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「それでもまだ私は失う」⑨

私の生まれ育った故郷の方にも、少しずつ復興している地区もある。
私の住んでいた家や、その周りはもうダメだが、それでも何か思い出のある場所にはいつか行くことが出来るようになるかもしれない。
そういう場所も、あと何十年か経てば人が入れるようになるかもしれない。

出来ればその時が来たならば、一人で訪れたいなと思うのだ。
きっと泣いてしまうから。
みっともなく泣いてしまうから。
誰にも見られたくないから。

だから、私が故郷の土を踏むのはもっともっと先になるだろう。
いつか、もう少しだけ私の心が癒えて、私にゆとりや余裕や時間が出来た時に。

私は原発の賛成派でも反対派でもない。

恩恵を受けていたのだから当たり前の報いだと言う言葉も甘んじて受ける。
その通りだったからだ。
とくに目立つ産業もなく、働く場所も少ない町だったのだと聞いた。

冬になれば家族バラバラになり、男たちはそれぞれ都会へ出稼ぎに行くような町だったのだ。
それが、原発が出来たおかげで、家族そろって冬を越せるようになったと言う家もたくさんあるのは事実だと思うからだ。

だから、あの町は、悪くない。
悪くないのだと、それだけは、言いたい。

きっと誰も、悪くないのだと。


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