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2022年年間ベストアルバム 1~50

はじめに

2022年ももう終わり2023年になりました。今年はまさしく転換の時代で、様々な流れが終わりを迎え、自分もそれに準ずるかのように精神が崩壊してこれまでの自分というものがせき止められたかのような一年でした。しかし、不幸中の幸いか、そんな精神状態のため音楽の内包した意味がはっきりと分かりようになり、それ故に本格的に音楽を聴き始め、自分の価値観がいい方向に劇的に変わった一年でもありました。

年間ベストアルバムをつけること、それは今年どんな価値観で音楽を聴いていたのかを示すので、それ故、皆さんと同じく自分も50枚ほど自分の価値観の形成に影響を及ぼしたものを選びました。また、その自分の価値観を言語化するため、それに合わせレビュー文もつけました。しかしそれはあくまで自分用に向けられているため長さや分かりやすさ、重さは度外視で作っています。どうか、そのところご容赦ください。
また、文章を書くこと自体初めてなので、それに合わせて本当に読みづらくなっておりますので、ぜひ注意して読んでください。
もし、文章やランキングを見て、気に入ったアルバムがありましたらアルバムジャケットの下にその作品をストリーミングで聴けたり購入出来る各種サイトへのリンク(Songwhip)を貼っておきましたのでそこからチェックしてください。
また、これも読んでおいたらアルバムの輪郭を捉えることの手助けになるということで、レビューの後に文章を書く際に参考にした様々な人のレビュー文をつけましたゆえ、それも合わせて最後まで読んでくださったら非常に嬉しいです。
それでも良かったらぜひ最後までこの駄文とわけわからないノリにお付き合いください。

本編

50.宇多田ヒカル - BADモード

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90年代から一線を張り続けている日本のレジェンドシンガーの8作目。
収録曲10曲中7曲がタイアップという非常に難しい作品という印象でしたが、彼女はそのハードルを何なく飛び越えて見せてくれました。
彼女のデビュー曲からすでに完成されていたポップセンスは今作においても可憐にリスナーに見せていますが、やはり今作においてフォーカスされるのはサウンドの実験性であり、前前作からタッグを組む小袋成彬に加え、EDMのトップランナーSkrillex、ハイパーポップの顔役A.G.cookや電子音の怪物Floating pointsといった海外でも最先端を行くアーティストが参加し、EDMやダンスミュージックに特化し、尖った展開が際立つアルバムに仕上がっています。
A.G.cookが参加した展開ごとビルドアップする「One Last kiss」、大胆なビートスイッチが光る「BADモード」、「Time」、「気分じゃないの」などプロデューサーたちのエッセンスを感じられる作品が次々出てきますが、その中でも特筆すべきはFloating pointsが参加した「Somewhere Near Marseillesーマルセイユ辺りー」でしょう。
最初に目がつくのは何といっても曲の時間で、なんと11:55というこのアルバムの中でもダントツであり、このサブスク時代において一線に立つアーティストとしてはあり得ないくらいの長さとなっています。
しかし、この曲の長さもFloating points仕込みのコード感のあるモジュラーシンセや彼女の声によるボコーダー、そして遠距離恋愛の二人がマルセイユやオーシャンで出会う様を書いた歌詞による多幸感あふれるサウンドが融解させてくれます。
このコロナ禍という社会の「BADモード」の状況下でクラブ代わりになっている家、ベッドルームを煌びやかにしてくれる、まさしく2022年の傑作。

49.Joji - Smithereens

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先行シングル「Glimpse Of Us」が見事、世界的なヒットを果たした日本生まれ日本育ちYoutube出身のR&Bシンガー、Jojiの3作目。
この作品はそのヒットのすぐ後に発表された9曲24分といったEPに近い小作品。
Frank OceanのBlondeの潮流下にあるこの作品はまさしく、Blondeにjojiの幽玄さを足したようなサウンドとなっているが、Frank Oceanのような多彩なソングライティング力には達しているとは言えないでしょう。
しかし、コードやボーカルなど彼なりに工夫した痕跡があり、それが彼本来の魅力と会い合わさりこの作品の魅力を上げる要因となっています。
哀愁漂うピアノとボーカルが感情を込み上げる「Glimpse Of Us」、厭世観や憂鬱をこれでもかと詰め込んだlofiソング「Die for you」、声ネタが幽玄さをより引き立たせる「Night rider」など彼の魅力が詰まった曲がありますが、やはりYukon(interrude)、自分はこの曲を聴くためにこのアルバムを聴いているといっても過言でなく、Yukonに乗って破壊されてしまった心を癒すため行くあてもなくドライブするという重いテーマが背景にある疾走感あふれるピアノナンバー。
その曲は荒んだ己の心を過去の遺物にしてしまうぐらいの爽快感のあるサウンドであり、まさしく本作のテーマを代弁している曲でもあります。
それはまさしく人々の抱える闇を捉え、それを否定せずにひとときの享楽的トリップを体験させることで、それを徹底的に行なった故に人々の心に刺さったような秀作です。

48.Kenny beats - Louie

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Vince staplesやJpegmafia、Denzel curryへのビート提供、エドシーランとのコラボで名を馳せた実力派プロデューサーのソロアルバム。
本作はJ dilla「Donats」と形式を同じとするビートテープ集で、パンデミックや父親の病気をきっかけに、絶望と想像力の雪崩によって駆り立てられ、自然発生的に作られた作品。
故にこの作品では、Benny SingsやDijon、JPEGMAFIA、Mac DeMarco、Vince staplesなど多種多様な豪華なゲストによる矢継ぎ早に繰り広げられるボーカル、そしてハイピッチに加工したソウルサンプルなどといったビートが1,2分したらまた次のビートへと変わるため過剰とも言えるくらいの情報量が展開されています。
それは彼の絶望と想像力の雪崩による脳の混乱を表しており、彼の父に対する想いや過去の日々というものが脳内で錯綜される様子が生々しく伝わり非常に感慨深い感情が味わえるものとなっています。
まさしく、言葉にできないくらい飽和した感情を過剰な情報量をつてに表現した最上の作品です。

47.Alvvays - Blue rev

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カナダ・トロントベースのバンドの5年ぶりとなる3rdアルバム。
このアルバムはまさしく「これだよこれ!」と言いたくなるようなドリームポップ、シューゲイザーの王道の正解を往くような気持ちよさを味合わせてくれる作品。
ドリーミーな何層にも重なったギター、様々な感情がこもったボーカルはシューゲイザー、ドリームポップが持つ過去や別の世界への逃避を見事なまでにリスナーに体感させる。
しかし、これを聴いたときに思ったのは、いわゆる単純な青春讃歌、現実逃避では括れない作品だなということです。
彼女らの目線の照準は過去の遺物ではなく今、確実に不条理な世界を生きている現在に向けられているように感じました。
どうやらこのアルバムが出るまでにこのバンドに相当な苦労があったようで、デモ音源を泥棒に盗まれてしまったり、洪水で機材がダメになったりと度重なる不幸に襲われていたらしく、苦労したんだなぁと感じます。
しかし、そういう今を生きる人々の苦労がこのアルバムに込められており、この作品に感じるカタルシスみたいなものの正体はこれなんじゃないのかなと思っています。
今の悲惨な情勢ではコロナ前の世界に戻りたい、もっとマシな世界に行きたいという感情に溢れていて、この作品はそういった過去や理想の世界に餞を送りながら、今の私たちを包み込んでくれる優しい且つ勢いに溢れた爽快な傑作です。

46.Knucks - Alpha house

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UK出身のドリルラッパーのデビューアルバム
彼はスタイルはドリルミュージックにサックスの効いたジャジーなサウンドを乗せ、ストーリーテリングを展開するいわゆるKendirck Lamarに通じるスタイルとなっています。
名刺がわりの名曲、Homeはあるのですが、ダークなサウンドが中心のUK drillではそのスタイルが故にUnderratedなアーティストとして評価されていましたが、現在ではMobo awardsにノミネートされ、有名なラッパーとのコラボも実現するなど徐々に認知され始めています!
今作ではドリルミュージックをベースにサックスの効いたジャジーなサウンドを乗せ、イギリスで繰り広げられる犯罪、ストリートの生きる人々を描いた重厚なストーリーテリングを展開するという彼のスタイルは十二分に発揮されているのと同時に、Stormzyといった有名ラッパーやシンガーを多く招き、メインストリームへの接続を感じさせるサウンドとなっており、それは彼の硬派なイメージを柔和させるような良いスパイスになっています。
彼のアーティストとしての変化や進化が垣間見える秀作です。

