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待合室

 駅の待合室はひどく静かだった。日も沈み、木のベンチから伝わる冷気で体の芯が冷える。時折、風が窓ガラスを揺らす。その度に、隙間から冷えた空気が入り込んでくる。寒くて静かな待合の時間だ。
 
 次の列車は約40分後に駅を出る。それまで暇を潰さないといけないが、ここまでの旅路によって、あいにくスマホの充電も切れかかっている。目的地まではまだしばらくかかるから、電池は温存しておきたい。そうなるとやることがない。ただ時間が過ぎるのを待つしかない。ホームから見える道を歩く人達を観察し、あるいはこの部屋に入ってくる人の観察をすることで、なんとか時間を潰している。

 列車の発車まであと20分という頃になると、待合室にも人が増えてきた。最初は私一人だったこの部屋にも、今は5名ほどの旅客がいる。皆、思い思いに時間を潰している。読書をする人、スマホを見る人、音楽を聞く人。私はそういう人達を眺めて時間を潰している。

 静かな時間が流れている。話し声などもしない、ただ風の通り過ぎる音だけが響く。ここにいる全員が赤の他人なのだ。お互いに干渉するわけでもない。今この時間は全員が孤独なのだ。私はここにいる人間にある種の同情を覚えた。冬の暮れ、どんな目的にせよ、一人で次の列車を待っている。その孤独を、私含め、ここにいる全員が体験している。私達は孤独を共有していた。

 列車が入ってくるというアナウンスが流れた。待合室にいた人達は、一人、また一人とホームへ出ていく。私もそれに続くようにしてホームへ出る。外は風がある分、待合室の中よりも寒かった。列車の灯りが見えた時、私は安心した。孤独の終わりを告げられた気がしたのだ。その瞬間、私達の孤独の共有は終わった。そう考えると、孤独が少しだけ恋しくなった。

 列車が駅を出る。私は街の夕闇を眺めながら、ここまでの旅路を振り返っていた。私はあの孤独への同情が、旅人の心に寄り添い、芯となっていくのではないかと思った。

 格好付ければ、一人旅の哲学。有り体に言えば、一人旅の寂しさ。


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