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「神様のひとさじ」第十五話


ラブは目を覚ました。時計を見ると、午前九時を回った所だった。
しまった、動物たちの世話をしに行かないと、体を起こすと頭上から放送が聞こえた。

『住民は居住区の一階部分に集まってください』

外から「何なの?」と人々の声が聞こえてきた。
ラブも、手早く身支度を調えて、部屋の外へ出た。

一階の中心部と、二階の階段部分には、人々が集まり、顔を見合わせている。

過去にもハジメに全員が呼び出されることが、何度かあった。それは大概、問題が起きた時だった。今度は一体何が起きたのか、皆が晴れない表情で待機している。

「ねぇ、あんた驢馬の被害にあったって聞いたよ?大丈夫?」
ラブを見つけたアゲハが肩を寄せ、呟いた。
「う、うん」
「これから、驢馬が裁判されるの?」
「え?し、知らない」
ラブは、首を振った。階段を降りて下まで辿り付くと、アダムが歩み寄ってきた。

「ラブ、おはよう。まだ眠いよねぇ」
「ねぇ、アダム。何が始まるの?」
もしも、自分の出来事がこんな大勢の場で議論されるなら、嫌だ。ラブは、アダムのTシャツを握りしめた。

「さぁ、朝から土竜が、ヘビたちに文句言ってたらしいけど」 
「あっ、来た」
アゲハが居住区のドアを指さした。土竜とキボコに続いて、ヘビたち執行部が入って来た。皆険しい顔をしている。

「皆集まってるかしら?」
クイナが、数を確認するように視線を走らせた。
人々は、彼らを中心に半円を描くように集まった。
「まず、報告したいんだが」
ヘビがチラリと観衆に目をやり、話し始めた。

「昨夜から驢馬の行方が分からない。二十二時半以降に驢馬を見た者は居るか?」

驢馬が居なくなった?
ラブは、眉を寄せた。

「どうゆうことですか?俺達、昨日は驢馬と呑んで、イルカに注意されて解散しました。その時、驢馬も部屋に戻ってましたよ」
驢馬の取り巻きが言った。
「そうだ、それが二十二時の出来事だ。その後、驢馬は一人で部屋を出た。その後……ある女性に暴行しかけ、俺が注意し部屋に戻るように指示したが、戻らなかった」
ヘビは、ラブから視線を外して言った。

「はーい、僕、会ったよ」
アダムが手を上げた。
「いつ、何処でだ」
土竜が聞いた。
「んー、ラブを探してたときに、畑で」
「何を話した?」
「えー、秘密だよ」
アダムは、ニコニコ笑いながら、耳を掻いた。
「話をしただけか?」
ヘビが聞いた。
「んー、ちょっと顔面をグーで殴っちゃった」
可愛らしく発言するアダムに、周囲がザワついた。
「どうして、そんな事したの?」
ラブが、アダムの腕を引いて、小声で尋ねた。

「だって、驢馬がラブを馬鹿にするような事言ったから。許さないよ」
駄目だった?アダムが叱られた子犬のように眉を下げた。
「でも、彼、元気に鼻血垂らして逃げてったよ、その後は知らない」
「……」
土竜と、キボコは何も言わず、稲子は居心地悪そうに顔を逸らしている。

『昨夜、驢馬が問題行動を起こしてから、暫くは動きを追っていました。彼は、ヘビに注意を受け、アダムに殴られ、誰かに連絡をしていました。事態は収束したと判断し、その後は追っていません。昨日は節電モードでしたので、誰と連絡をして居たのか、こちらに通信記録は残っていません。監視システムも重要施設以外はランダムに作動していました。コロニーの出入り口のカメラに残った驢馬の画像が一枚だけ有ります』
ハジメが会話に参加した。

「見せてくれ」
ヘビが言うと、『暗いので多少修正を加えました』ハジメが答え、居住区の壁に画像が映し出された。

出入り口の前に、驢馬が倒れている。頭から血を流し顔を赤く濡らしている。彼方此方も、泥だらけ血だらけで、右腕と左足が不自然に曲がっていた。

「きゃああ」
女性の悲鳴が響く。アダムは、ラブを抱き寄せて画面が見えないように体の位置を変えた。

「これは……何時の映像だ?」
ヘビが問うと、『二十三時、四十分です』ハジメが答えた。

「俺とフクロウは、驢馬が見つからず、二十三時ごろに、外に見回りに出た。その時に、驢馬は倒れていなかった。その後、小一時間捜索し、戻ったときにも彼はいなかった」
フクロウが頷いた。
「僕らも、昨日の夜、外に出たよ。時間は覚えてないけど、驢馬みてないよ。帰って来たの朝だったけど、居なかったよ」
アダムが、言った。
ラブは、アダムの腕の中で、体が震えた。

(外に出た時、変な匂いがした。確かに驢馬は居なかったと思うけど……あれってまさか、血の臭いだった?)