45.Death’s dynamic shroud - Darklife

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アメリカのエレクトロニックおよびヴェイパーウェイヴ・トリオの新作。
本作はどうやらソロ、ディオ活動などで培った彼らのエレクトロニックやヴェイパーウェイヴ、バラードやポップなどの様々な感性を総結集させたアルバムで、その結果、それらの要素を過剰摂取しすぎたかのようなサウンドになっています。
甘く囁くボーカル、80sポップに使われていたかのような電子音、どこかメロウで切ないメロディといったインターネット上で散々使い古されたネタを彼らの感性というフィルターに通すことで人々に過剰すぎるほどの享楽的感情を抱かせ、永遠に収まることのないような電脳麻薬的な中毒を与えています。
また、このアルバムのほとんどはは愛の本質についてのメタファーであると語っており、それはタイトルが示唆している通り、コロナ禍というDarklifeを通じて生まれた思想であり、それを打破しようとする衝動に溢れており、そのエネルギーで彼らの住む宇宙的に広大で空想的な世界、すなわちインターネットから様々な要素を過剰に取り入れ、彼らの哲学を接着剤とすることで愛や享楽を過剰摂取した新たな電脳世界上のHeavenを作り上げています。
まさしく、人類が築き上げた特異点、こう後世において呼ばれるであろう傑作です。

44.Black country new road - Ants from up there

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サウスロンドンムーブメントの中核を担うバンドのの2作目。
2022年のアルバムでも最高級の評価がなされているこの作品は前作のシリアスで緊張感のある空気からうって変わって、マイルドにじっくりと研ぎ澄まされたかのような慈悲深い空気になっています。
しかし、サウンドの面白さは健在であり、今作では軸のプログレッシブロックにArcade fireをおもわせるようなチェンバーポップ、アートロックが展開され、また、ギターやサックス、ドラム、コーラスは展開の中で混沌とした変則的なメロディーやリズムを奏でていますが、それらはどこか緻密にどこか狙いすましたかのように配置されており、それは今作の明るく慈悲深い空気の中に潜むスリリングさを演出しています。
そして、その明るさとスリリングさの対比はそれ以外のところにも反映されており、例えば、歌詞を書く、アルバム発表前に脱退を表明したボーカルのアイザックは言うざれば「意味に飢えている」、言ってしまえばどこにでもいるような普通の青年であり、そういった今を生きる若者の煩悩や人間関係の問題、自意識の暴走や精神の動きが歌詞や彼の歌い方、展開に生生しく現れており、そういった彼の苦悩を聖母マリアのようにバンドのアンサンブルが優しく包み込むというなんとも人の琴線に触れる愛情に溢れた構図をしています。
故に、アイザックの脱退の門出を祝うために作られたのでは、と言うくらい実によく出来すぎているカタルシスに溢れた大傑作です。

他のレヴュー(ele-king)

43.Eden - ICYMI

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アイルランド、ダブリンを拠点に活動する電子音楽プロデューサー、シンガーソングライターの新作。
彼は元々ダブステップやドラムンベースなど、よりオーソドックスなスタイルのエレクトロニック・ダンスミュージックのThe Eden Projectとして活動していて、名称を現名義に変更後は元々の彼の作風をインディーポップに踏み込んだスタイルになりました。
本作は実験的な内容になっていて、彼のR&Bやインディーポップを組み合わせたオルタナティブな作風にドラムパターンやブレイクなどのダンスミュージックの要素を大いに取り入れたサウンドですが、互いに彼のサウンドの良さを引き立てており、このアルバムのメッセージ性を強調させています。
ICYMI、In case you missed it というタイトル通り、アルバム曲はほとんど別れの曲で構成されていており、数年前に親しい友人を2人亡くした経験からかこのアルバムは彼の苦悩や悲しみ、前進を表しているような内面を吐露するかのようなエモーショナルなボーカル、そして感情の大きな変化を表すような壮大なプロダクションがなされています。
このアルバムはそういった彼の内面の変化や苦悩が最上の表現で訴えかけられている一枚です。

42.PVA - Blush

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サウスロンドン発、男女混合3ピースバンドのデビュー作
自ら「カントリー・フレンド・テクノ」と名付けているようにカントリーの人間性とテクノの非人間性さという相反する要素をサウンドの芯としているものの、まるでそれがもともと一つのものだと錯覚するような音使い。
同じくサウスロンドンに根をはるBCNRやBlack midiと共通するようにボーカルはトーキングスタイルとなっていますが、規則的にリズムに寄り添っており、前者のバンドらとは区別されるような独自性を作り出しています。
彼女はテーマとして「制限的で閉鎖的な自分との関係」や「男らしさという概念に対する怒り」を挙げていて、自身の感じた怒りといった様々な感情を生演奏形式のテクノサウンドやボーカルに全てぶつけていて、非常に非人間的ながらも人間味の溢れるエネルギッシュなサウンドになっております。
傑作揃いの今年のサウスロンドン系のアルバムの中でも特筆すべきアルバムです。

41.Nas - King disease Ⅲ

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言わずと知れたニューヨークのレジェンドラッパーNasとkendrick Lamar, kanye west, Jay-zなど古今東西様々なラッパーの楽曲に参加してきたレジェンドプロデューサーHit-boyとのKing deseaseシリーズの3作目。
前作までは、若手からレジェンドまで多種多様な客演を呼んできたが、今作は名義上ではillmatic以来の客演なしとなっています。
Hit-Boyの前二作でもNasのラップを堅実、そして強固に支えていたビートの強さは今作も健在だった。得意分野の70s〜90sのサンプルはもちろん、今流行りの00sR&Bサンプル、さらにドリルへのジャンルビートスイッチが差し込まれるという古今のトレンドやサウンド入り混じる奇襲的な構成となっていてとても面白いですよね。
しかし、Lil nas xなどの客演や、自身の楽曲にも積極的に若手を呼び込むNasの姿勢を考慮すると、合ってないということはなく、むしろいいスパイスとなっています。
そして、何と言ってもNasで、今作でもレジェンドの貫禄そのままに、力強いリリシストぶりは全開。
そして今作の特徴は前作よりもパーソナルな話題を取り上げており、Jay-zとの伝説的なビーフを笑い話にして彼と談笑したり、故drakeo the rulerやyoung thugに言及したりとトピックに富んだ内容となっており、その内容も今の生活や社会に根差したものとなっています。
まさしく2度目の全盛期と思わせるような傑作です。

40.Ravyn Lenae - HYPNOS

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シカゴ出身のR&Bシンガーの待望のデビューアルバム
今作はJanet jackson由来のR&Bサウンドを中心として、様々なジャンルの要素が彼女のフィルターを通しているが、まるでそれらが合わさった時に出るノイズや汚れがほとんどないように濾過されていて、非常に綺麗で魅惑的で肉感があるサウンドに。
また、彼女のシルキーでエロスを感じさせる歌声がグルーブ感のあり叙情的なストリングスやギター、シンセと絡み合い、彼女の世界観をより一層強調させるものとなっています。
客演はSminoや彼女の曲のプロデュースをよくしているSteve lacyなどといったR&Bやソウル色の強いアーティスト、プロデュースはKAYTRANADAなどが関わっており、そういった完成されている彼女の世界観にソウル、エレクトロといった新たな血を入れていて、濃厚ながらもこういったサウンド特有のくどさが全くなく意外とあっさり聴けてしまいました。
まさしくサウンドのユニークさやR&Bの可憐さが極まった、今年のR&Bでもトップクラスの作品です。

39.Makaya McCraven - In these times

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シカゴ在住のパーカッショニスト、作曲家、プロデューサーの新作
本作では彼のビート・サイエンティストという異名をもつドラマーとしての秀でた才能を存分と発揮していますが、注目すべきは彼のソングライティング能力で、本作の根底にあるのはジャズやオーケストラであるものの彼のビートにおける実験性がジャンルの境界を消し去るくらいに拡大し、なんとフォークをも射程に収めるほどです。
この作品は複数のテンポが同時に進行する、ポリ・テンポの形式で作られた作品らしく、ギターやホーン、サックス、手拍子、ハープなどといった多種多様な楽器がそれぞれの繊細な音色を傷つけ合うことなく主張し、彼が作る音の世界観の一部に組み込まれる様は圧巻です。
また、本作は非常に陶酔感とは裏腹に厳かで緊張感のあるサウンドになっていますが、どうやら彼は多国籍労働者階級のミュージシャン・コミュニティの出身の経験や大小を問わない様々な文化的闘争にインスピレーションを受け製作されたらしく、そういった厳しい現実に対する眼差しや抵抗の精神のようなものが空間を切り裂くメロディに感じられます。
本作はそういった相反するジャンル、別世界の感覚と現実世界の感覚が綺麗に混ざり合ったかのような傑作です。

