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「神様のひとさじ」第十六話

風のように駆け抜けた白馬では、一瞬のように感じたが、ロバでは、一時間かかった。

「この辺りで、アダムは、動物のお肉が落ちてるって言ってた」
ラブは、ロバから降りて辺りを見回した。
「曖昧な表現だな。野生の動物なのか」
驢馬なのか、ヘビはラブに気を遣ったのか、言葉を不自然に飲み込んだ。
辺りを二人で捜索し始めると、ロバは周囲の草を食べ始めた。

「何も見当たらないね」
「そうだな」
林の茂みを棒で掻き分けるラブと、足でなぎ払うヘビ。
「あっ、キノコ生えてるよ」
ラブが見つけたキノコに手を伸ばすと、ヘビがその腕を掴んだ。

「おい、外で暮らすようになったら、何でも手に取るなよ」
「どうして?」
「触れるだけでかぶれるものもある、口にすれば毒になるものもある。植物だって生きるために進化している。人類が滅亡して長い。何がどんな進化をしているか分からない」
「へぇ~、面白そうだね」
「面白がるな。警戒心を持て。好奇心旺盛な動物は早死にするぞ」
「まぁ、死にたくないけど、私の死は終わりじゃないよ。意味がある」
「どういう意味だ?」
ヘビは、掴んでいたラブの腕を引き寄せた。

「どうって、人間は死んだら木になるでしょ、その木がまた命を育むんだよ」
「まぁ、そうだな。コロニーでも堆肥にされたりする」
「でしょ」
「ああ、とにかく、気をつけろ。植物の中には、肉食植物もあったらしいぞ」
「えー!だって、木には歯がないでしょ!」
「歯のような棘で檻のように囲んだり、酵素で溶かしたり色々仕組みはあったらしいぞ」
「うえー」
ラブは、ぶるると震えて、すっぱい顔をした。

「今からでも、考え直したらどうだ?」
ヘビの腕は離れたが、ラブに触れない所で留まった。
「アダムに連れてってもらった楽園。この先にあったけど、悔しいくらい、嫌になっちゃうくらい、ラブの思い描いていた所だった」
ラブは、目をギュッと瞑って笑った。
「どんな所だ」
「自然が一杯で、動物も沢山居たよ。木のお家が建てられてて、中心には、ラブの大きな木が立ってた」
「そうか。だが、馬も居て数時間で戻って来られるなら、そこまで住むことにこだわらなくても……」
良いのでは無いか、ヘビの言葉は続かなかった。

木の枝に引っかかった、腕輪が目に入った。
「ヘビ?」
「待て、振り向くな」

もしも、近くに驢馬であった何かが有ったら、ヘビはラブをそっと押しのけて、木に近づいた。枝に引っかかった腕輪は、乾いた血が張り付いているが、周囲には何も見当たらない。

「それ、驢馬の?木に食べられちゃったの?」
「そんな訳あるか。やはり、驢馬は獣にやられたのかも知れないな。バンビの母も、腕輪と衣服の端切れだけが残っていた」
ヘビは、驢馬の腕輪を手に取った。

「そっか……」
ラブは、不謹慎だがホッとした。アダムが、驢馬の死や失踪に関与しているのではないかと、少し疑っていた。

「誰と連絡を取っていたんだ」
ヘビが、カチカチと腕輪を操作した。
『くそぉ、おい!鳩、聞いてるか!今からコロニーの出口まで来い、わかったか⁉』
驢馬の残された送信メッセージに、二人が目を見合わせた。

「憂さ晴らしに呼び出されたのか?」
「どうして、黙ってたんだろう」
「疑われるからだろう。問題は、会いに行ったのか、行っていないのか。鳩は、驢馬の死に関与しているのかだ」
「……そうだね」
ラブは、息苦しくて、大きく息を吸って溜め息を付いた。