「じゃあ、一体、あの子は何処に行ったのよ。この……生きているかも怪しい怪我で、自分で行方をくらませると?」
キボコの声は、怒っているようでもあり、迷っているようでもあった。
どんなに出来が悪い息子とはいえ、こんな映像を見せられて動揺せずにはいられない。驢馬が、ラブに性的暴行をしかけた話は聞いている。ソレに関して、昨夜の時点で懲罰は免れないと思っていたし、碌でなしな息子に怒りを覚えていた。

『この怪我と出血量を考えると、生存の可能性は低いと思われます』
場の空気を読まない、ハジメの発言に人々が言葉を失った。

「つまり、驢馬を殺した人間が、此処にいるということか?」
土竜が言った。
「殺されたとは限らないのでは?獣の仕業の可能性もある」
「そうか? 俺には暴行されたようにしか見えないがな」
彼は、人を殴り殺したことがある。土竜は失った耳に触れて笑った。

「コロニーでの殺人は御法度、耳を切り落とされる奴が居るな。今回は、AI搭載のロボットは動いて居ない。俺がやってやるぞ」
ラブは、恐ろしくなって耳を押さえてアダムの胸に顔を埋めた。すると、アダムはラブの頭を撫でて、背中を優しく叩いた。

「ろ、驢馬さんを探しましょう!」
階段に足を抱えて座っていた鳩が立ち上がった。
「居なくなったということは、まだ生きてるって事もありますよね!」
「遺体が遺棄された可能性が高いわ。もし驢馬が、あの状態で生きていたとして移動できる範囲は少ないし、今のコロニーの全てをカメラで探したわ。探してないのは、それぞれの居室だけよ」
「ほんとアンタたちって、心も機械よね」
キボコが、うんざりしたように髪を掻き上げた。

『クイナの発言は、客観的事実です。彼の遺体がコロニー内にあるとするなら、個人の居室が考えられます。彼が見つからないことはコロニーの損失です。遺体が有効活用できません』
人々は静まり返り、呼吸も止めた。
機械にとって、人の遺体は人に非ず。今まで死んだ人間は、セレモニーが行われ、沢山の花と共に棺桶に入れられた。その遺体は、土になると聞いていた。

「ハジメ!暫く発言を控えろ」
ヘビの声は強く、空気を震わせた。
「はっ、本当に機械っていうのは、しょうもないな。いい加減、こんなのに支配されていることが馬鹿馬鹿しくなってくる」
なぁ、と土竜は聴衆に語りかけるように言った。
「この中で、部屋を探されて困る奴は居るか?」
「土竜、やめろ」
「いないだろ。そうなると、外に出た奴らが息子をやった可能性が高いんじゃないか?」
土竜は、ヘビとフクロウ、アダムとラブを順番に見た。

「昨夜の出入り口の開閉記録は、九回よ。驢馬が一回、フクロウとヘビが出入りで二回、アダムとラブさんが二回と考えても、あと四回開いているわ。彼らに嫌疑をむけるのは早いわよ」
クイナが土竜を窘めた。

(アダム、私と出る前に、一度出入りしてた……言わないのかな?)