38.kojey radical - Reason to smile

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イーストロンドン出身のラッパーのデビューアルバム。
彼のスタイルは打楽器中心のグライム、レゲエに彼のルーツである、アフリカの民族音楽のエッセンスを加え、愛や家族について述べたポエトリーリーディングを乗せたもの。
今作ではその彼のスタイルは健在であるものの、アコースティックやピアノが鳴り響くメロウで軽快なサウンドになっており、レゲトンのリズム感がこの作品にサラッと聴けるようなゆるさを与えています。
そしてボーカルワークも素晴らしく彼のポエトリーなラップ、コーラス、客演陣も各々の持ち味を生かしており、このアルバムに何とも言えないような浮遊感や多幸感を感じさせています。
しかし、Paybackなどといった曲ではG-funkに影響されたようなギャングスタラップも展開しており、多幸感一辺倒ではないスリリングさも打ち出してます。
この通り、このアルバムでは彼の様々な影響元、G-funk、レゲトン、グライム、アフリカ音楽といった音楽に対するリスペクトに溢れる、非常に粋というものを味わえる作品でした。

37.Black midi - Hellfire

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去年から席巻するサウスロンドンムーブメントを代表するバンドの3作目。
前作よりもさらに様々なジャンル、映画や小説などといった要素をところ構わず取り入れてられていて、それは過剰の末の飽和が心配されるくらいまでですが、それを彼らの音楽的センスによってカオスながら洗練された一本の芯の通っているものとしている手腕は少々異常とも言えるくらいです。
また、このアルバムではリリックに重点が当てられており、地獄の名を冠する通り邪悪な住人たちの視点で語られており、それはトラウマを抱えた二等兵を非難する船長、不本意な契約殺人を行い、その行為をサタン自身によって正当に罰せられる者など多岐にわたる題材となっており、この社会道徳が希薄になっていく社会を暗示するかのような重厚的なリリック、世界観を展開しています。
前作よりも社会を反映させた結果、タイトルの通り黙示録性がかなり高い凄惨な内容ですが、彼らのユーモアセンスやサウンドの縦横無尽さでその毒々しさが楽しく聴けるアトラクション的なカオスと化しています。
まさしく彼らの表現者としての凄みを体感させられる一枚でした。

ele-kingから松村正人さんよる詳細で論点がよく整った丁寧な素晴らしいレビュー

36.Vince staples - Ramona Park Broke My Heart

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LA、ロングビーチを拠点とするラッパーの5作目。
今作では、LAのトッププロデューサーのMustardや前作のエクセクティブプロデューサーを務めたKenny beatsなどを招き、DJ Quikをサンプリングするなどサウスや西海岸のウェッサイ的な要素を取り入れたこれまでのエレクトロニックなどといった実験的で野心的な作風と異なる原点回帰的なサウンドになっています。
また、これまで彼はHiphopにつきまとう暴力、資本主義に対抗するような暴力的、衝動的なエネルギーに溢れていましたが、今作はそれが尽きてしまったかのようにただただ絶望的で厭世的なムードが全体にわたって貫かれています。
それらはその社会に生きる人々の言葉や出来事を引用し、彼のロングビーチやHiphop、社会のシステムに対する愛や憎しみ、悲しみ、冷笑といった複雑な感情をただひたすらに生々しく描いています。
本作はBig fish theoryやSummertime ‘06といった作品の出来には及ばないかもしれないですが、今後の彼のキャリアにとっての指針となるだろう重要作です。

久世さんによる制作背景、彼の価値観、サウンドの変遷を詳しく解説する素晴らしいレビュー

35.Rural internet - Saint anger

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オクラホマベースの男女混合Hiphopトリオの3作目
前作のハイパーポップ、レゲトン、エクスペリメンタルヒップホップ、フォークなんでもござれなアルバムから一転して今回はエクスペリメンタルヒップホップとハイパーポップに全振りした構成となっています。
タイトルにある通り、今作は怒りをテーマにしていて、まさしく怒りに全神経を注ぎ込みましたという暴力的なサウンドが縦横無尽に暴れ回っているというアルバム。
Jpegmafia, Run the jewels, injury reserve, Danny brownなどのエクスペリメンタルヒップホップ勢にApex twinを投入したら?、みたいな感じで、Apex twinみたいなマキシマムリズムによるえぐさみたいなものは前作まで沸々と感じていたのですが、今作で見事全開したという感じで、ひたすらビートとラップ、グリッチ、オートチューンの圧、圧、圧、圧みたいな作品です。
故に、この作品には計り知れないエネルギーがあり、そのエネルギーは怒りに変換されて、何か得体のしれないものが襲いかかってくるそうなそういったただならぬ感情にさせます。
今年でも屈指のメッセージ性を持った傑作です。

34.HAIIRO DE ROSSI - Revelation

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king of consciousとも名高い日本のラッパーの9作目。
このアルバムはタイトルにもあるように社会によって覆い隠された人々の感情や欺瞞を全て日の下にさらすような勢いあふれる作品となっていて、
例えば、赤城さんやウィティシュマさんの事件など今までずっと社会に黙殺された出来事をラップにして言う様は自分たちが思っていることを代弁してくれたような気持ちよさがあります。
また、盟友Pigeondust を中心とし、Olive oilを招いて作られた今作のビートは生楽器感のあるギタービートと中心として、ソリッドでメランコリックな仕上がりになっており、彼のラップの鋭さやメッセージ性をより増幅させ、唸るくらいの熱量となっています。
そして、リリックも社会批判だけではなく、若手ラッパーに対するFlexだったり、自身の抱えるうつ病の治療など多岐にわたっており、社会批判一辺倒ではない奥行きのある構成で、彼の緻密なリリカルセンスと共に本作を非常に聞き応えがの作品としています。
まさしくラッパーとしての気概や貫禄を感じさせられられる作品。

インタビュー(MIKIKI)

33.Emma volard - Deity

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オーストラリア、メルボルン出身のアーティストの新作。
彼女の作風は同郷のHiatus Kaiyoteを彷彿とさせるプログレッシブ的な現代ジャズにR&Bを混ぜたものですが、この作品はHiatus Kaiyoteとは違い、楽器のグルーブ感やjanet jacsonを想起させるボーカルというようにR&Bの要素をよりフォーカスしている作品です。
また、この作品はクリン民族のブノロング族の盗まれた土地で制作されたアルバムらしく、タイトルにも繋がる通り、土着信仰的な民族音楽のアプローチも非常に強く感じられます。
そういった土地を失われた民族の悲しみや怒りといった感情が彼女らしさを抑圧する者への反抗心とリンクし、ただリスナーにR&B由来の多幸感を感じさせるだけでは終わらせないというそういった表現者しての気概も見れる作品となっています。

32.Lupe fiasco - Drill music in Zion

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Kanye westの楽曲にも参加したことのあるシカゴ出身のベテランラッパーの新作。
彼は日本文化に強い影響を受けていて、本作では侘び寂びを意識して制作に取り掛かり、楽曲全体を三日という短い時間で書き上げたらしいです。
故にアルバムは単調さといった不完全さがあるものも、それはメロウであまり手のつけられていないようなスムースなサウンドと共に侘び寂びというものの根底にあるものと深く繋がり、奥行きを感じさせるものにしています。
また、本作はHip hopと資本主義というテーマに則って作られており、資本主義にとらわれる自分とそれにより殺されるラッパーたちの姿が克明に描かれていて、アウトロ曲の1st verseはそういったアルバムのテーマを総結集させたかのような内容で毎回その凄みを感じさせられてしまいます。
彼の思考やスタイルというものが如実に現れたキャリア最高傑作。

