見出し画像

「一身上の都合」としか言えないのですよ

社長夫人が上司になったときの決心

いま働いている会社は、大学を卒業してから3社目だが、2社目は社長やその親戚、幼馴染や昔の同僚がたくさんいるなかなか濃い組織だった。仕事は面白かったが、入社から3年ほど経過した春に社長夫人が直属の上司になったとき、
「ああ、1年以内に辞めなきゃな」
と思った(笑)
もともと一生いるつもりはなかったからいつかは辞めるつもりだったけど、この人が上司になったからにはなるべく早く、最長でも1年以内に辞めなくてはヤバいと思った。そのくらい、この社長夫人はヤバい人だった。
しょっちゅうヒステリーを起こすくせにぶりっ子で、仕事はできない。仕事に必要な知識は浅い。英語もおそらくまともに読めない。部下が作った資料が正しくても、平気で間違った内容に書き換える。それで問題が生じたら部下のせいにする。
私にとっては「人生で関わってはならない人」なのであった。


「じっくり話せばわかりあえる」という幻想

社長夫人のチームには4人の部下がいて、30手前の私が最年長だった。あとは25~26歳が2人、新卒が1人。社長夫人はこの新卒の男の子が大好きでべったりだった。
最初から予想されたことであったが、私と社長夫人の相性は最悪だった。私はもう辞める覚悟を決めていたので、彼女にどう思われてもいい。でも、仕事で間違いがあってはならない。だから、彼女が私の書類に赤字を入れてきたときに、その指摘が間違いであれば、青字でコメントを入れて戻していた。彼女は浅知恵であるから、その青字には反論できない。そうするうちに、彼女は私に対しては何も言わなくなっていった。
そのくせ、彼女は
「あんずさんとじっくり話し合えばわかりあえるはず!」
という幻想を抱いていたらしい。
申し訳ないけどそれは幻想で、3回転生しても、彼女とわかりあえる日なんてやってこない。まず、彼女と話し合いなんてできない。一方的に自分の意見を言い、他人の意見には反論し、相手が疲れ果てて「わかりました」と言ったら、「私の意見をわかってくれた」と思うのであろう。そんな関係を1年以上続けると思うと気が狂う。
そこで、私は翌年の3月31日に退社し、4月1日から新しい会社に行くと決め、転職活動を始めた。


後悔なんてするはずがない

夏に転職活動を開始し、秋には1社内定をもらった。その時期に、社長夫人と「上半期の目標」について話し合う機会があった。私は半年後には退社することを念頭に、いまやっている仕事を滞りなく終わらせることを目標とした。社長夫人から
「こういうことじゃなくて、これからできるようになりたいこととかないのかしら~?」
と言われたときに、はっきりと言ってやった。
「私は3月末で辞めますが、いまやっている仕事は何年もやってきたものばかりなので、引継ぎが大変だと思うんです。なるべくスムーズに引き継げるように、3月までにまとめてしまいたいと思います」
そのときの社長夫人の動揺ったらなかった。いつものヒステリーである。
「何それ!?私の計画が狂うじゃない!」
「後悔しないわよね!?」

後悔なんかするはずないじゃん。規模が小さい無名の会社であるだけならともかく、社長が身内を採用しまくるせいで内部はガタガタだし、上司は性格、能力ともに疑問符がつくし、給料は悪くないけど良くもないし、仕事内容は嫌いじゃないけど割と激務で残業や休日出勤も当たり前だし、辞めて後悔するような会社かよ。
まあ、こんなことは言えないので黙っていたけど、彼女はひとりでパニックになっている。普段から「ヒステリックぶりっ子」(命名したのは私)の異名を持つくらいで、会議中にヒステリーを起こしたこともあったので、いくらヒステリーを起こされてもこちらはいまさら動揺しない。
冷めた目で見ているしかなかった。


しつこく聞かれた退職理由

そうしているうちに数ヵ月経ち、2月末になった。私は現在の会社から内定をもらい、予想以上の条件を提示されていた。
会社の規定では1ヵ月前に退職願を提出することになっているので、社長夫人にそっと退職願を差し出した。
「理由は最後まで言ってくれないのね」
としみじみ言われたので、
「中に書いてありますので、読んでいただいてけっこうです」
と退職願を指した。
書いてあるのは「一身上の都合により」というお決まりの言葉だけである。
社長夫人が私に何を期待していたのか知らないが、
「この会社を続けたいけど、実力が及ばず自信をなくし、悩みに悩んで、無職になることを覚悟して、後ろ髪をひかれながら、涙ながらに辞める」
なんて事情があるはずがない。ただ単に「この会社もう嫌だ、あばよ」というだけの話である。「一身上の都合」なんて言葉を使うのは、無難に事をおさめたいからである。
「社長の嫁や親族、幼馴染、さらには愛人(爆)がいない会社に行きたい」
「もっと規模が大きくて、世間的に聞こえのいい会社に行きたい」
「もっと給料がいい会社に行きたい」
「無能な社長夫人の部下にならなくていい会社に行きたい」
「上記をすべて満たす会社から内定をもらったので4月1日から転職します、ひゃっほー」

なんて言えるはずないじゃん。
日本、特に東京には、会社なんて星の数ほどある。社長夫人みたいな人が上司になったら、他の会社に逃げるだけの話である。社長夫人は、自分の会社や、上司としての自分を特別だと思っていたのかもしれないけど、いくらでも代替がきくレベルの組織、人物である。理不尽なヒステリーを我慢してまで働き続けたい場所ではないのだ。
なお、その数週間後、社長が全社会議で「あんずが辞めるなんて想定外だ」と駄々をこねたが、親戚以外の社員はみんなドン引きしていて、私は生暖かく薄ら笑いをしながら聞いていた。
なお、あれから10年ほど経つが、社長夫人の部下になった若者は全員数年で退職したらしい。もう彼女も還暦のはずだが、相変わらずヒステリーなのかな。近況は知らないし、知るつもりもない。

カバー写真
競争社会しのぎを削る東京のビル群六本木方面のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20150218044post-5175.html


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?