ラブは、アダムを見上げたけれど、アダムはニコニコ笑っている。
まさか――恐ろしい考えがラブの中で湧き上がった。ガタガタと体が震える。

(もしも……アダムが驢馬を殺したとしたら?それって、きっと私の為だ。バレたら、アダムが耳を切り落とされて、閉じ込められちゃう?)
ラブは、驢馬の安否よりも、アダムが心配だった。そんな自分に、嫌悪感も湧いた。
気持ち悪い。ラブはアダムが皆に押さえつけられ、耳を落とされる姿を想像し、血の気が引いて、目の前が白くなってきた。

「……おい」
ヘビが、ラブの異変に気がついて、声を掛けた。
「ラブ、大丈夫?」
ガクッと足の力が抜けたラブの体を、アダムが支え、抱き上げた。
「ラブさん?」
クイナが駆け寄ってきた。

「あー、僕らの部屋とか勝手に調べて良いよ。クイナ、ラブを診て」
「ええ」
クイナが歩き出し、アダムが付き従った。
「とりあえず、解散しよう。もう一度、俺とフクロウで外を捜索に行く」
ヘビは、ラブに心配そうな視線を向けてから、聴衆に向き合った。
「俺も行くぜ、証拠を隠滅されたら困るからな」
土竜がヘビの前に進み出た。
「分かった」

結局、外での捜索は大人数になった。ヘビにフクロウ、土竜と、その取り巻き、驢馬の取り巻き、鳩で周囲を捜索した。

雨の後の地面は、グチャグチャになっている。
この山の付近は水分の多い地層と、南に広がる比較的乾燥した荒野があり、その先は海になっている。犯人が海に遺体を捨てていれば、発見は難しいかもしれない。
ヘビとフクロウは、目を見合わせ海の方を眺めた。

「この足跡はなんだ?何の動物だ?」
フクロウが、白馬の蹄の痕を発見し、しゃがみ込んで眺めている。
「向こうの林の方までずっと続いてますね」
鳩が、大きな体を伸ばして、遠くまで眺めた。
「コレは……馬か?相当大きいな」
「馬は、人間を食べますか?」
鳩が手を上げた。
「いいや、気に食わないことをすれば攻撃はされるかも知れないが……そもそも、この足跡だと、暴れてなさそうだ」

ヘビの頭には、アダムが浮かんだ。
移動手段があるならば、遠くからラブの実を取って、すぐに戻る事が可能だ。コロニーにも、バイクや車の製造方法や工具、部品になりそうなものがある。フクロウが、趣味でこっそり作っている。

近い将来、馬やロバの繁殖は構想されている。しかし、アダムはもう、それを手にして、飼い慣らしているのに、今までずっと隠し続けていたのか――やはり、信用ならない。
ヘビは、目を眇めてコロニーを見た。

「やっぱり、アダムが怪しいんじゃないか?アイツが驢馬を殺して馬に乗せて何処かへ運んだんだろう!」
「アイツの女が襲われたんだろ、だから動機は有る」
「アイツらをやってやろうぜ!」
驢馬の取り巻き達が騒ぎ出した。
土竜は、静かに事の成り行きを見守っている。
「待て、証拠もないのに憶測で暴力事件を起こせば、お前達が裁かれる番だぞ」
ヘビは、拳を振り上げた男の腕を強く掴み、下げた。
「そーだよ、こういう疑心暗鬼は良くないよ。それに、驢馬が連絡をした相手っていうのが気になるよね」
フクロウが、まぁまぁ、落ち着いてと笑っている。

「驢馬の腕輪だけでも見つかれば、驢馬の行動が見えてくる」
「ひぃ……」
「うるせぇぞ、鳩」
「す、すいません……バンビの母親を思い出して、変な想像しちゃって……」
鳩は、体を震わせ、ペコペコと頭を下げた。
バンビの母親が亡くなったあと、数日後に腕輪だけが発見された。

「お前達が、驢馬を呼び出したんじゃないのか?」
土竜が、歩み出た。彼の取り巻きが、ヘビとフクロウに威嚇するように睨んでいる。
「何の為に?」
「処理する為にだ。アイツは、仕事もサボるし問題ばかり起こす、女達にも嫌われていて、繁殖できるとも思えん。邪魔だったんだろ?」
「俺達は、コロニーの人間を増やすことを使命にしている。減らすような事はしない。殺す意味も、意義もない」
「お前らは、そう考えたとしても……あの機械はどうかな。アイツは血も涙もない、鉄屑だ。人間じゃない。なのに、俺達はいつまで、支配されているんだ」
「……」
「俺たちは、このコロニーを出て行く検討をしていた。それに一番、乗り気で周りを誘っていたのが驢馬だ。お前らが、消したんじゃないのか?」
「出て行くとはどう言うことだ。どうするつもりだ」
「アダム達が居た場所だ。そこで暮らす」
男達が、土竜の後ろに集まった。
「アダムが、了承したとは思えない」
「まだ言っていない」
土竜が不敵に笑った。土竜達は、アダムの住処を奪うつもりだ、ヘビは気がついた。