31.Ethel cain - Preacher's daughter

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フロリダ出身のSSWのデビューアルバム
彼女の作風は宗教的背景を感じさせるゴシックフォークをベースとしながらオリビアロドリゴやテイラースウィフトに共通するTeenagerの感覚やポップセンス、ゴシックフォークの第一人者のLana del reyを思わせるようなプロダクションやロマンティシズムを取り入れており、そしてLana del reyと同じく、アメリカ資本主義の闇の部分を示唆するものです。
この作品は家出して人食いという陰惨な最期を迎えたエセル・カインのストーリーとなっており、ロマンティシズムやポップセンスが表に出ているサウンドに対しドラッグやキリスト教、彼女の抑圧された成長期などアメリカ社会の闇の部分をいたるところに反映させ死んでいくという陰鬱な内容となっています。
しかしそれ故に彼女がこの1時間越えという超尺のアルバムに込めた彼女の苦痛やトラウマというものは彼女やアメリカ社会に対して様々な感情を巡らせることに成功しています。
このアルバムは彼女のインディーポップスターとしての成長の予感を思わせるような作品でした。

30.Perfume genius - Ugly season

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LA在住のクィアシンガーの6作目。
高い評価を得た前作、「Set My Heart On Fire Immediately」は抑圧されてきたクィアの性的感情の解放を描いた晴れやかな作品でしたが、今作は何か得体の知れない感情のようなものに触れている気にさせられる作品です。
例えば、基本的にはワルツ調の3拍子にピアノ、フルート、パーカッションが乗っているサウンドですが、それらが別々のリズムで音を奏でていて、何か妙な気持ち悪さを醸し出しています。
そして、本作はダンス作品の伴奏曲として書かれているため、サウンドも合わさってこのアルバムに戯画的な印象を抱いていて、自分はそれはクィアたちの性的なコミュニケーション、第三者から見たらグロテクスと神秘さが混合しているものを象徴していると感じていて、さらにその第三者視点とクィアの視点が合わさることでサウンドで感じた得体の知れない怖さのようなものを作り出しているんじゃないのだろうかと思いました。
まさしく、クィアの人々とクィアではない人々の感覚の乖離、そしてクィアの人々の感情というものを自分達に擬似体験させるような優れた作品でした。

29.SZA - S.O.S

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セントルイス出身TDE所属のSSWの待望の2作目
本作は前作の煌びやかシンセ際立つサウンドに対し、アコーティスティクギターやピアノなどをよく多用しており、R&Bサウンドをよく感じさせながらもPhoebe Bridgers起用からわかるとおりロックやインディーポップに拡張させた作風です。
また、ロックやインディーポップとありますが、スタイルが同じとはいえラッパーであるDon toliverやtravis scottを招いたり、故Ol' Dirty Bastardをサンプリングするなど、ラップからのアプローチも強くなっており、神秘的で洗練された世界観を感じさせながら、ラフでどこか身近な魅力もあふれています。
そういった親近感はタイトルにも現れている通り、彼女の一個人としての苦悩、例えば容姿のコンプレックスや仕事での問題などを通じ、まるで浮世離れした画面上の人物ではなくてどこにでもいるような一般人なのでは、みたいなそういった考えられない共感性のようなものを感じさせます。
今作はそういった個人の苦しみを掘り下げ、一種のカタルシスさえ感じる傑作です。

28.Jack goldstein - the 🌍 is ending and i ❤️ you

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イギリス、マーゲイトを拠点に活動するSSWの新作。
この作品を一言で表すなら、多幸感の暴力であり、ハイパーポップやanimal collectiveに通じるシンセポップ、牧歌などの様々な陽の要素の残骸をひたすらかき集めており、それらは芯であるストリングスや金菅楽器などを取り入れたチェンバーロックをより強靭なものとし、衝動的な勢いに溢れている作品にしています。
しかし、その多幸感や衝動性は本作を聴いていると、暴力的で狂気的ないわゆるタイトルに通じるように、躁鬱の躁に近いものであると感じます。
どうやら彼は、コロナ禍のロックダウンの最中に両親を亡くしており、その狂暴さはロックダウンの陰鬱な空気や両親の喪失の裏返しだと読み取れます。
しかし、タイトルにI love youとあるようにこのアルバムではそういった躁の部分を感じさせながら、それを乗り越えた解放感みたいなものを感じさせます。
コロナ禍で荒んだ人々の心を苦しみの掘り下げという別ベクトルの方向で癒すような壮大な傑作でした。

27.Sudan Archives - Natural Brown Prom Queen

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LA出身のヴァイオリニスト、ボーカリストの2作目
今作はジャズやR&Bという黒人色が強い音楽の土台から、民族音楽やエレクトロ、ダンスミュージックなど様々なジャンルに四方八方に拡大していて、それが取り散らからないで彼女の音楽にしっかりまとまっていて、そういった彼女の音楽センスみたいなものを感じ取れる作品となっています。
また、彼女はヴァイオリニストやボーカリストとあるので、その面がかなり強くアルバムに反映されていてすごく面白い視点でやっているなと思ったのですが、特に驚いたのがラッパーの面で、彼女のMVを見れば一目瞭然なのですが、Ice spiceやGlo lia、ひいてRosalia、Megan thee starionといったフィメールラッパー的なノリを強く感じていて、そういった視点からもこのアルバムを見れるということで非常に多角的で唯一無二な仕上がりとなっています。
この作品はRosalia、Beyonceといった女性アーティストの隆盛やジャンルのクロスオーバーといった今年の音楽の流れを象徴するような一枚でした。

Turnから、ttさんによるアルバムのリファレンス元や制作背景をこと細やかに解説した読み応えのあるレビュー

26.Lanndo - Ultrapanic

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「フィクサー」「フラジール」などのヒットソングを出し、ずっと真夜中でいいのにのアレンジでの参加経験のあるボカロPぬゆりのソロプロジェクトのデビューアルバム。
彼はボカロPの中でもオルタナティブ、エレクトロ色が強く、今作ではウ山あまねさんを招いたり、ボカロックの中にシンセ音のコードやリフ、ダンスミュージックやフレンチエレクトロの要素がロックの要素を押し除けるまで過剰に主張されていますが、それを正統派ボカロックの範疇に収める手腕には実に見事です。
また、この作品はボーカロイドという過剰なほど情報量を詰め込んだ音楽にならい抽象的な歌詞、サウンド、アニメMV、ストーリー性、多種多様なゲストボーカルなど、口に余るくらいに溜まった彼の脳内の情報量が過剰に詰め込められています。
このアルバムは制作の最初の段階で体調を崩した経験から自分の内面や取り巻く環境についてを書かれているらしく、故にこのアルバムで表現されている歌詞やサウンドに彼の長い間にわたる苦悩や祈りの垢がついており、故にこのアルバムを聴くたびにそういった過剰なほどに詰め込まれた感情表現に胸を打たれます。
彼の技量や持っている感情を全てぶつけたような歌という表現の素晴らしさを味わうことのできる渾身の作品です。

The first timesさんによるインタビュー

25.The orielles - Tableau

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マンチェスターを拠点に活動する男女混合3ピースバンドの3作目。
今作はコロナ禍の影響か前作と作風が大きく変わっており、サウンドは軸であるドリームポップはそのままにエレクトロニック的なアプローチを大胆に取り入れており、緊張感と快感のあるシリアスなバンドサウンドとなっています。
また、今作はKing kruleがプロデューサーとして参加していて、彼のフォーク、ジャズ由来の詩吟的な作風も随所から沸々と感じられており、そういったものが先ほど言った彼らの今作おけるサウンドの実験性と合わさり、幽玄さや煌めき、しなやかさといった同系統の作品の中とは全く違ったものが味わえます。
そういった実験性によって開拓された広大なサウンドスケープは、現代ジャズやポストクラシカルという全く異なるジャンルを射程におさめ、Radiohead、James blakeといった名だたるアーティストと同等の説得力を獲得しました。
エレクトロニック特有のサウンドの変則さや冷たさとフォークやジャズの叙情さや温かさ、インディーポップの軽さが同居しており、そう言ったサウンドの実験の楽しさや面白さというものが詰まった至極の一枚でした。