「帰ろう」
「うん」
ヘビは、腕輪を仕舞い、ラブを促して歩き出した。


「沢山、人間が居るのは賑やかだし、面白いけど、大変なんだね。色んな事が起きる」
「ああ」
「ヘビは、大変じゃないの? 皆のリーダー役」
「生まれた時から、決まっていたからな。俺も、お前の運命っていう言葉、馬鹿にするような資格は無かったな。そうなる、そうすべきだ。疑いもなかったし、信じきっていた」
歩き続けるヘビが、何処か遠くを見ている。
「一緒だね」
「どうだろうな。俺は、最近、反抗期だ」
「え?」

「ハジメのやり方に疑問や不満がある。このままで良いのか、悩み出した」
「一緒だよ。私も……モヤモヤ、ぐるぐる悩んでる。反抗期っていうのか」
「反抗期は冗談だが、何に悩んでいるんだ?」
ヘビの視線が、ラブに戻ってきた。

「教えない。良いの。私は悩んでるけど、この頭の中の煙、全部蹴散らして行くのが正解なの」
「そうか。お前の方が大人だな。俺は、正解を変えたい」
そう言って苦笑するヘビを、ラブは眩しくて、遠く感じた。
「すごいなぁ、ヘビは」
「別に普通だ。最近、とくに思い知らされた。今までは、何処か驕っていた」
「ヘビは、凄いよ。本当だよ」
ラブが、ニコニコ微笑んでいると、ヘビがコートの中を漁り始めた。

「思い出した」
「何?」
「ほら、お前がいつも腹が減ったばかり言っていたから、つい持ってきた」
ヘビの手がラブの目の前に差し出された。
以前貰ったのと同じ、小さな麻袋だった。

「貰って良いの!」
「もう、必要ないって理解していたはずなのにな……」
「必要あるよ、ありがとう!」
ラブは、麻袋を受け取って、中から一つ、赤い飴玉を取り出して口に入れた。
「美味しいよ」
「味はしないんだろう?」
「いーの、嬉しい気持ちを食べてるの」
「意味がわからない」
文句をいうヘビは、微笑んでいた。ラブは、袋を握り、これがきっと最後の贈り物だから、大切に食べようと思った。


コロニーまで戻ってくると、ロバは、一人でカポカポ歩き出し、山の方へと消えていった。

ヘビが、出入り口のロックを解除し、二人は中へ入った。エアーシャワーを通り、居住区の方へ向かうと、騒がしい声が聞こえてきた。
「何かあったのかな?」
二人は、駆け足で向かった。


「本当だ、この目で見たんだ!」
驢馬の取り巻きの男が、何かを必死に訴えていた。それを皆が馬鹿にするような、怪訝な目で見ている。
「どうしたんだ?」
「おかえり、ヘビ」
フクロウが、中心で手を上げた。
「どこ行ってたの?大丈夫?」
ラブの元へ、アダムが駆け寄ってきた。
「外で……ヘビと驢馬の手がかりを探してたの」
「アダム、皆集まって、どうしたの?何があったの?」
「見たんだって」
「何を?」
――驢馬を。そう言って、アダムは、笑った。


「驢馬を探して、結構遠くまで歩いたら、丘の向こうに驢馬立ってたんだ!」
男は、恐ろしいものを見たかのように、震えていた。
「そんな訳ないだろう、だって驢馬は、生きていると思えない怪我だ。もし、奇跡的に生きていても立てない」
フクロウが、男をあやすように肩を叩いた。
「でも、間違いない。驢馬だった。怪我一つしてなかったんだよ!」

「じゃあ、なぜ一緒に戻って来なかった」
土竜が聞いた。
「お、俺も呼んだんです。無事だったんだな、コッチに来いよって。でも、驢馬、目つきがおかしくて、表情もなくて、こっちの声も聞こえてるのか、直ぐに何処かに消えちまって」
「つ、疲れていたんじゃないですか!生きているはずない、ってハジメも言ってたじゃないですか」
鳩は、落ち着きなく大きな体を、動かしていた。ヘビの厳しい視線が、鳩に注がれる。
「そんなの、てめぇに言われなくても、分かってる!」
男の足が、鳩を蹴りつけ、フクロウとヘビが止めに入った。