「ちょっと良いか?そのアダム達が居た場所が、そんなに多くの人間が食って暮らしていける場所だと確証があるのか?それに、元々少ない人間たちが二手に分かれたら、お互いに暮らしにくくなるし、衰退の一途だろう」
フクロウは、流石に笑ってられず、困った顔で頭を掻いている。
「繁殖も、再びの繁栄も、義務じゃない。俺達の自由だ」
「その、お前達の自由とやらに、他の人間を巻き込むな」
「何も全員連れて行くなんて思って居ない。まぁ……ただ、俺達の移住が成功すれば、他の奴らも移転に興味を持つだろう。そうなったら、お前らも、機械も用済みだな」
土竜は、自らの耳に手を当てて、薄ら笑いを浮かべた。

「考えが、楽観的すぎる。調査も検証もなく、リスクの説明もなく、希望論だけで人を先導するな。俺達も此処に固執している訳じゃない。今の最善の策なだけだ」
「一人も人間を増やしてない頭だけのお前ららしいな。考えてばかりだ。何事も、手をだしてみなければ分からないだろ。失敗して何が悪い。そのリスクを負うから面白いんだろう」
「……」
ヘビは、溜め息をついて首を振った。土竜に付き従う男達が、ニヤニヤと笑っている。

「まぁ、待て。とりあえず、今は驢馬の事件を解決しよう。話はそれからだ」
フクロウが、ヘビの肩を叩いた。
「そうだな、そいつの耳をコロニーの思い出として持って行くとしよう」


「……あれ?」
ラブが目を覚ますと、何度か来たことがある、診察室だった。
クイナが近くに居るのかと、首を動かすと、ベッドの脇でヘビが丸椅子に腰掛けていた。ヘビの大きな手が、不自然な所で止まり、ラブの視界に入る照明の明かりを遮っていた。
「……気がついたか?」
「ヘビ……」
「具合はどうだ?」
「う、うん。大丈夫」
ラブは、体を起こしながら、何が起きたのか思い出した。
「アダムは、各部屋の調査に立ち会っている」
「あっ……うん」
「なぁ、もし体調が悪くないのならば、聞きたい事があるんだが」
ヘビは、膝の上で手を組んで握りしめた。

「なあに?」
「外へ出て話しても良いか?」
ラブが頷くと、ヘビがラブのサンダルをベッドの下から取り出して並べた。ラブは御礼を言って立ち上がると、ふらついてヘビの方に倒れ込んだ。

「大丈夫か?今日はやめておくか」
「ううん、ごめん。行こう。平気だよ」
ヘビの胸についた手をポンポン叩き、目を逸らしながら笑った。
ドキドキした。ヘビの体温、匂いを感じただけで、ラブは顔が赤くなり、心臓が走り出した。
「重症だ」
「どうした⁉」
「あっ! 何でも無い! 独りごとだよ」


夕べの寝不足もあって、ラブは長い時間眠っていた。コロニーの外に出ると、太陽はもう夕日に変わっていた。ラブは体を伸ばし、大きなあくびをした。
「ん~」
緊張感の無いラブに、ヘビも肩の力を抜いた。
「なぁ、昨日は何処へ行ったんだ?」
「楽園だよ」
「それは、元のコロニーか?」
「うん、何かそんな感じみたい」
ラブは、髪を梳いて、ヘビに背を向けて立った。

「本当に、驢馬は見ていないのか?」
「……わかんない。暗かったし。でも、居なかったと思うよ」
「そうか」
ヘビは、ラブを追い抜いて足を進めた。ラブがヘビの後をフラフラ歩いて付いていく。
「あのね、ヘビ」
「何だ?」
「ヘビがコロニーから出た時、お外はグチャグチャだった?」
「それは、この地面がということか?」
「出口の所」
ヘビは、目を閉じて考えた。
「まぁ、所どころ、泥濘んでいたかな……」
「ラブ達が、出た時……出入り口の地面、ぐちゃぐちゃしてた」
「……」
「ねぇ、もし……ラブが、驢馬を殺して、隠したら、ラブの耳とられて、それからどうなるの?閉じ込められる、お部屋は、真っ暗?」
ラブは、頭を抱えるように両耳を押さえて、しゃがみ込んだ。
ヘビの方から大きな溜め息が聞こえた。ラブの潤んだ視界に、ヘビのブーツが入り込んできた。