大久保祐子さんによるバンドのこれまでの動向を踏まえて解説された良レビュー

24.Immauel Wilkins - The 7th hand

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アメリカフィラデルフィア出身のアルトサックス奏者の2作目
前作のOmegaでは何世紀にわたってアメリカで起こる黒人への理不尽な暴力に対する見事なプロテクストを描いたが、今作ではそのムードを受け継ぎながらより彼やカルテットの内面を探求した作品です。
また、この作品は全7曲のうち、1曲目から6曲目までは平均5分の曲が並んでいますが、7曲目は26分というなんとも歪な構成をしていて、それに関連して曲調も変わっていて1曲目から6曲目まではジャズ以外の要素も取り入れたジョン・コルトレーンの影響を感じさせる即興演奏が貫かれていますが、7曲目では毛色の違うアバンギャルドなサウンドとなっています。
それは、今作では7という数字がキーになっていてそれはキリスト教では世界や完全を表す神と深く繋がった数字であり、本作ではそういった神の介入や様々な要素の蒐集を通して新たな何かを呼び覚まそうとする奇術師的な発想が根底にあるため、突飛でアバンギャルドな構成になったんだと思います。
故にこのアルバムはそういった外部からの介入を許すことにより伝統を再解釈して新たな何かを作り出そうという意気込みに溢れた傑作です。

Blue note clubから、柳楽光隆さんによる彼の過去や前作、アルバムの内容を丁寧に読み解いた素晴らしいレビュー

23.Cities aviv - Man plays the horn, Working title for the album secret waters

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メンフィス出身のラッパーの新作。
この作品はグリッチしたサンプルとアブストラクトなビートというEarl、Armard hammer以下のアンダーグラウンドシーンの潮流にある作品。
しかし、彼が彼らと比べて画期的だった点はそれにJpegmafiaやメンフィスラップのアクティブさやヴァイパーウェイブ、サイケデリック、Joy divisonの機械的な無機質さなどのロックや電子音楽の要素を投入したことです。
それによりアブストラクトな作風による絶望感、すなわち鬱の状態にアクティブさによる躁の状態を加えたことで、その絶望感は一目に映る形で加速しており、それはまるで悲惨な現実から逃避するための電子ドラック、またははっきり映し出された人の根底にあるの魂の輪郭かのようです。
Earl、Armard hammer以下のアンダーグラウンドシーンのラッパーが凄惨な黒人の過去を描いたのに対し、インターネット上に存在するバグだらけの常夏の近未来を描いた革新的作品。

FORGEYOUROWNCHAINSさんによる彼の革新的な表現に対する率直な感想が述べられた良きレビュー

22.The 1975 - Being funny in a foreign language

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イギリス、マンチェスター出身の世界的バンドの5作目
前作、NSCFを仲間に捧げる讃歌で終わらせたこのバンドが、アルバムの出された2019の姿はもはや見る影も無くなってしまった現在に何を歌うのか、宣伝が出た時に非常に気になっていたのですが、その答えは内省だった。
本作はコロナ禍を通して自分の家族や恋、社会を省みた、いわば自己内省的で諦観のムードが全体にわたっているアルバムで、マシューヒーリーという男の脆さや偉大さと言った現代社会に生きる人々の複雑さを彼の皮肉的な手法によって見事に表現されています。
The 1975やPart of the bandなどと表現者としての彼らの強さが見られる曲が出てきたと思ったらHappinesやI’m loving with youなど彼らのスタイルがよく現れていながらもいつもの甘酸っぱいラブソングとは全く雰囲気が異なる曲が出てきたりと彼らの新たな面が出ている内容です。
また、プロデュースを務めるJack antnoffの色もよく出ており、彼のドライでストリングスを多用するフォーク色の強いサウンドも本作のコロナ禍を通した雰囲気や叙情性の獲得に一役買っています。
今作は過去作とは全く異なるアプローチの作品ですが、彼らがよく言われる時代を反映したアルバムと言っても差し支えない傑作です。

他のレビュー (Turn-Tokyo)

21.Asian glow - Stalled Flutes, mean

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シューゲイザーシーンを牽引する韓国のシンガーによるソロプロジェクトの新作。
彼は共にシーンを引っ張るParannoulと違って婉曲的でマイルドで多種多様な音楽からの影響を感じさせるサウンドを奏でていて、本作もそういった彼の持ち味が最大限に引き出されています。
グリッチの効いた音や滑らかに掻き鳴らされる轟音のギターをはじめとして、ストリングスなどに現れているようにシューゲイザー以外の要素も混じっていて、彼の掠れながら叫ぶボーカルと共に、本作の幻想さやファンタスティックさをより感じさせる奥深いものに。
また、本作は本人曰く「迷走した末に忘れ去られた愛」を描いたという作品らしく、そういった本人の葛藤や悲しみや、愛を求める姿というものが緩急のきいた展開、幻想的で悲壮感のあるサウンドや彼のボーカルに反映されているのではないのかなと思いました。
本作はそういった叫びや音による感情表現というもの、エモという感情表現をリスナーに上手に提示した秀作です。

20.Ghais Guevara - There will be no super-slave

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フィラデルフィア出身のラッパーの2作目
このアルバムを聴いた時、まずネタの使い方にすごく驚嘆させられて、まさしく、初期3部作を今のレイシストバイブス満タンのKanye westが作っていたらこうなるだろうなみたいな感じを想起しました。
しかし、ネタ使いは本家やJpegmafiaの域には達してはいないといえばそうなのですが、本作にはそういった技量では測れない何か恐ろしいものを感じせます。
この作品には彼の前のめりなラップやヒット曲のようなr&bのネタ使い、アメリカのアニメのセリフのサンプリング、ビートスイッチなど過剰な要素が詰め込まれており、資本主義社会への皮肉や怨念ともいうべき感情が込められているように感じます。
それは、タイトルがHiphopの歴史的苦悩に関する本のタイトルからの引用となっている通り、そういった土着的に伝統的に受け継がれる黒人の差別や苦痛によるもので、一人の人間が受け止めるにはあまりにも強大すぎるそのエネルギーをこの作品は提示しています。
まさしく本作はそういった黒人の怨念や苦痛に塗れた根源的感情の輪郭を捉えてしまったかのような驚嘆すべき一枚です。

19.Denzel curry - Melt my eyez See your future

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フロリダ出身のラッパーの5作目
アメリカ的マッチョイズムを受け継ぎながら、808s heart break, kid cudi的脆さを巧に折衷させてきた彼の新作はプロデューサーにジャズからはRobert glasperやThundercat、hiphopからKenny beatsなどを呼び、また、ラッパーからはT-pain, JID, Slowthai, 6lack, Rico nastyなどを実に豪華なゲストを招聘し、彼らの個性や日本映画、ジャズ、禅、アニメなどアメリカや日本などの様々な要素を交錯させるVince staples「Big fish theory」やJpegmafia「LP!」に通ずる音楽的遊戯を感じさせる作品。
その過剰に取り込んだ要素と共にこの作品で彼は暴力が渦巻く黒人社会、資本主義社会に対峙し、その中に自分の存在を確かめようとせんと格闘しています。
それ故に、とことん自分の内面や感情に向き合い、彼自身も製作時にかなり苦しめられたと語るように、自分の弱さや発狂、葛藤、諦観が延々と続くシリアスな内容になっています。
しかし、そういった社会を代弁せんとするアーティスト性の発露により、自分の存在を元々高く評価されていた彼の存在をより確かなものにしています。
彼のキャリアにおける転換点だと感じさせるような力作でした。

久世さんによる彼の宗教観を踏まえた素晴らしいレビュー

18.Redveil - Learn 2 swim

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メリーランド州プリンス・ジョージ郡出身の若手ラッパーの3作目
彼の音楽を聴いていると実に音楽を問わず様々な影響があることが見て取れて、例えばEarl sweashirtに影響を受けた、含みを満たせたリリシズムや比喩、暗喩を使った表現、tyler the createrに影響を受けたコード感のあるジャズサウンド、Earl、Kendrick LamarやJ coleの影響を受けたフロウ、$ucideboy$のサウンドへの貪欲さなどと様々な影響を感じ取れます。
そして、これを作っていた当時、まだ彼は17歳ときいて、この年でこんなすごいものを作れるの、と非常にびっくりした記憶があります。
ただ、それと同時にこのアルバムからは若さ故の強靭さの反動からくる脆さや儚さみたいな物を感じていて、そういった青春期でしか作れないような何か特別なものが存在します。
また、彼はアルバムリリース時にはすでにTylerやSaba、Denzel Curry(アルバム曲のRemixに参加)、AG clubといった有名ラッパーに目をつけられていて、リリース後はMike deanやJpegmafia、Joey Bata$$、Sminoとも関わっていて今後の動向が非常に楽しみなアーティストの一人です。

