キング オブ グルテン
夜明け前の私を待ち伏せするかのように、勤務先の正門前に佇む怪しげな車。(はよ、せんかい!)と言うオーラを放っている。
午前7時30分、退勤のカードを打刻し、小走りで車に向かう。その中には、さらに怪しげな2人の男が乗っていた。
「遅いで。ほや行かな、エッジがほどけてしまうやろ」
後部座席のドアが閉まるか閉まらないうちに車は発進した。
「さあ、どんどこどんと、うどん行脚と参りましょう」
そう叫んだのは、何を隠そうこの私だ。今回で4回目となる「讃岐うどんツアー」はこうして幕を開けた。
好きな食べ物は何かと問われたら、両手で足りないくらいの品目を答えられる私だ。しかし、1つだけ選べととか、3食連続でもOKな物は? と絞り込まれたら、迷うことなく「うどん!」と答えるだろう。中でも讃岐うどんが最高に好きだ。
ツルツルと麺を口に運び、噛んでみる。すると讃岐うどんならではの、角の立った粘りのある「こし」を感じることができる。これは、うどん職人が、生地を足で踏んだり、寝かしたりする中で生まれるものらしい。
「ああ。ちょうどいい『こし』やなあ」と味わっていると、えも言われぬ甘味が出汁とともに口の中に広がる。これは、小麦粉と水が合わさった時に生まれる「グルテン」と呼ばれる旨味成分によるものだ。
私は、うどん以外にもいわゆる麺類に目がないし、パンやピザも大好物だ。ついでにお好み焼きやたこ焼きの粉ものと呼ばれるものも……。つまり、グルテンに取りつかれているのかもしれない。しかし、そんなグルテンの中でも、讃岐うどんによるそれは、王様だ。
前回も前々回も、1泊2日で10軒以上のうどん店を回った。そんなに食べられるのはあなたが体重百キロ越えの大食漢だからだろうと言われる。しかし、そうではない。同行した2人の男は普通の胃袋の人間であるが、私と同じだけ食べた。前回は妻も一緒だったが、8割は同じメニューをこなした。一応言っておくが妻は大食い選手権に出場するような人ではない。
なぜか。
それは、1軒1軒みんな違うからだろう。1つとして同じうどんはなく、麺と出汁にそれぞれの特徴がある。ツアーの時は、天ぷらやおでんの誘惑を断ち切り、最もシンプルな「かけうどんの小」しか食べないこともたくさん回れる秘訣かもしれない。さらに、麺が温かいか冷たいか、出汁にひたすかぶっかけるか……などのバリエーションが豊かなことも飽きのこない理由だろう。
讃岐うどん店は、大きく3つのタイプに分けられる。一般店と製麺所とセルフ店だ。私たちが行く店はほとんどが製麺所だ。元々うどん屋さんとして店を構えていたわけではなく麺のみを作り卸していたところである。
讃岐うどんブームでこの製麺所が脚光を浴びるようになった。中には、テーブルも椅子もなく、路上で立ち食いしたり、客が裏の畑でネギを切ってくるなんて店もマスコミで取り上げられ話題となった。
今回私たちは、MYどんぶりMY箸、MYネギ&薬味にMY醤油まで準備している。店にもよるが「たま」だけ買って近くの適当な場所で食べるという荒技で臨むためだ。うどんたまだけなら100円を切る店まである。
出汁を味わうべく店に入って食べる場合でもかけうどんなら1杯300円前後で食べることができる。人気ラーメン店が1000円越えの中、コストパフォーマンスは抜群だ。行けば行くほど「うどん沼」にはまってしまう。
このツアーのコーディネーターである「讃岐うどん通」の同行者は、「うどんは午前中が勝負や」と言う。打ってから時間が経つとグルテンの鎖が切れてしまい「こし」が弱くなってしまうのだそうだ。これを彼は「エッジがほどけている」と言う言い方で表現する。
2日目の早朝、湯けむりの上がる製麺所で茹でたての麺が喉を通る時、「来てよかったあ。この瞬間のためにこのツアーはあったんだ」と感じる。
いりこと昆布と鰹の絶妙なバランスでできた香りの良い出汁とエッジの効いた麺が作り出す至福のグルテン共和国にまもなく入国だ。
さあ、今回は、何軒、何杯行けるだろうか。
お腹の虫も。グルグル泣き出した。
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