サツマイモ色の食器棚の回 ~30歳になるまでに解きたい呪い~


サツマイモ色の食器棚



 サツマイモを掘って帰ってきて、夕飯はたくさんサツマイモを食べた。たらふく食べた。
 その日がまだ短い5歳の人生で一番幸せだった。

 夕飯を食べ終わるといつも決まって和室に移動して兄弟とテレビを見たり遊んでもらったり、たまに喧嘩をするのが私の日常だったと思う。
 キッチン、リビング、ダイニングが繋がったあの場所は食事を摂る以外で入ることなど無かった。
 なのにあの日は食べ終わってからしばらくして、母にお芋掘りの話をしたくなってリビングに戻ってしまったのだ。

 白い引き戸を開けてリビングに一歩踏み込むと、父と母が対峙していて母が食器棚に向かって吹っ飛んだ。

 子どもの目には本当に吹っ飛んだように見えたのだ。
 5歳の私はよくわからなくて、すぐに言葉がでなかった。
 母の目に涙が見えながらも憤怒する表情で、父は父で母を睨み付けていた。

 大きく揺れる食器棚をボーッと見つめてしまう私は動けず固まっていて、母がぶつかった食器棚が少しずつ揺れを小さくするなか父は私に「あっちに行ってなさい」と言い、母は何か必死に叫んでいた。


 私は慌てるだとか怖いとかもわからず、和室に戻って姉にたった一言伝えるしか出来なかった。


「お母さん、殴られてた」

 姉は目をひんむくと直ぐに立ち上がったが、リビングから大きな物音がして母がさらに叫んだことでその騒ぎは瞬く間にリビングから和室に流れ込んできたのだ。


 私の頭には綺麗な紫色のサツマイモが浮かんだ。
 こんなに楽しくて嬉しくて誰よりも大きなサツマイモを持って帰ってきたのに、何がどうなっているのか。


 玄関で叫ぶ母、二階から降りてくる祖母と兄、私を守るように隣に座る姉と兄。

 和室に来た母は何故か姉の隣に座りこみ、祖母は父を落ち着かせるように間に入り何かを言っていた。
 口論を繰り広げる父と母が何を言い合っているのわからなかった。
 姉が私を抱き寄せていたから耳が塞がっていたのかもしれない。

 私はそこでやっと涙が出た。
 涙が出た理由はまったく思い出せない。
 怖かったからなのか幸せだと思った1日があっけなく壊れたからなのか、それがもうどうにも思い出せないのだ。


 この日を境に我が家は何かおかしいと5歳ながらに感じる部分は、なかった。
 まったく、無かった。

 今でこそ忘れられない1日で全てのきっかけの日であるとわかるけど、あの時はわからなかった何も。

 そう、5歳には何もわからない。
 そして30間近になっても、あの食器棚の側面のサツマイモ色が大きく揺れた景色が忘れられない。



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