久世さんによるアルバムの背景や彼のリリックの重厚さを見事に説明したレビュー

17.Mom - ¥の世界

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Z世代のSSW、Momの5作目。
この作品は社会の悲惨な空気に切り込んだシリアスな作品となっており、これまで彼が示唆してきた世界の惨状がより詳細に言及された作品となっています。
故にその反動か、この作品ではMomの感情の発露も激情に駆られたものになっており、感情が爆発した歌い方や「….だけれど」「….だけど」といった譲歩や共感の語尾が彼の感情の制御が取れない様子を感じさせます。
また、サウンドの雰囲気も大きく変わっており、彼のインディーポップに電子音やHip-hop的要素をを組み合わせた作風自体は変わっていないものの「鉄人28号に乗って」をはじめとする暗くはないががらんどうなある種の諦観、現実逃避とも取れる曲が挟まれています。
これらはこのアルバムの厭世的、末期的、退廃的なムードをより際立たせ、この作品のメッセージ性をより増幅させています。
これまでより彼のリリックのクレバーさをより鮮明にし、サウンドも彼なりの哲学みたいなものを感じさせる、彼のレベルをさらに上の次元に押し上げるであろう素晴らしい作品でした。

16.Jean Dawson - Chaos now*

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LAベースのSSWの2作目。
音楽業界では人種によってジャンルをラベル分けさせられており、大きなものだと白人はラップをするなとかそういったもので彼もそのことに非常に苦労したそう。
故に彼はそういったジャンル分けされることへの抵抗を感じさせる曲を作っており、この作品もそれを破壊せんとする熱量にあふれるエネルギッシュな作品となっています。
彼の無骨で荒々しくエネルギッシュなギターリフが血気盛んに暴れ回り、彼もそれに負けじとシャウトしながら歌うと思いきや、次の曲ではしんみりとしたアコースティックのゆったりとした曲調や軽快なギターサウンドであったりと緩急の使い分けがうまいなと感じさせられます。
また、客演も良く、USアンダーグラウンドHiphopの顔役Earl sweatshirt、TDE所属の実力派ラッパーIsaiah Rashad、Vapor waveのカリスマGeorge clantontといった彼を表すようなジャンルレスな選出となっていて、彼の多岐にわたるジャンルの断片をかき集めたソングライティングと共にこの作品に素直に一つのジャンルに区切れないような只ならなさを与えています。
まさしくそういったジャンルレスの作品が多く出された2022年の象徴とも言える数年後にも語られるような一枚です。

Bloc partyからJean dawsonまでの人種によるラベル分けへの対抗を詳細に説明したabstract popさんによる素晴らしいレビュー

15.Organ tapes - 唱着那无人问津的歌谣

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上海とロンドンを10年以上行ききする生活を送るシンガー、Organ tapesの新作。このアルバムは悲壮的、破滅的な雰囲気を全体を通して漂わせ、異界のような音響空間を作り上げたユニークな作品でした。
「唱着那无人问津的歌谣」、日本語で「誰も気にしない歌を歌う」というタイトルの通り、ボーカル、ギターなどの楽器にオートチューンやリバーブなどの残響が前作よりも過剰に響くように加工され、ボーカル、ギターなどの哀愁を強く意識させるメロディと共に、まるでこの世に一人だけしかいないような孤独感を自分は感じました。
また、それ以外の音、例えば「忘了一切」でのホーンや所々出てくるドリーミーなシンセサイザーがこのミニマムなアルバムに唯一無二の特徴や他ジャンルへの拡張性を与えていて、それは彼が長年培ってきたダンスホール、アフロビート、サウンドクラウド・ラップへの愛とここ数年のベッドルーム・ポップの作風がピッタリとハマった結果になっています。
そして、この作品は音響がとにかく素晴らしく、今年でいったら岡田拓郎の新譜と並び称されても良いくらいで、この作品は、岡田拓郎が煌びやかなものの美しさならば、汚れたものの美しさにフォーカスしていて、それは例えば裏路地や公営団地など誰の気にも止められず何十年もかけてゆっくりと街の外れに朽ちながら佇む姿で、これらの姿は人間が老いてく姿に想起させます。
これらは孤独なアルバムのイメージにつながってくるもので、この作品はそういった悲しみに寄り添い、その感情をデトックスしてくれるような作品でした。

14.Brakence - Hypochondriac

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オハイオ州コロンバス出身のSSWの3作目
彼はハイパーホップ経由のエモ系シンガーの中でも技術力や表現力が段違いに飛び抜けているなという印象を持っていたので、アルバムが出ると聞いてかなり注目していたのですが、その期待を裏切らぬどころか遥かに上回るクオリティーに!
過剰すぎるほどに詰め込んだ様々なジャンルからの要素、奇襲的な展開、彼の創意工夫が詰まった音使いと彼の持ち味が更に一段階と突き抜けながらも長年そういった実験を続けていた故の安定感や洗練さを感じられるサウンド。
しかし、このアルバムでの肝はサウンドではなく彼のボーカルで、彼の喜怒哀楽、特に憂鬱や怒りといった様々な負の感情を詰め込んだボーカルが作品を一本の芯のあるものとして聴かせており、彼の技術力満載のサウンドと合わさり数多のエモをリスナーに与えています。
確かに技術力という面だけでいうのならば、彼以上に優れたアーティストはごまんといるのかもしれないですが、ただ狂気とも取れる技術力を用いながら聞いていて楽しい、気持ちいい、悲しいといった様々な感情を感じさせるアーティストはなかなかいないのでは。
エモラップやハイパーポップの一つの極地と思わせるような大傑作です。

13.Watson - Fr Fr

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今最も勢いあふれる徳島出身の若手ラッパーの今年最初の作品。
彼の特徴はリリックのユーモアから出る叙情性であり、ストリートの生活や、女性や仲間のことなどとストリート系のラッパーの特徴を受け継ぎながらも、自身の生活を皮肉ったユーモアセンスや弱さを照れ隠しに曝け出すことで彼なりのラッパーのクールさと弱さの価値観をごちゃ混ぜにすることで複雑な彼の等身大の姿を描き出しています。
さらにそれを強調するかのように彼の情景描写も目まぐるしいものとなっており、一つ韻を踏み終えたら、また、韻の飛距離と共に巡る巡る情景が移り変わっており、そういった過度な展開も彼の複雑さを強調する要素となります。
また、フロウも同様に巡り巡る展開を支えるように早口で捲し立てており、そしてそれに頻繁にリズムから外れたりすることで彼の複雑さにドライブをかけており、さらにジャージーなピアノや声ネタが主張するビートを使うことで、彼の複雑さに情緒と衝動性を与えています。
このように、卓越した技巧で描き出した彼の複雑さは彼のラッパー生活であり、一筋縄でいかない家族関係やラッパーのクールさに対する弱き自分など彼のセンチメンタルの部分を青々と表しています。
故にこの作品は現行の日本語ラップシーンでも有数の説得力を持っています。

つやちゃんさんによる詳細でいかにこの作品が革新かを説いた素晴らしいレビュー

12.Joey bada$$ - 2000

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ブルックリンを拠点に活動するラッパーの3作目
この作品は彼の出世作であるデビューミックステープ、1999の続編的作品となっています。
しかし、1999で見せた自信満々な若さ溢れる姿とは正反対の諦観的な大人な姿がこの作品では見られます。
それは環境の大きな変化によるもので、Pro eraの創設者で尊敬するcaptal steezの自死、マネジャーでもあるいとこの死、鎬を削る仲間であったXの死、娘の誕生など、彼の人生観を変える様々なことが彼に起こりました。
故にこの作品では、そういった出来事によるメンタルヘルス的な要素を感じさせるスピリチュアルジャズやドリームポップのムードが全体に渡り貫かれています。
しかし、それと同時に、娘の誕生からかどこか多幸感にも溢れているサウンドでもあり、人生観によるHiphop観の変化かMike-will-made itやChiris BrownなどTrap勢の参加など彼の新境地をも見せています。
まさしく、そういった彼の現在の等身大の姿を鮮明に静謐に描き出したカタルシス溢れる作品です。

Turnから、奥田翔さんによる彼の過去や動向を踏まえてこの作品における彼の個人的な感情を読み解いた素晴らしいレビュー

11.Betcover!! - 卵

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東京都多摩出身のSSWによる4作目
この作品は前作よりも彼の日本的な影響にフォーカスしており、ジャケからも感じられる通りしみじみとした情景を感じさせる作品。
彼の不気味で外連味のある詩吟調のボーカルやジャズのフィージョンに繋がるような映画的で緊迫感のある展開は黒澤明の映画や松本清張などそういった作品を連想させるような凄みを内包したものになっています。
そして、この作品からはラルクやBuck-tickというようなそういったV系の美学や耽美さやグロテスクさみたいなものを沸々と感じていて、それはFishmans由来のサイケデリアなサウンドなどと混じり合い、この作品のおどろおどろしさや神秘さを形作っています。
故にこの作品は過去への郷愁をよく感じられるのですが、どこか所詮、過去は過去というムードが漂っていて、あくまで今や少し先の未来というものに拘っているというふうに感じられました。

