくさいのでクレジットから払った。そして、ディズニーの看板が見えてきた。タクシー停車スペースに着き、降りた。最後は挨拶返してくれたし、日本人が嫌いな可能性はないと思っている、、

  チケットはまだ持っていなかったので、オンラインで買おうとしたが、クレジットカード決済うまくいかない。なので、直接チケット売り場で買うことした。列もその他のこともインドのような秩序がないことは全くないので、一瞬でチケットが買えた。チケットを買う時も広東語で話し始めるので、Sorry I'm Japaneseと伝え、手荷物検査場でもSorry I'm Japaneseと先に言った。そして12時ごろ入園した。

  入るとすぐに、花壇のミッキーが迎えてくれた。そのすぐ隣にあるベンチで上の服を着替え、メインストリートへ進んだ。クロークに荷物を預けた。クレジットカードも使える。紙のマップはほとんどなく、基本的にはアプリがあれば何とかなる。Wi-Fiも不自由なく使える。Dオタさんじゃないので全然詳しくないですが、香港に関しては少し詳しいので何でも聞いてください!

Yeah!
クロークでございます。


  まずはじめに、お城を近くまで見に行った。

きれい!美しい!

  右を向くとスペースマウンテンの建物が見えた。日本ではスペースマウンテンに乗れないので、そこに向かった。

ハイパー・スペース・マウンテン
  間違えた、、はじめに乗るんじゃなかった。体調悪いのに、、三半規管ブッ刺してくる。気持ち悪い。これはやらかした。テンション上がって乗ってみたもののしんどい。けど、待ち時間は10分程度で、短かった。気持ち悪くなったことしか覚えてない。

ほぼ記憶なし!

  乗って後悔した。体調第一にこれからは気をつけていく。なので、ジャングルクルーズに行くことにした。ジャングルクルーズは日本のも好きなので、香港との違いが気になった。並ぶレーンは広東語とまた別の中国語、英語の3レーンあった。もちろん英語のレーンに並んだ。20分くらいでボートに乗った。

ジャングル・リバー・クルーズ
  まず英語が聞き取れん。ほんまに英語のレーン並んだんかな?って思うくらい広東語か中国語かを喋っているように聞こえてた。でも、ボートからの景色を見てればいいし。一応、笑いポイントは周りに合わせて笑った。関西人としてしけさすわけにはいかんしね。
  ジャングルクルーズ楽しすぎて、動画もいっぱい撮った。象が多かったイメージ。東京と香港の違いがわかるほどディズニーランドに行ってなかった。だから、あんまりわからんかったけど、一つ言えるのはめちゃくちゃ楽しめた。

ガパーン
次は本物に会いたい

  おかげさまで、少し長い時間座ることができた。ただ体調優先。だから次はライオンキングのミュージカルを見にいくことに。雨がポツポツ降ってきた。もちろん傘は持っていない。そろそろ雨足が強くなるかな?といったところで中に入れた。

フェスティバル・オブ・ザ・ライオンキング
  ショーが始まるまで長かった。待っている間、寝落ちしそうになった。そういえば体調が悪かった。いざショーが始まるとそんなことは考える暇もない。歌も踊りも圧巻で、観客も楽しませていくスタイル。実際楽しかったし、もう一度行く機会があればまた行きたい。隣にいた小さい男の子と同じくらいの目を輝かせていた。

ハクナマタタ!

  会場を出ると、大雨が降った痕跡があった。運良く、雨が降っている間は建物の中にいたようだ。次に事前に調べて行ってみたかった、塔の上のラプンツェルやその他のお城が小さいサイズで置かれている場所に行った。

フェアリーテール・フォレスト
  最初のゾーンが塔の上のラプンツェルだった。ディズニーの映画の中でラプンツェルが1番好きで。いつかあんな風にランタンを空にあげたい。そんな思いを馳せながら、白雪姫や美女と野獣ゾーンを抜ける。美女と野獣の映画も好き。他の作品もあるので、ぜひ自分の目で確認しに行ってください!

