22│09│WHO ARE WE
■某日
台風が近づいている日に限って美容院と国立科学博物館の予約をしてしまっている自分の間の悪さを呪う。ただ普段は予約時間に行ってもなかなか名前を呼ばれない美容院も、この日は台風の影響か普段よりも空いていて到着即案内された。
『刈り上げ何ミリにしますか?』、いつも担当してくれている人は毎回刈り上げを何ミリにするか聞いてくる。こっちは何ミリがどのぐらいの短さか未だにわかっていないし、前回何ミリでお願いしたとかそういうことも全て忘れているので毎度勘で答える。
「6mmでお願いします」。
6mmに刈り上げられた髪を見る。
『こんな感じで大丈夫ですか?』。
何も考えずに「あぁ 大丈夫です」と答える。
これがイイ感じなのか微妙なのか判断できない人間が美容院に行く意味あんまない気するな。
美容院を終えた後にハンバーガー屋へ行くいつものルートを終えて店を出ようとすると、店にやってきたロングスカートの女性が入口でスカートを絞っていた。雫がボタボタと床に落ちる。外に出ると視界が白むほどの大雨だった。仕方がなく駅に向かっていると、靴もズボンの裾も一瞬でずぶ濡れになる。
でもなぜか今日は濡れても不思議とそこまで気にならない。誰に会うわけでもないと適当に着た色落ちしたTシャツに、靴紐がクタクタになった履きつぶしたニューバランスの出で立ち。こんな天気の中で自分のことを気にしてる人間は一人もいないだろうと思うと、服が濡れる気持ち悪さを、自分のことをどうでもいいと扱える気楽さが勝つ。
電車に揺られ国立科学博物館へ向かう。東京に来てもうすぐ10年が経つが国立科学博物館に来るのは初めてだ。行ったことないところ、まだまだ沢山ある。
開催中の企画展『WHO ARE WE 観察と発見の生物学』がネットで話題になっているのを見て興味本位で来ただけだったけれど、これが最高に楽しかった。一部屋だけの展示でそこまで広くはないので40分程度で全て見終わったが、この40分で「へぇー」って頭の中で86回ぐらいは言ったと思う。トリビアの泉なら傑作選行きは間違いない。「なんで?」という疑問で興味を惹きつけ、その疑問に答える形で「そもそも哺乳類とはどういう生き物なのか」や、人間以外の哺乳類の特徴にフォーカスすることでその生態に迫っていく。当たり前だけど知らないことばかり。疑問により刺激された好奇心が、自然界で生きる動物の不思議とも呼べる秘密と出会った時、脳みそがめちゃくちゃ興奮してるのがわかる。あと動物の剥製をこんなに間近で見たのも意外と初めてかもしれない。触りたくなる。
そのあと博物館内の他の展示も見てみたけれど、やはり「WHO ARE WE」が断トツで面白かった。ただ情報を並べられるよりも、疑問と情報がリンクしている方が頭に入ってくる。好奇心を導入にして関心を広げるきっかけ作りが「WHO ARE WE」は抜群に上手かったんだろう。同じ剥製の展示でもデザインと仕掛け一つでこんなにも面白さは変わるものなのかと勉強になった。今『すばらしい人体』という本を読んでいるけど、これもこういう展示になったらもっと面白そうだ。
■某日
週に一度ぐらい「自分は何のために生きてるんだろう」と考えて朝の3時や4時ぐらいまで眠れない日がある。別に死にたいわけでもなければ死ぬ度胸もないので、ただ寝不足を助長するだけのこの時間は本当に無駄なのだけれど、どうしても眠れない時がある。
この前の眠れなかった日、『その着せ替え人形は恋をする』のアニメを見た。五条君の声が想像と違ってなんかなーと思っていたけど気づいたら2時間ぐらいぶっ通しで見ていた。結果2日で全話完走。すぐに「着せ恋 2期 いつ」を検索履歴に残すハマりっぷり。これは現実逃避以外の何物でもないが、自分の思考から逃げたい時もある。
取引先の漫画好きの女性と話していた時に「『ダンダダン』おもしろいですよ。」と言ったら『男性誌ノリのちょっとした恋愛とお色気要素があまり好きじゃない。』と言われた。なるほどなーと腑に落ちると同時に、そこに無自覚な自分はやっぱ男なんだなと思いちょっと落ち込む。この人は『着せ恋』もあんまり好きじゃないだろうな。同じものを見ているのに、目に入るものは違う。