10.ID - B1

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高知出身のMCバトル上がりのラッパーのデビューアルバム。
今年、様々なメディアから最高の評価を与えられたRenaissanceの日本からの最高のアンサー。
Renaissanceがフェスや家、広いライブハウスなど「地上」でかけられるハウスならば、この作品はまさしく表題通りB1、つまり「地下」でかけられる土埃、言い換えればグルーブ感のあるハウスです。
この作品は自身のクリエイティブ集団に所属するビートメイカーと2人で制作した意欲作であり、Channel tresやシカゴハウス、Flying lotusなどの様々なリファレンス元が挙げられる通り、モジュラー電子音、グルーブ感のあるドラムパターン、鳴動するベースがMCバトルというごまかしの効かない場で鍛え上げられたスキルやGiveon、Brent faiyazを彷彿とさせるスクリューボイスを持つIDのラップに加わればまさしく鬼に金棒。
この作品は、Beyounceが派手に惜しげもなく表現したクラブの人々の間で築かれた流儀や伝統というものをしっかりと己の血肉にしてクールに昇華させた作品と言っていい傑作。

Tokionによるインタビュー

9.The spellbound - The spellbound

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2020年に結成されたThe Novembersのギターボーカル小林裕介と中野雅之によるバンドの一作目。
The novembersのサウンドスケープを中野雅之による音の魔術でグリッチ加工された重厚なシンセ音がさらに際立つこの世のどこにもないかのようなサウンドに変化しており、故に彼らの表現の限界、極北に到達したのような貫禄があります。
また、ボーカルも、ピッチを上げた声や多彩なメロディ、フロウ、ラップ調といった様々な表現で個人の内に純朴で素直な感情をしっかり確かめるかのようにそれを肯定するかのように歌われており、その根底には愛やストレスや痛みという苦しみからの解放といった個人の世界への祝祭、祝福があります。
コロナ禍により現実逃避、現実との折り合いの付け方、快適に生きる方法、好きな場所にエスケープする手段という要素がアーティストの表現に組み込まれるようになった時世において、このアルバムは無地で透明で繊細なこの世の誰にも手をつけられていないエスケープゾーンに手繰り寄せるようなパワーが内包されています。
故にこのアルバムはこのコロナ禍を生きる人々への最上の讃歌という表現がしっくりくるかのような傑作です。

Tokionによるインタビュー
音楽ナタリーによるインタビュー

8.岡田拓郎 - Betsu No Jikan

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東京出身のソングライター/ギタリスト/プロデューサーの3作目
ジムオルーク、sam gendal、細野晴臣、石若駿といった名だたるアーティストを招聘して作られたこのアルバムはもともと土台として作ったものにそう今日演奏を重ね、いわゆるコラージュの容量で彼らの演奏を切ったり貼ったりして作られたというもの。
それゆえにどの音をどこに配置してどの音を主張させるかといった音の引き算や構成美みたいなものを強く感じる作品になりました。
また、この作品はポップの領域を拡大したらいつの間にかアンビエントやジャズなどの領域に入っちゃったという感じを節々と感じていて、インタビューでも話していた通り、ブラジル音楽やエレクトロニック、民族音楽、さらにはエチオピアなど、様々なジャンルを横断する超絶アヴァンギャルドな作品となっており、別の時間や場所を作り上げようとする魂胆があります。
しかし、この作品はただの実験精神がある作品では終わらず、メロディによる叙情性や、綿密に作り上げられた繊細な音世界が全体にわたって展開され、そういったスリリングさ、美しさに加えて自分自身もその音世界の一部なのではないかというワンダーさにも溢れた珠玉の一枚となっています。

Mikikiによるロングインタビュー
Tokionによるインタビュー
Cinraによるインタビュー

7.Black Thought & Danger Mouse - Cheat codes

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伝説的ヒップホップバンドThe rootsのラップボーカルにしてトップラッパーとも名高いBlack ThoughtとMF doom、Adeleなどの作品を手がけたレジェンドプロデューサーDanger Mouseとのコラボアルバム。
70代のサンプルが光るブーンバップサウンドですが、この作品はOld Heads的懐古というわけではなく、昔の黒人の人々の痛み、記憶、伝統などを使い、今のラップ業界のFlex、ギャング、大麻などといった痛み、帰国、伝統と対比させた現行のラップアルバムです。
Danger Mouseは卓越とした70sサンプル使いはまるで映写機のようで、昔の名作西部劇さながらの劇的な展開で映画的な表現がされておりそれによりこのアルバムと過去との接続を成し遂げ、延々とつづく黒人社会に起きる凄惨な暴力や破綻した資本主義でのサバイブやCheat Codesの獲得というこのアルバムの血生臭いメッセージ性をより確かなものにしています。
また、Raekonや故MF DoomといったレジェンドやConway the machine、Run the jewelsといったベテラン、A$ap Rocky、Joey Bata$$、Russといった実力派の若手、Dylan CartlidgeやMichael Kiwanukaといったフックシンガー、そしてBlack Thoughtは現代社会に生きる黒人の感覚や、過去との接続を極上のラップ表現により成し遂げ、このアルバムの構造、展開をより重厚で痺れるものとしています。
この通り、過去や現在のブーンバップに加えトラップのなどの現行の流行している音楽のエッセンスなどが交錯する様を映画的に極上な表現へと昇華した最高の一枚。

6.JID - The forever story

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ラップ界のレジェンドからもその実力を高く評価されているアトランタの若手ラッパーの3作目。
この作品は自身の家族や友人や地元での出来事とそれに付随する彼の信念がテーマの作品であり、過去の情景や家族の物語、アトランタの街の営みが彼の折り紙つきのリリックセンスによって鮮明に描かれており、本作はその中でJIDという存在を確かめるために作られています。
それ故に様々な人物の助けを得て、このアルバムは構成されており、例えばビートは彼のルーツであるソウルや電子音系のトラップで、James blake、KAYTRANADA、Thundercatが手がけたこともあってJIDのラップに負けじとかなり聞き応えのあるものになっていて、また、客演も同じようにYassin bey, Lil wayne, Earthgang, Lil durk, 21 savage, kenny mansonなどといった、同じ地元、レーベルのラッパーや彼の尊敬するレジェンドなどよく練られた人選であり、こういった背景を細かに作った結果、このアルバムのストーリーを重厚なものとし、より彼の言葉に説得力を与えています。
そんなアルバムのなかで語っておきたいのがライセンスの問題でアルバム入りできなかった真のラストトラックの2007で、この曲はkendrick lamarなどをサンプリングしたビートに自身の大学時代、そしてラッパーになってからを振り返り、自身を家から追い出した父、業界においての家族であるJ coleにエンパワメントをもらうという内容で、この曲ではこれまでの物語を総決算して新たな境地へと向かう彼の姿が窺え、実に感慨深いものとなっております。
このアルバムは過去と現在、街の営みと家族、社会と個人を結びつけJID自身の存在を確かめ、彼の延長線上にいる私たちに問いかけるような傑作でした。

久世さんによる歌詞や背景などをこと細やかに読み解いた、非常に読み応えのあるレビュー
TurnからMINORIさんによるこの作品のテーマや重要な要素を簡潔にまとめられた良レビュー

5.Nouns - While of unsound mind

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アメリカアーカンソー州ベースの四人組エモバンドの7年ぶりとなる新作。
エモという人の内なる叫びを言葉、現象、音に変換して出される婉曲的な表現はもはやSNS上のいいね稼ぎやTiktokバズのための道具というように過剰生産、過剰消費されもはやかつての特別な表現としての姿はなくなり、ボロボロに引き裂かれその残骸がインターネットにあちこちと転がっている状態になりました。
そんな、エモが一種の終わりを迎えたポスト・エモの時代にエモ過剰の時代を潜伏期間として過ごしていたかのように出されたNounsの新作はノイズ・ロック、マス・ロック、シューゲイザーなどといった、インターネット上に転がるエモの残骸を集め過剰に取り込み、まるで過剰の時代に合わせるかのようにエモを再構築しようとする気概にあふれた作品です。
アルバムのジャケにも現れている通り、彼らの照準は過去に向いており、それは過去のものとして置き去りにされた人々の感情表現の残骸への興味であり、故に彼らは過去と現在、二次元と三次元、インターネットと社会、SNSと感情といった様々な相反要素を過剰に取り込むことでエモ過剰消費時代へ過剰で対抗するという最善の抵抗を描き出しています。
まさしくこの時代を生きる人々の感情を代弁したかのようなカタルシスに溢れた作品です。

