見出し画像

「それでもまだ私は失う」④

共に住んで来て、やっと避難先で母と再会し、母と共に避難先で寝泊まりをしていた父方の祖母は、とても痩せてしまっていた。
そんな父方の祖母の面倒を見ている母に、父はどこに行ったのか、と聞いてみると「仕事に行った」と言う。

父は、原発が爆発したあの町に戻ったのだった。

毎晩夜に電話をしていたのは、原発で働いていた友人たちだったのだ。
どうするか考えていたのだ。
原発をなんとかしなくては、と考えていたのだ。

「家族をちゃんと住めるところに落ち着かせたら、はじめから行くつもりだったらしい」

と母は言った。
少し悲しそうだった。

私は、父のことがとても怖かったし、ご機嫌ばかりうかがってしまうところは今更直せない癖だし、思春期には殺したいと思ったこともあったけれど、この時ばかりは尊敬した。
カッコいいと思った。
凄い人だと思った。

そうか、父は原発へ行ったのか、と思った。
あの、放射能の値がまだ高い町へ、もっともっと放射能が蔓延していて危険であろう原発を、あの町を、なんとかする為に。

暴走しはじめた原発を、放射能に侵される故郷を、なんとかする為に。

自分の同僚たちと、原発で働いていた友人たちと共に、あの町へと戻った父。

私に虐待まがいな事をして、アダルトチルドレンにした父、私をアダルトチルドレンにした母、その2人が、この震災の時ばかりは「すごい人」だと思った。

虐待されたことなどもうどうでもいい、もういい、と私は思った。

この人たちは、子育てに向いていなかっただけだ。
そのかわり、他の部分に、敬愛出来る部分を兼ね備えていた。

どうか無事で。

ただただ、父が死なないで健康を損ねないでちゃんと家族の元へと戻ってきたら、また笑って一緒にお酒が飲みたいと思った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?