「一つ聞きたいが」
ヘビが、男に向き合った。
「お前が見た驢馬は、腕輪をしていたか?」
「腕輪?どうだったかな……」
男は首をかしげ、たっぷり考えたあと、してなかったと答えた。
「そうか」
ヘビが、驢馬の腕輪を取り出した。

「さっき、荒野の先の林で見つけた、驢馬の腕輪だ」
ヘビが、鳩を見ると、鳩は目を見開いて、隠れるように体を小さくした。
「なぜ、生きているなら帰ってこない。なぜ腕輪を外した、あの怪我の映像は何だったんだ?もはや、誰の何を信じて良いか分からないな」
土竜が、聴衆に同意を求めるように苦笑した。
「ホントだよ!結局あの子は生きてるのか?死んだのか、殺されたのか、どうなってんだよ!」
キボコが、怒りを含んだ悲痛な声で叫んだ。

『あの映像は、本物です。あの怪我と、予想される出血量では、驢馬の生存の可能性はありません』
「俺は、本当に見たって言ってんだろうが!このクソ機械が!」
「きゃあ」
カッとなった男が、近くの女の手にしていた本を掴んで、天井に投げつけた。
ライトが割れ、破片が飛び散った。
「……」
ラブの頭上は、ヘビのコートと、アダムの腕に守られた。

「俺は、このコロニーに不信感を抱いている。丁度良い。驢馬が外に居るかもしれないなら、俺は外で暮らす。驢馬は、コロニーの誰かに暴行されて、怖くて戻れないのかもしれないしな。アイツは、威張っているが気の弱い小心者だ」
土竜が言った。
「アタシも、行くよ」
キボコが手を上げると、稲子も頷いた。土竜の取り巻きと、驢馬の取り巻きも、次々と手を上げた。その数は、十三人に及んだ。

「おーい、待て、待て。驢馬は、獣に襲われて死んだかもしれないんだぞ」
フクロウが、驚いたように両手を挙げた。
「アダム達のコロニー付近には、獣も出ないんだろう。生活基盤もあると聞いた。俺達は、これを期に移住する」
「正気で言っているのか?アダム、まさか受け入れるのか?」
ヘビが、アダムを睨むように視線を送った。

「えー、別に歓迎しないけど、拒否もしないかな。僕とラブの邪魔にならなければ、別に良いよ。まぁ、ちょっとは何かの役にたってくれそうだし」
アダムは、ラブにガラス片が付いていないか確認しながら、興味なさそうに答えた。
「……アダム」
ラブには、こんな形で、彼らが外で暮らすことが良い事だと思えなかった。土竜が、驢馬の事を想って言っているように思えない。何か、嫌な予感がして仕方なかった。

「許可できない」
「此処を出るのに、お前の許可が必要か?」
土竜は、ヘビを煽るように顔を近づけた。
「今度は外で問題を起こすつもりか?アダム、お前も考え直せ」
ヘビの意見に賛成するラブは、アダムの腕を引いて真剣に見つめた。
「俺も、俺も行く!」
バンビが、大人を掻き分けて、アダムの前にやって来た。
「驢馬が生きてるかもしれないなら……母さんも生きていても不思議じゃないだろう!俺も外の世界で暮らす!」
「えー」
アダムは、面倒くさそうに頭を掻いた。

「バンビ、貴方のお母さんは、もう……」
クイナが、バンビに手を伸ばしたが、その手ははたき落とされた。


「皆、まずは驢馬の事から解決しないか?それから、もし移住したいという者がいるなら、先行調査するべきだ」
「解決って、探す以外に何があるのよ」
キボコがヘビに顎をしゃくった。
「……驢馬の腕輪には、鳩との通信記録があった」
皆の視線が、鳩に集まった。
鳩は、頭を抱えて、ガタガタと震えている。