でもその人とも『チェンソーマン』がおもしろいという点で見解は一致している。2人の見解は「『チェンソーマン』は週刊連載で1話ずつ読むより単行本で一気に読んで、そのジェットコースター展開とスピード感を楽しんだ方が気持ちがいい。」だ。
■某日
横浜の赤レンガ倉庫で行われたODD BRICK FESTIVAL 2022に参加する。
到着即目当ての一つ、韓国のBalming Tigerのステージが始まる。なんの事前情報も入れなかったので最初はHYUKOHのようなバンドをイメージしていたけど、登場した5人のMCが縦横無尽にステージを駆け回り、SUPERORGANISMのようなインディーサウンドから民族音楽にオルタナなヒップホップまで楽曲はジャンルレスで形容しがたく、時に振りありのダンスを揃えて見せたかと思えば、曲ごとにメンバーチェンジがありカラーがガラリと変わる自由なステージにかなり衝撃を受けた。何よりライブをしているメンバーが全員めちゃくちゃ楽しそうにしており、見ているこっちも自然と楽しくなってくる。本人たちは自分たちを"オルタナティブK-POPバンド"と称しているようで、ラッパーはいるもののHIPHOPクルーではなく、実際は映像監督などクリエイティブ周りのメンバーも含め11人のメンバー構成らしい。まだオリジナル曲も多くなく今回が初来日のようだったけど、日本で人気が出るのも時間の問題というぐらいこの日一番の発見だった。
そこからAwich→どんぐりず→HYOLYNを挟み2つ目の目当てのTREASUREを待つ。気が付けば女性率99%の客席。とてもヒップホップやクラブ、ブラックミュージックのアーティストが多数出ているとは思えないK-POP現場と言える光景に目の前が変わる。TREASUREもこの日が日本での初パフォーマンスだったようだけれど、これまで見たK-POPグループの中ではIZ*ONEに次ぐインパクトがあった。歌、ラップ、ダンスがハイレベルなのはもはや当然だが、曲もかなり好きな上に10人のメンバー(本当は12人組)の「かっこいい」と「かわいい」が怒涛のように押し寄せてくる。どこまでが予定されていたかわからないが、本編終了後にはアンコールとして2曲追加でやってくれた上に、ダブルアンコールまで出てきてくれた。結局時間オーバーでダブルアンコールはパフォーマンスはなしになったが、ただ「時間足りなくてやれないみたいです。ごめんなさい。」と言うために出てきてくれたのかと思うと「なんだこの可愛い生き物たちは」と自分の中に存在しない母性が生まれるのさえ感じた(過言)。同じYGだからかどこかBIGBANGのような雰囲気もあり、来年のさいたまスーパーアリーナのチケットを帰りに申し込むほどこちらも初見で大好きになった。ただおれの一番好きな"GOING CRAZY"をこの日やらなかったので、是非ツアーではやってほしい。チケットは取れるつもりでいるから。
TREASUREの後はSTUTSのステージへ。TREASURE→STUTS→Little Simzの順で見れるこのフェスはやっぱすげぇんじゃないか。STUTSのステージにはゲストでtofubeatsも登場。4か月ぶりのtofubeatsをまたしても赤レンガ倉庫で見ることになるとは思わなかった。安定の心地よさ。STUTSは行きつけのラーメン屋より信頼できる。
雨脚が徐々に強くなる中Little Simzを待機していると、先ほどまでのK-POP現場とは180度変わったフジロックのような客層に変わっている。さっきまでいた女性たちはもう全員帰ったのか?そしてこの人たちはさっきまでどこにいたんだ?本当に変なフェスだ。