「アダムを庇うつもりか?」
ヘビがラブの震える手を取り、耳から外した。
「ちがうよ!」
ラブは、泣きそうな顔でヘビを見上げた。
「お前が殺したと言っても誰も信じない。アダムが今より怪しまれるだけだ」
「アダムじゃ……ないよ」
「俺もそう思う」
「え?どうして?」
「殺すなら、アイツは殴った時に殺してる。それに、殺したなら、わざわざ戻ってくる理由がないだろう。お前を連れて、さっさと此処を出て行けば良いだけだ」
「そっか、そうだよね!」
ラブは、勢いよく立ち上がった。

「あのね……実は、コロニーから出た時に、変な匂いがしたの」
「匂い?」
「うん、ちょっと臭かった。あれって、驢馬の血の臭いだったのかなぁ?」
そう考えると、恐ろしくてラブは手で顔を覆った。

(アダムは、何で一度外に出たんだろう。アダムに聞くまで、ヘビにも話せない……)

「そうかも知れないな。お前達は、馬に乗って出かけたのだろう?驢馬の腕輪は見なかったか?やや蓄光するから、夜でも目視できるはずだ。アレが見つかれば……驢馬が誰と連絡を取ったか分かる。ソイツと外で待ち合わせて、問題があったのかも知れない」
「腕輪?馬、早かったし、よくわからな……あっ!」
「どうした?」
「アダムが、途中、動物のお肉が落ちてるって、うぅ……」
ラブは、閃いて想像し、再び俯いた。ヘビの手が、慰めるようにラブの背を撫でた。
「どの辺りだ?」
「ここから走って、ちょっと行ったあたりだったと思うけど。驢馬、やっぱり獣に襲われたのかなぁ?」
「何とも言えない。部屋に送る。その後、探しに行ってみる」

「一緒に行くよ。あの、林の前辺りだよ」
ラブは、荒野の先の林を指さした。

「獣も多いし、すぐそこのようで、歩いたら遠い。疲れるぞ」
「そうなの?馬、また来てくれれば良いのに」
「その馬、アダムが呼んだら来たのか?」
「うん。こうやって、指をお口に入れて、ぴゅーって」
ラブが真似をするが、口からは漏れ出る空気音しかしない。何度か試した。ヘビが鼻で笑っている。

「馬!白の馬さーん!」
自棄になったラブが、叫んだ。すると山の中から、何か動物が駆けてくる音がした。
「下がれ」
警戒したヘビが、ラブを背中に庇い、拳銃を構えた。
すると、足の速い何かが、ガサガサと低木を掻き分け、茂みから飛び出してきた。

『アー!』
一瞬、馬かと思ったけれど、昨日の馬よりも遥かに小さく、濃い茶色の毛並みで、口元と目元が白い。

「ロバか?」
危険が無さそうだと判断したヘビは、拳銃をしまった。
「驢馬⁉えっ、動物に生まれ変わったの?」
「違う、ややこしいな。こいつは、ロバと呼ばれていた動物に似ている」
「へぇ~」
『アー』
やって来たロバは、ラブに懐き、ひとしきり鼻を擦りつけた後、ラブを鼻で突き、自分の背に乗れという動きを始めた。
「乗せてくれるの?」
『アー』
「ヘビ、手伝って」
「ああ……」
ヘビは、ラブの手を取り、ロバに乗るラブを支えた。
「馬より怖く無い! わっ……うん、乗れそう」


カポカポ、ロバが歩き出した。

ラブは、段々とロバと息が合ってきた。隣を歩くヘビの足は速い。長い脚が、前へ前へと進んでいく。ラブは、ぼけっとヘビを眺めた。

(こうして、ヘビと過ごせるのは、あとどれくらいなんだろう。外は危険なんだと思うけど、やっぱり外で暮らしたい。私達は、友達としても一緒には居られない)
ラブは、胸が痛み、会話が出来なかった。


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