「おい、てめぇ。どうゆう事だ!」
男達が勇んで鳩に詰め寄るのを、フクロウとヘビが間に入ってとめた。
「あの夜、何があったのか聞かせてくれ」
ヘビの問いかけに、床に座り込んだ鳩が、口を開き始めた。

「あの夜……驢馬さんは、き、機嫌が悪かったみたいで。憂さ晴らしに俺を外に呼び出しました。いつも通り、殴られて、蹴られながら文句を言われました。でも、その後、疲れた驢馬さんは、俺にさっさと戻れって言って……俺は、それ以降は知りません!本当です!」
「何で黙っていたの?」
クイナが聞いた。
「それは……流石に馬鹿な俺でも、最後に一緒に居たのがバレたら、疑われるって分かってましたから、言えなかったんです!」
鳩は泣きながら、すみませんでした、と頭を床に擦りつけた。

「結局、何にも分からないじゃない。人なの獣なの」
キボコが、呟いた。
「扉の開閉は、九回。鳩、お前は驢馬と一緒に出たか?」
「いいえ……外に来いと呼び出されて、出たら出入り口で驢馬さんが待ってて、蹴られながら山の茂みの方へ連れて行かれました」
「それなら、あと二回不明な開閉が有る事になるわね」

その二回は、アダムだった。
ラブは、緊張と恐ろしさで、何度も髪に手を当てた。

どうして、言わないの?ラブは、アダムを見やった。アダムは悪びれる様子もなく、普段通り微笑んでラブを見下ろしている。

「もー面倒くさいなぁ、いい加減名乗り出ろよ!後から自分だったなんて言ったら、犯人にされるぞ」
イラついた稲子が、人々に睨みをきかせた。
「怪我したのが演技で、だから外でピンピンしてるとか?」
アゲハが言った。

「うっせーな、お前は黙ってろよ!」
「君も落ち着いて」
アゲハに噛みつきそうな稲子の前に、イルカが身を乗り出した。
「とりあえず、明日、鳩が驢馬と会った付近を中心に調べてみないか?」
ヘビが提案した。

「まぁ、俺達にも準備が必要だしな」
土竜が言うと、手下たちが「此処で稼いだ金を使い切らないと」と冗談めいて言った。
コロニーを出る気が無い者たちは、眉を顰めている。
「くれぐれも、ルールは守れ」
珍しく、感情を乗せたヘビの物言いに、男達が一瞬、騒ぐのをやめて「わかっているさ」、と誤魔化すように笑った。

皆が落ち着かない空気を纏っていた。


夜になると、土竜たちは、酒や食糧を大量に用意し、食堂で集まっていた。いつもは、自分達の部屋や、人の目に触れにくい場所で騒ぐのだが、まるでヘビたちに見せつけるようだった。

彼らに関わりたくない者たちは、今後のコロニーの未来に不安を抱きながら、目を逸らし部屋へと戻った。
ヘビやフクロウたちも、最初は彼らを見張っていたが、問題を起こすまでに至らないと判断し、引き上げた。

ラブは、アダムと畑で話をしていた。

「ねぇ、どうして話をしないの?土竜たちを本当に連れていくの?」
木の根元に寄りかかり、サルーキの耳で遊んでいるアダムに、ラブが近寄った。
「何を話すの?」
「アダムが、私と外へ出る前に、一回外へ出たでしょ?その時、驢馬は居たの?」
ラブは、疑うような質問をすることに後ろめたさがあり、アダムから目を逸らした。
「どっちだと思う?」
「分かんないから、聞いてるの」
「まぁ、別に僕は殺してないよ、驢馬の事。あの時は、外がもう雨降ってないか確かめに出ただけだよ、ラブが濡れちゃうから、雨なら何か雨よけが必要でしょ?」
「そう……で、土竜たちの事は?」
「僕らの楽園、最終的には、ここのコロニーの人達も一人ずつ招待しようと思ってたんだよ」
「そうなの?」
「うん、だから、ちょっと計画通りじゃないけど、良いかなって。彼ら悪い事、考えてそうだけど、安心して。楽園は、僕らにとって安全な場所だから」
アダムの手がラブに伸ばされた。ラブの体が抱き寄せられて、ポンポンと背中を叩かれた。
安心するはずの、片割れの腕の中なのに、ラブは何だか居心地が悪かった。
それは、今の落ち着かない気分のせいなのか、ラブは深いため息を吐いた。