つやちゃんさんによるエモの歴史を振り返りながらこのアルバムのメッセージ性、重要性を書き記した素晴らしいレビュー

4.OMSB - Alone

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日本のExperimental hiphopの最重要人物、OMSBの3rdアルバム。
この作品は2022年のベストストーリーテリングアルバムだと思っていて、
内容は社会の不条理に抵抗し、敗れたOMSBが家族や仲間、自分の過去を回想しまた再び社会の不条理への抵抗を宣言するというカタルシスに溢れるもの。
この作品はリリックやビートに渡り、社会の不条理に負け、身体と精神が引き裂かれ、諦観に溢れるOMSBの姿がよく感じられ、それに対応するようhushまでのビートは浮遊感のあるシンセを使ったどこか芯のないものになっています。
ストーリーもそれに対応するように「祈り」〜「Hush」では内省につぐ内省で自身のバラバラに引き裂かれた惨状をこれでもかと表現しています。
しかし、アルバムのハイライトの「大衆」で流れはガラリと変わりそれまでの過去に踏ん切りをつけるかのような爽やかなサウンドになっており、内容もこれまでの過去を総決算し「お前も今日から大衆だ」と優しく最上な決別をつけています。
そして、その後の「Season 2」〜「Standalone | Stallone」で、加藤ブラントンとB-boy、ラッパーのOMSBが再びつながり、社会の不条理への抵抗に戻るというなんとも綺麗で圧巻の幕引きでこのストーリーは終わります。
加藤ブラントンとB-boy、ラッパーのOMSB、普通と奇異、個人と社会、過去と現在といったように様々な対比がこの作品でなされており、その結果幾重に積み重なった重厚な表現が作り出され、それは彼の特殊的な環境を越え、一般社会を生きる私たちにも強く響く、強靭な説得力を獲得しています。
まさしく日本一重厚で繊細なクラシックという呼び名がふさわしい大傑作。

Fnmnlによるインタビュー
小澤俊亮さんによる数多のアルバムのモチーフの考察を交えた非常に興味深く面白いレビュー

3.Weyes blood - And in the darkness, Hearts aglow

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ペンシルベニア州出身LA在住のSSWの5作目。
前作、Titanic Risingから続く3部作の2作目であり、前作はNearer To Theeというタイタニック号沈没前の最後に演奏した曲だったと言われる曲のオマージュで終わるという、コロナ禍を示唆したかのような幕引きでしたが、本作ではコロナ禍が一通り過ぎた後に出されたこともあり、まるで祝祭かのような響きのある作品になりました。
この作品はコロナ禍、資本主義社会や消費社会の崩壊、限界といったTitanic Risingで描いた緩やかな終末世界を横目にしながら絶望にも近い闇からの脱出、新たな世界の創造を模索するかのような精神が貫かれています。
こうした絶望的な闇の中で見つけた答えのようにこの作品では過去やインターネット社会、そこに生きる人との対話という5,6分もかけた壮大なミュージックが展開されており、Pet sounds、Judee sillといった60s、70sの絶望にも近い闇を内包したバロックポップ、教会音楽という過去の遺産を活用しながら、OPNを招くなどモダンなものを取り入れるという過去と現在を繋ぎ合わせ、人々をより良い方向に導く新たな世界、新たな精神的支柱を作り出そうとする気概にこの作品は溢れています。
故に本作はこの荒んだ終末社会において芸術、音楽という表現の重要性に改めて気付かされるような傑作です。

Turnによるインタビュー

2.Quadeca - I didn’t mean to haunt to you

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Youtuber上がりのLA出身のラッパー/SSWの3作目
この作品はコンセプトアルバムの第二弾であり美、孤独、罪悪感、死に焦点をあてそれを亡霊の視点から伝えるという作品。
資本主義社会や消費社会の崩壊、限界と同時に個人主義も方向性を失い事実上の崩壊を迎えた時代において自分の存在や生きる意味を見失ってしまった若者の一人であり、前作『From Me To You』で描いた感情の回復も失ってしまいました。
故に彼は亡霊というモチーフを使用するという婉曲的手法を用い、失ってしまった自分の存在や生きる意味を再び取り戻そうとしています。
そのため彼は様々な要素を取り込んでいます。Pet soundsの絶望にも近い闇を内包した宗教的サウンド、Frank oceanの亡霊を思わせる婉曲的プロダクション、Mbdtf期のKanye westの捻くれた祝祭的プロダクション、Lingua Ignotaの絶望的バロック、Injury reserveの形而上学的エクスペリメンタル、James Blakeのアブストラクト的叙情性、Bon iverの孤独のフォーク、Björkの自然的アプローチ、Danny brownのグロテスクなユーモア、Jane Removerの素粒子的グリッチ、The Microphonesの隔絶されたインディフォーク、Swansの時間芸術、Nine inch nailsの調停者的インダストリアルなど、様々な要素を過剰に取り込み、死後の世界を思わせるような世界観を構築しています。
そしてこのアルバムではリリック、すなわち彼のストーリーテリングの技術も極まっており、テーマと現状の提示、現実世界への帰還、怒り、復讐、回想、自分の存在の理解と続き、最後にウロボロス的な終焉で幕を閉じるという重厚的で美しい展開がなされており、幽玄的な空気に感情の吐露というさらなる奥行きを与えています。
このように丁寧に構築されたアルバムは彼の音楽的才能の爆発的な覚醒を示す特異点的で歴史的な大傑作。

1.Kasane vavzed - Red

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kou/kizumonoという名義でボカロックを作るボカロPとしても活動する東京都出身の21歳によるソロプロジェクト。
個人主義の崩壊、エモ過剰消費時代の到来により自分の存在や生きる意味を見失い、若者は生きながら死に、死にながら生きるというゾンビ的状態に陥ってしまいました。
そのような世の中にて彼は様々な要素を過剰に取り込み、この過剰社会にて生きるための軸を作り上げるため彼はそれに対峙するようにインターネット中の知性を蒐集し、暗号的なタイトルや歌詞にマンブルラップを思わせるボーカル、そして歌詞やサウンドで自己を曖昧にすることでシリアスにマニエリズム的にエモ過剰消費時代に抵抗しています。
しかし、その裏にはエモ過剰消費時代の暴力性が潜んでおり、感情や物質の過剰消費、混沌とした時世、アニメ、ボーカロイド文化などが無機質で殺伐とした現代の都市風景を鮮明に描き出しています。
それを表すようにエモラップ、トラップ、ハイパーホップ、メタル、ボーカロイド、Hiphop、エレクトロニックなどといったここ数年日本のアンダーグラウンドで展開されているジャンルや仮面ライダーからのサンプリング、BHS shve、寅吉、排世などといったSoundcloud、ボーカロイド人脈を辿った客演などアブストラクトで分類化を拒む収拾のつかない雑食的な渾沌としたカオスが予測不可能に展開されています。
しかし、彼の圧倒的な集中力や音楽的センスによってそれらを一本の芯の通った音楽として展開される様はまさしく驚異としか表せられません。
この彼の姿は、黒人音楽史で描かれている、カンフー映画など古今東西の様々な知識を投影させたウータンクランの面々や、かのトレントレズナーの姿を彷彿とさせます。
もし、日本にマニエリズムというものがあるのなら、まさしく本作は日本のアンダーグラウンドの精神を所狭しと並べた驚異博物館、アンダーグラウンド絵巻とも表せられる日本式マニエリズムの最高到達点です。

黒人音楽史 - 後藤護
彼の解説コメントが載っている記事

終わりに

いかがだったでしょうか。結構、ビッグネームや話題になっていた音楽ばかりであまり面白くなかったかもしれません。ですが、ここまで付き合ってもらえて本当に嬉しい限りです。2023年には、受験など個人的に大きな出来事がいろいろありますが素晴らしい音楽に出会えることを願っています。それでは。

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