綺麗なお姫様
左下の円柱が回転して、ベルとビーストが。

  ここで少し長い間歩いたので、休憩がてらフィルハーマジックに行くことにした。

ミッキーのフィルハーマジック
  ここも座席はフカフカだし、待っている間は眠たくなった。けど、始まったらそうも言ってられない。ドナルドがかわいかった。良い休憩になりました。

  次は時間が合いそうだったのでサイトのクチコミでショー部門1位だったものを見にいくことにした。列はもうすでにできていた。並んでいる時に前のカップルが少し前に行ったので、間を詰めた。その時にカップルから怒られた。コロナにかかりたくないから、あまり近寄らないでと。落ち込むくらい申し訳なかった。インド旅中は、空気が合わず喉が潰れてずっと咳をしていた。そして、インドでマスクも付ける習慣がなかったので、気づいたら顎マスクの状態だったこと。咳に対する配慮が足りていなかった。これは本当に反省です。自分の配慮のなさに落ち込んだ。そこからはたとえ息苦しくてもびっちりマスクを着用した。

ミッキー・アンド・ザ・ワンダラス・ブック
  ミッキーとグーフィが織りなすショー。オラフも出てきたり、知らんキャラクターも出てきたり楽しかった。内容も面白いので、ぜひ行ってみてください!言語はわからんかったけど!
  この会場の隣がイッツ・ア・スモールワールドだったので、並んだ。10分くらいだった。

なかなか面白かった!

イッツ・ア・スモールワールド
  座席に案内されたら4人掛けの席、最後列に1人だった。前には4人家族。虚しくなった。1人でインドにも行けるし、映画にも、ご飯にも、旅行も何でもできる。でも1人でテーマパークにはもう行けない。寂しかった。この瞬間に心は完全に折れた。完全に孤独を味わった。テーマパークは楽しさを共有してこそだ。一つ勉強にもなったし、これは挑戦した結果だ。やってみなけりゃわからなかった。感想はもうそれしかない。人形さんに独りで何を言うわけでもなくカメラを向けるしかなかった。

不思議な感じ。
日本が海外からどう見られてるかは大事!

  完全に心が折られたので、もうここまできたらゲロでも何でも吐くほど楽しむことに決めた。歩いているとトイストーリーのゾーンがあった。アトラクションには興味が湧かなかったので、巨大なウッディの写真を撮った。トイストーリーも全作見るくらい好きなので、ワクワクした。その先にあるアトラクションが空いてそうだったので、そこにいくことにした。外観はホーンテッドマンションのようだ。

ウッディ!
レックス!!

ミスティック・マナー
  いざ入ってみると、中はタワー・オブ・テラーの雰囲気で謎の猿や骨董商人が現れた。そこまで詳しくないのでコンセプトはわからないが、ホーンテッドマンションのアトラクション感が強いものだった。思っているよりも楽しかった。猿もかわいかった。

  時間も18時半ごろで、空も暗くなっていた。そして、隣にあったビックサンダーマウンテンのようなアトラクションに行く。40分くらい並んだが、これが今日の最長の時間だった。大体のアトラクションはスムーズに入ることができる。

ビック・グリズリー・マウンテン・ラナウェイ・マイン・カー
  実際乗ってみるとビックサンダーマウンテンに近さを感じる。最初はこんなもんか、と思ってたけど、急に加速するわ、逆走するわでちょっとビビった。ほんのちょっとだけ怖かった。暗くて周りの景色は見えんかったけど、ものすごく楽しかった。あと、この怖さを誰にも共有できなかったことが寂しかった。「怖かったな〜」とも言えず、心の中でつぶやくだけ。

これはたのしかった!!


  時刻は19時過ぎだった。なのでお土産を買いに行った。食べ物や缶系は持って帰れなかったら嫌なので、人形やその他諸々をみていた。チップとデールの人形やダッフィー系の亀さん、オル・メルの人形を買った。この4月で4歳になった従兄弟への貢ぎ物。全力で選んだ。他にもカチューシャにつけられると謳っているツムツムの形をしたもの。気づいたらたくさん買っていた。支払いは香港ドルなので、どのくらい行くかは後でのお楽しみだ。お土産も買えたので、最後のお城を舞台にするショーを見るために近くまで行った。見やすい場所に位置取った。

モーメンタス
  お城にプロジェクションマッピングでディズニー作品の映像が流れる。花火と映像のコラボはとても良かった。周りはカップルや家族連れ、写真を楽しそうに撮っている。一方自分は、独りでお城を見る。基本的には精神衛生的に、自分の心を守るために人と比べることは絶対にしないが、この時ばかりは周りの人と比べてしまった。色んな意味でジーンときた。次に行く機会があれば誰かと行きたい。そう思う。