「今日は、もう戻るね」
ラブは、アダムの胸を押し返し、立ち上がった。
「送っていくよ」
「大丈夫、もう迷ったりしないよ」
「じゃあ、サルーキ、君がラブのナイトになって」
アダムの言葉に、サルーキが真面目な顔で立ち上がった。
ワン、と吠えてラブを振り返り、気取って歩き出した。
「おやすみなさい、アダム」
「うん、おやすみ」


「結局、驢馬が居たのか、答えてないよ……アダム」
ラブは、サルーキと歩きながら、肩を落とした。

(私は、色んな人を疑っている、良くない感情を抱いている。嫌だな、初めてヘビとあったあの日から、時間がたつに連れて、自分が単純じゃなくなっていくのを感じる。あの時は、自分の片割れの男性に会えて良かった、嬉しい、お腹空いたしかなかったのに)

ラブは、ヘビに貰った飴の袋を取り出し、ぎゅっと握りしめた。
すると、サルーキが首を伸ばし、クンクンと袋の匂いを嗅いだ。

「駄目だよ、サルーキ。飴は、きっと食べない方が良いよ」
「ワン!」
ラブの声かけに答えたサルーキが、早足で歩き出した。
「ちょっと、何処行くの?そっちは、居住区じゃないでしょ」
「ワン!」
呼び止めるラブを、サルーキは自信満々の知った顔で振り向き、頷いた。
「何?ま、待ってよ」
勝手に何処かへ向かうサルーキを、ラブが追いかけた。

サルーキは、滝を眺める事が出来る部屋の前で止まった。そして、カリカリとドアを爪で掻いた。

「此処を開けるの?」
ラブは、首を傾げながら、ドアを開いた。
ざーっと水が流れ落ちる音が聞こえてくる。
「誰だ?」
中から、ヘビの声が聞こえてきた。
「ヘビ?」
ラブは、ドアの中を覗き込み、足を踏み入れた。

「お前、何をして……」
ヘビは、はっと鋭い目を見開くと、手すりから離れ、ラブの方に一歩踏み出すと、此処を通さない、とばかりに長い腕を広げた。
「もう」
飛び込んだりしないよ、言いかけてやめた。面白くなって、両腕を構えた。ヘビを掻い潜り手すりに触れる事が出来たら勝ち、そんな気がした。
「たあ!」
ヘビの脇を通り抜けようと、走り込んでいく。
「何なんだ⁉」
あっさりと捕まり、後ろからホールドされて、手すりから離された。

「あはは、無理だったかぁ」
ヘビに抱き上げられ、足をブラブラさせながら、ラブは笑った。
「意味の分からない事をするな、もう水辺に近づくな」
ヘビの大きな溜め息が、ラブの髪を揺らした。

(駄目だ……本当にもう駄目。ヘビの事が好き)

ラブの顔は、真っ赤で、心臓はドキドキと高鳴った。
「は、離して。もう飛び込んだりしないよ!」
「……本当か?」
「本当だってば!」
ラブの足は地に着いた。
「一人でフラフラ出歩いて何しているんだ?」
「え?一人じゃないよ、サルーキと、あれ、居ない」
ラブは、キョロキョロと見回したが、サルーキの姿はない。
「気をつけろ、土竜たちは、もう此処に残るつもりはなさそうだ。何をするか分からない」
「うん、ヘビ、大丈夫?」
「何がだ?」
「色々。あのね、えっと」
ラブは、アダムの話をしようと思い、部屋のドアを閉めた。
挙動不審なラブを、ヘビが心配そうに見下ろしている。