本日3つ目の目当てのLittle Simzが始まる。こちらも初見。1DJだけのシンプルなセットながら、とにかくラップと歌が上手い。個人的にはラップは女性版Joey Bada$$という感じで歯切れがよく、歌詞の意味はわからずとも聴いているだけで気持ちいい。リリックの内容は人種や家族の話などシリアスなものも多いがステージはとにかくスマート。そのうえ歌も半端なく上手いとなれば、否が応でも体を揺らしたくなる。これは生バンドで聴けたらもっと気持ちよさそうだ。来日にバンドを帯同させるのはコストが嵩むとは思うが、次回は是非生バンドでも見てみたい。途中から雨は豪雨と呼べるほど激しくなり、ラストの"Venom"では音が止まるハプニングがあったものの、客席に手拍子を煽り、その手拍子のリズムに合わせラップを披露。そのスキルの高さでトラブルを利用して客席を一つにしてしまうパフォーマンス力。脱帽です。
ODD BRICK FESTIVALは今年初開催のフェスで、Kamasi WashingtonとLittle Simzが第一弾で発表されたかと思えばK-POPからはTREASURE,HYOLYN,Balming Tigerに加え日本からはAwich,大沢伸一,STUTS,ALIなど雑多なラインナップで、ソウル/R&BからK-POPを経由してHIP HOPとクラブミュージックに接続していくようなショーケース的なイベントのように感じた。TREASUREで集客を稼いだ部分もあり、動員的に来年も開催できるのかは若干怪しい気もするが、こういうフェスにこそ新しい発見がある気がするので是非来年以降も開催してほしい。
雨が激しくなるODD BRICKから急いで家に帰り、IVEとELLEGARDENのNHKの特番を見る。細美さんはテレビ嫌いを公言していたので、エルレがテレビで特集される日がくるなんて中学・高校生だった自分に言ってもすぐには信じないだろう。
エルレのNHKの特番は素晴らしい内容だった。たった45分だったけれど、これまでの人生がフラッシュバックした。
『BRING YOUR BOARD!!』でエルレに出会ったので同じようなパンクテイストを期待して『DON'T TRUST ANYONE BUT US』を聴いたら音楽性が全然違って最初はハマらなかったなとか、"Missing"のCDは中学校の校外学習という名の遠足終わりに買いに行ったなとか、"Salamander"のMVを見て親にVANSを教えてもらったなとか、活動休止のニュースは大学から帰ってきた瞬間姉に唐突に教えてもらったなとか、昔の楽曲が流れる度に当時の記憶を思い出す。
セントチヒロ・チッチが"ジターバグ"を思い入れのある曲に挙げていて、おれと同じだと思った。チッチが「BiSHもこんなバンドになりたい」と思ったのと同じように、おれも"ジターバグ"を聴いてこんな人間になりたいと思ったから。これはそういう曲だよな。
ファンの人のインタビューで、一人の女性が目を潤ませながら「(エルレは)ヒーローです」と言っていた。おれと同じだと思った。尊敬していて、憧れていて、こんな風に自分もなりたいと思わせてくれる、人生を変えてくれた存在。
細美さんが番組内のインタビューで「クラスの端っこにいるような2,3人のために歌ってきた」と話していた。13歳で初めてエルレを聴いた時「この曲はおれのために歌ってくれてる!」と本気で感じた。そして自分は周りの他の奴とはちょっと違うと思っていた。当時はSNSもないから周りにエルレを好きな人は一人もいなかったし、エルレが歌っているようなことを現実世界で教えてくれるような人もいなかった。蓋を開けたら自分と同じように感じていた人間が何十万人もいて、自分が他の人と違うという感覚は思春期のイタい勘違いの一つではあったけど、自分と同じように感じている人がいるということは、そのまま救いにもなった。
9年前に初めて細美さんのことを書いたブログを読み返してみた。言葉遣いや文章の書き方は今と違うけど、当時感じていたことは今と同じだった。
あとVaundyが番組内で"おやすみ"を取り上げていて、Vaundyのことを軽率に好きになった。この曲のBメロが世界で一番好きなBメロだから。
今日までいい人間だったか自信はない。
でも明日は今日よりは少しだけいい人間になりたいと思う。
そうやって今日も眠りにつく。
19年前の自分よりも、少しはいい人間になれてるかなおれは。
記事を読んでいいなと思ってくれたらサポートをお願いします。いただいたサポートは人生に充てさせていただきます。