はぁ、、
はぁ、、、、、
最高や。


  ショーも終わりディズニーを出た。Uberタクシーで帰りたかったが、アプリで表示されている時間は1時間後にここにくる予定になっている。飛行機の時間も心配だ。タクシーが捕まりそうになかった。同じディズニー帰りの人に頼み込み、空港まで送ってもらおうかとも考えた。

  一か八か、賭けでタクシー乗り場に行った。一台のタクシーが停まっていた。残り150香港ドル(約2700円)しか手元にないこと、空港まで行きたいことを伝えた。あっさり乗っていいよと言われた。飛び乗った。そこから空港までタクシーで向かった。ほとんど車のない高速道路を130キロで走る。車が揺れてものすごく怖かった。少し死もよぎった。そして、何とか空港に着いた。タクシーはメーター制で、そこに表示されていたのは150香港ドルだった。まさかのぴったしで驚いたと同時に手元の現金がなくなった。

恐怖の130キロ


  空港に着き、チェックインを済ませ、出国審査もスムーズに終わった。搭乗口まで行き、座って待っていた。体調は良いと思い込んだ。この時点で昨日のパイは胃の中にないので二日間ほとんど栄養が身体に入っていなかった。強いて言うならe-maのど飴とポカリだけだった。ディズニーで何も食べていない。ほぼ瀕死状態で搭乗時間を待っていた。そして、すぐに飛行機に乗れた。座席に座ったとほぼ同時に気絶したように寝た。そして気づいたら大阪に着陸する寸前だった。

帰るで。
命とスマホの次に大事なもの。

⚪︎満身創痍で日本に帰国。
3月13日(月)大阪→神戸

  ほぼオンタイム、6時30分に関空についた。大阪は雨が降っていた。しかし、もうここまできたら安心の何物でもない。入国審査もスムーズに、税関は少し並んだがあっという間に進んだ。外国人観光客はVisit Japanかなんかでかなり足止めをくらっており、とんでもない列ができていた。大量のスタッフが待ち構えていて、自分も10メートル歩くたびにワクチン接種証明書を見せてくださいと言われた。改めて、ワクチン3回、コロナ2回感染の無敵で良かったと実感した。

着いた!
ここまできたら安心。


  エアポートバスに乗り、神戸三宮を目指した。胃がすっからかんでこれもまた気持ち悪い。ここでも気絶するように寝ていた。1時間半後三宮に着いた。兄が近くまで迎えに来てくれていて、吉野家の牛皿も買ってくれていた。車に乗り込んで兄に言われた第一声は「スパイシーくさっ」だった。自分にはわからないインドの匂いが染み付いていたようだった。

  家に帰ってきてからは、しんどいなと脳が感じる前に白米と牛皿、いかなごのくぎ煮を食べた。3日ぶりのまともな食事だ。白米の粘り気が言葉にならないくらい美味しかった。こんなに美味しいご飯が食べられることに感動した。とても嬉しかった。体重を測ってみると、出国時からマイナス5キロだった。本当に満身創痍だった。倒れるように寝た。そこから毎日白米をいかなごと組み合わせて腹がはち切れるほど食べた。そしてお腹を壊した。インドで壊さなかったのに、美味しいご飯を食べすぎてお腹を壊した。こんな幸せな腹下しは人生に一回あるかどうかだ。

  そして、身体は帰国してからも2週間はずっとしんどかった。疲れが取れなかった。帰国後翌日には地元の中学校の卒業式に出席していた。身体はふらふらだった。咳も止まらなかった。式中は息を止めて耐えた。ただ、心は元気になった。

  どこか退屈で刺激のない日々を過ごしている。でもこれが幸せなことだと何度でも思い返さないといけない。確かに、旅をしている間は常に笑顔で、ずっとワクワクし、怖いものもストレスもなかった。何気ない日々があるからこそ、非日常の出来事が輝くのだ。
  また、退屈で刺激のない日々を当たり前のように過ごせる日本が大好きです。日本に生まれ、日本で育ち、おいしいご飯が食べられる日本が心から大好きです。決して「海外は…なのに、日本は…。」「日本人って…」とならぬように。日本人が培ってきた考え方や生活様式を大切に、この尊い文化を伝えていきたい。
  そして、この旅行記を書ききることでこの旅は終わりです。また次の旅行記を楽しみに待っていてください。ここまで読んでくださりありがとうございました。

次回はおまけ!
なぜインドに行ったのか、総額いくらだったのか等を書ききって、この旅行記を完全に終わります。
興味がある方はぜひ覗いてください!



第1弾

第2弾

第3弾

第4弾

第5弾(前回)




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