「今、話をすることって、ハジメも聞いている?」
ヘビは、少し考えた様子で動きを止めてから、自分の腕輪とラブの腕輪を弄った。ピピッと電子的な音がした。
「口元を押さえて、小さい声で話せ、認識されない」
ヘビの言葉に、ラブが大きく頷いた。そして、ヘビの事を手招きして、腕を引いて前屈みにさせた。
ヘビの耳に手を当てて、コソコソと話始めた。

「本当は、あの日、私とアダムが外に出る前に、アダムが先に外に出たの。ほんの数分だったけど……アダムは、驢馬を殺したりしてないって言ってるし、やっぱり驢馬は獣に襲われたんじゃない?」
ラブが、ヘビの耳から離れた。
そして、今度は、ラブの腕を引いたヘビがラブの耳元で口を開いた。

「ならば」
「ひいい」
話を始めた途端に、ラブがくすぐったがって、耳を押さえて離れた。
「……おい」
「だ、だって!くすぐったいし、緊張するし!」
「お前も、同じ事をしただろう」
俺だって耐えていた、ヘビは、そんな目で偉そうにラブを見下ろした。
「むー」
口を噤むラブに、もう一度ヘビが顔を寄せた。

「なぜ、アダムは黙っているんだ?まぁ、アイツなら愉快犯的に口を閉ざしそうな気がしてきた」
「私も、ちょっと、そう思う。ヘビは、驢馬が生きてると思う?」
ラブは、口元を隠すように俯いて、顔を寄せているヘビの頭に、自分の頭をくっ付けた。
「AIは、配慮がないし、心もないが嘘はつかない。ハジメの画像は本物だ」
「じゃあ、やっぱり驢馬は、獣にやられて死んじゃったのかなぁ?」
嫌な事をされて、嫌いだったし、許せないと思ったけれど、死んで欲しいとまでは思っていなかった。

「何とも言えない。今、イルカが腕輪を詳しく解析している。音声は録音していないが、位置情報の推移と、生体反応の情報は取り出せるはずだ。何か分かるかもしれない」
「……ごめんね」
「なぜ、謝る?」
「ラブ達が、外で暮らすなんていうから、土竜たちも外に行くって言いだしたんでしょ?それって、ヘビや、此処に残る人にとって、良くないことだよね?」
「良いか、悪いかは、時間が経たなければ分からない。一人の人間としての結果の善し悪しと、全体としての判断はまた別物だ。ただ、対立し分断してしまい、交流がなくなるのは、どちらにとっても利益がない。感情だけで社会を築き維持することは難しい。だから例え、お前達が外で暮らしても、お互いに助け合う必要がある」
ヘビが天を仰いだ。

「結局は、ハジメの言ったとおりだ」
「ヘビ?」
「正しいのは、いつも機械だ。やはり、俺はハジメに従い、お前は運命とやらに従うのが〝正解〟なんだろう」
ヘビはラブに向き合うと、恐る恐る、手を伸ばした。ラブの頬に、ヘビの荒れた手が添えられた。
触れられるだけで、嬉しくて、切なくて、胸が痛い。感情の高ぶりで、ラブの目が潤む。

「ヘビは、感情だけで言うと、どんな気持ちなの?」
ラブをジッと見つめ、暫く時を止めたヘビが、操るように自らの口角を上げた。
「言葉にするのは、難しい。ただ、自分が滑稽で可笑しい」
「可笑しい?」
「ああ、黒を白に変える方法がないか、滝が空に昇る方法がないか、馬鹿な事を考える」
ラブは、ヘビの物言いが難しく、何度も首を捻った。
「どういうこと?」
「何でもない」
ヘビは、ラブの腕輪に触れ、また同じ電子音を響かせた。

「部屋に戻るぞ」
「う、うん」


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